025:贈り物
宿泊施設に帰ったミライは、その足でサムニエルの元へ向かった。
トルティアも詳しい話はそこでしようか、と言ってミライと共に向かう。
もちろん、ベルガーも一緒だ。
バスケットを抱えてサムニエルの部屋を訪れると、サムニエルはクォツェルとテーブルを挟んで向かい合っていた。
もしかすると、大事な話の最中だったのかも知れない。
ミライはそう思いトルティアを見上げたが、トルティアは何も問題ないと言いたげに艶やかに笑った。とても美しい笑顔である。
「ミルァイ、どうかしたかね?」
サムニエルはまさかミライが部屋に訪れてくるとは思ってもみなかったので、もしや何かあったのかとトルティアとベルガーへ視線を送ったが、トルティアは微笑むだけでベルガーは気まずけに苦笑しただけだった。
「エル、さん。あの、ティアが花菓子を買いに連れて行ってくれて……」
「ああ、聞いているよ。花菓子はこの街で生まれたお菓子だってね、ティアはそういうことに詳しい」
「それで、美味しかったから……お土産に」
ミライがバスケットをサムニエルに見せると、サムニエルはバッっと立ち上がりトルティアへ目を向けた。
「公へのお土産みたいですよ。花菓子の店で一番に公への花菓子を選んだんです。一緒に楽しまれてはいかがですか?」
トルティアが言葉を紡ぎ出すにつれて、サムニエルはぶるりと肩を激しく震わせる。ですか?とトルティアがサムニエルに問いかけたあたりで、とうとう嗚咽を漏らし始めた。
不可思議な雰囲気だった。子供のような辺境伯を見ながら、トルティアは目を細める。ミライの独特な空気感が場を和ませた。
「ミルァイが私に……」
「私の席を開けましょう。ミルァイ、ここへ」
ミライはただ渡すだけで良かったのだが、トルティアから余計な誘いを持ちかけられたので、今更断るのも変な気がして、素直に頷いた。
バスケットを両手で抱えて、サムニエルの正面に座る。
テーブルの隅には書類のようなものが置かれていたが、ひっくり返されているらしい、うっすらとだけ字が透けて見えていた。しかし、そんな書類に別に興味はないので、ミライはバスケットを置いて早々に箱を取り出す。
「これが、エルさんの。一番大きいのにしたよ。小さいやつだとそのまま食べるしかないけど、大きいやつは花びら一枚一枚をちぎって食べることもできるんだって」
「ほう……ありがとう、ミルァイ。こんなに嬉しいことはない!」
花菓子については高級菓子と呼ばれるものであるからして、サムニエルもよく知っていたのだがミライが丁寧に説明してくれたこともあり少し大げさなまでに驚く振りをしてみた。
知っていても知らなくても、ミライからの贈り物だと思えば何でも嬉しい。
感激して涙を流し、サムニエルは受け取った。
「それで、こっちの箱がツェルさんの」
「……私にもあるのか?」
ぴたり、とサムニエルが身動きを止めた。
クォツェルは嬉しいような気まずいような感情を抱いたが、拒否するという選択肢はサムニエルを思ってもミライを思っても取ることができないので、受け取る為に手を伸ばした。
ごつごつとしたクォツェルの手のひらを見て、ミライは「そういえばこの人団長さんだった」と思い出したが、口にはしない。
「こっちのがティアさんの。ベルのはこっちのやつ」
ミライが箱を指差して教えるとトルティアは嬉しそうに笑って箱を手にし、ベルガーはおそるおそる箱を両手で抱えた。
「ちゃんと色を見て選んだから、みんな違う味なんだよ。ベルのは緑で、ティアさんのは紫、ツェルさんのが赤で」
「私は? 私は何色なんだ? ミルァイ」
「エルさんは黄色と水色だけど……」
まるで子供のようである。
あの落ち着きはどこへ行った辺境伯。
「二色! ツェル、ティア、ベルガー! 聞いたかね? 私は二色の花をもらえたよ!」
「ええ、聞きました。ミルァイはしっかりとわかっていますね、公の素晴らしさを」
クォツェルは喜ぶサムニエルにうんうんと頷いて自分の持つ箱も開けた。
赤だと聞いていたが――パッと見てクォツェルは箱をすぐさま閉じる。
ミライは赤だと言っていたが、赤に橙が混ざっていた。
これは由々しき事態だ。公には見せられない。
クォツェルはすぐさまそう判断して、箱をそっと背後に回して隠した。
同じく、トルティアもそっと箱を閉じて公に見られないように隠す。
今回ばかりは鈍感なベルガーも気が付いて箱を隠した。
ミライは恐らく気が付いていないのだろう。同じ系統の色が混ざり合っていることに。
値段は恐らく同じだったはずだ。三人とも、二色の花菓子なのだから。
サムニエルの花は色の系統が違うのでよく分かるが、同系色の混ざり合った花菓子というのはわかりにくい部分がある。しかし値段が二色の花菓子の値段なので、間違えることはないのだが……。
「あっ」
ミライはサムニエルの花菓子を見て思い出した。
「私、自分の買ってない……」
なんということだろう。
がっくりと肩を落としたミライに気が付いてサムニエルはクォツェルに目配せをしたが、トルティアが首を振ってマントと背中の間に隠していた花菓子の詰め合わせを取り出した。
器用で気が利いて強くて絶世の美男子だなんて、もはや優良物件どころの騒ぎではない。
「ミルァイ」
「ティアさん?」
「良かったら受け取って貰えない? 俺たちとの出会った記念に」
ティアが差し出した花菓子の詰め合わせは、ミライがお土産を買う為に使った金額の倍以上するものであった。一番大きな花菓子が六つ、それも三色である。三色の花菓子はとても高価なので、贈り物用でしか出されていなかった。
ティアから箱を受け取ると、ミライはおそるおそる蓋を開ける。
「すごい! 色々な色が混ざってる……!」
中には色とりどりの花菓子。
ついはしゃいでしまったミライだったが、ベルガー以外は微笑ましそうにその様子を見つめていた。
ベルガーは庶民である。金銭感覚も庶民である。ミライが今、持ってはしゃいでいるその贈り物の花菓子が大体いくらなのかを知っている。
落とすなよ、落とすなよ……とベルガーを冷や冷やしながら見ていた。
そして案の定、つるりと滑ってミライは箱を落としかけたが――そこは流石のトルティア、スマートに箱をキャッチしていた。




