016:後悔する男と心配する魔女
ミライが亜空間に閉じこもっていた頃、マーメントの街中で行き倒れていた少女がいた。
少女の名はミーツェアと言う。
海洋国フランツェルバ王国でティー・シー(美しき蔓)と呼ばれる国王の次に偉い魔女だ。
そんな魔女が道端でぐったりと倒れている。
それも、人気のないところだから見つかる可能性は低い。
しかし魔女はその状況を全く悲観していなかった。
魔女は自ら見つからないところを選び飛んだのだ。
倒れているのは魔力の急激な減少によって起こる一時的な疲労感のせいだ。一時間程度この状態でじっとしていれば多少はマシになる。
しかし、魔女は既に三時間もこの状態だった。
それもそのはず、回復する端から魔法を使っているのである。
「すごく悲しい思いをしたのね……ミライ、どこにいっちゃったのかしら……」
次代の魔女、ミライ。
フランツェルバ王国の大事な大事な次の魔女。
今代の魔女――既に継承の儀式の為に準備をしてしまったので、先代と呼ばれる状態にあるが――のミーツェアは、街の中で起こった出来事を魔法で把握した。しかし、ミライの後を追う為の追跡魔法は行使できそうにない。少ない魔力をできる限りでなんとかやりくりするしかないのだが、ミーツェアが行使できる魔法でミライを探すことができるようなものは存在していなかった。
けれども、ティー・シーは優秀な魔女だ。
自分で魔法を作り出すことも容易にできる才能を持つ。
現代ではその力をチートと呼ぶこともある。
「ここをこうして……ああ、駄目ね。魔力はこんなに使えない……こっちを短縮してみたら……」
魔法陣を弄りながら、ミーツェアは考え込む。
「追跡は無理……現在地の把握も神様にだって無理だったし……ミライはとっても優秀ね。困っちゃうわ……」
ミーツェアはミライが姿を魔法で隠していると神様から教わったが、街で過ごすことになり――ミライはその魔法を解いていた。なので、今神様に聞けばミライの居場所ははっきりと分かるのだが、そんなことは露知らず、ミーツェアは困難に喘ぐ。
「街の人に聞いて回るしかないわね。ミライ、すぐに迎えにくからね。大丈夫だからね」
きっとさぞかし不安だろう。知らない場所に放り出されて、何も知らないまま過ごしているだなんて。
ミーツェアが動けるまでに回復したのはそれから数十分後だった。
街の住民の聞き込みをして回って、ようやく手がかりを掴むことができた。
どうやらミライは辺境伯の元へ連行されてしまったらしい。
事件については魔法で把握していたが、ミライはちっとも悪くないとミーツェアは思っている。
確かに、消失させるという危険な魔法を行使したのには思うところがあるけれども、それを差し引いても分が悪いのはミライをいじめた男の方だ。
ミーツェアは憤慨したが、ミーツェアが怒ったところでどうにかなるわけではない。
心を落ち着けて街を歩き回り、ミライの更なる情報を求めた。
「おい、あんた」
宿屋の女性から話を聞いていたミーツェアは急に声をかけられてびくりと肩を揺らした。おそるおそる振り返るとそこにはがっちりとした身体の厳つい眼帯男が立っている。
「な、なんです……?」
「ミライっていう娘のことを聞いてまわってるってのはあんただな?」
「……そうですが、なにか」
「どういう関係だ」
「あなたは? 誰なんです?」
不躾な質問に眉を顰め、ミーツェアは問い返した。
男は顔つきを変えず、むっとした顔のままでミーツェアを睨み返す。
「この街の治安維持隊の隊長をやっている。オストラルだ」
「はぁ……、その隊長さんが私に何の用です?」
「そのミライって娘のことで少し思うところがあってな。悪い意味じゃない。……もっと早くに俺が収集をつけていたらと後悔しているだけだ。できれば、力になりたい。悪いのは明らかにあの男だったからな」
「……あなた、そういえば……!」
事件を把握するためにミーツェアが使ったのは記憶を読み取る魔法だ。
それも、省エネの為に無機物の記録を読み取ることにしたのだ。
ミーツェアは組合のカウンターから事件の記録を引っ張り出した。
無機物に意思はない。しかし、その場で起きたことすべてを無機物は無意識に記録している。
物から記録を読み取るのはそんなに難しいことではなかった。
見た記録の中にこの男は確かに存在した。
カウンターの真正面からの目線なので、下半身しか見えていなかったのだが、確かにこんな声をしていた。
ミーツェアは事件の概要をほぼ声だけで把握していた。
そのため、気づくのが遅れたがこの男は確かにあの場にいた男である。
「なんだ?」
突如としてミーツェアが声をあげたので、オストラルはぎょっとしたが、ミーツェアは何でもないと素っ気なく誤魔化した。
「ミライは私の……なんというか、仲間なのです。とても大事な仲間です。私は、彼女に会わなければならないの」
「……そうか」
「一刻も早く彼女に会って、安心させてあげたいのです。彼女は何も知らないままに放り出されたようなもので……」
「まぁ、詳しくは聞かんでおこう。……俺にできそうなことはあるか?」
「気持ちは有難いですが、できそうなことと言っても――」
何があるだろう。
魔法を使えない一般人がミライを探すことに協力する方法といえば。
「辺境伯の元へ連れて行かれたと聞きました。私はこれからそこへ行くつもりですが……」
「いや、辺境伯のところへ行くよりは王都にいった方が早く会えるかもわからんぞ」
「どういうことですか?」
「辺境伯は国王から信頼されていると聞く。ならば必ず国王の元へ娘を連れて行くだろう」
確かにオストラルの言い分は的を射ていた。
アーディス王国にミーツェアは詳しくない。こうして説明してくれるのは非常に有難かった。
魔法の省エネにもなるのだ。わざわざ調べなくとも、知識を得ることができる。問題は信ぴょう性の高さだが、オストラルは人を騙して喜ぶような人物には見えない。
そもそも、ミーツェアにそんな嘘をついて一体何になるというのだ。
「では、王都へ行くのが良いと……」
「ミライは魔法使いと呼ばれる存在なのだろう。処刑されるようなことは決してない」
「そうだと良いんですが……はやく、見つけてあげなくちゃ」
「俺もついていこう。王都までは六日ほどかかる。長旅は女一人では辛いだろう」
できれば早く行きたいので、ミーツェアは魔法を使うつもりだったのが、このままこの男がついてくるとなれば魔法は使えない。
断ろうとそのきっかけを掴む為に問いかけたのだが――
「あなた治安維持隊の隊長さんではないのですか」
「そうだ。だが、幸運なことに今の騎士は働きものでな。前任の騎士よりずっと精力的に働いてくれる騎士だ。任せても問題なかろう」
「前任の騎士?」
「ミライを連行した男だ。サボり癖のある騎士で頼りにならないやつだった」
なんとはた迷惑な騎士だ。前任の騎士も、後任の騎士も。
これではこのオストラルという男に付いてこられるではないか。
「出発はすぐに行うか? 俺は構わんぞ」
「……そうですね。一人でも大丈夫ですが」
「冗談はその身長だけにしておくんだな、お嬢さん」
オストラルは本気でそう思っていた。
ミーツェアはオストラルより遥かに年上なのだが、それをわざわざ告げるなんて馬鹿なことはしない。
仕方がなさそうに頷いて、用心棒替わりにオストラルを連れて行くことにした。




