015:騎士ベルガーという男
「ベルガーの、話をしようか」
サムニエルの唐突な話の切り替えに、ミライは思わず顔を上げた。
「第十二席、騎士団では最下位の席についているが……ベルガーは剣に長けていてね、最初にツェル――クォツェルス、彼のことだよ。騎士団長のツェルが面接をしたときこう言ったんだ。"俺は強い。だから騎士団に入団する資格がある"ってね」
ツェル、と呼ばれた騎士団長はミライにわかりやすいようにと配慮して一歩前に出た。
サムニエルはミライに微笑み、ベルガーの話を続ける。
「ツェルはベルガーのその言葉に面白いものを感じると言ったよ。そして、ベルガーは入団した。自慢の剣を持ってね」
「……三日でここから消えたけどな!」
スペリアズはハンっと鼻で笑って余計なことを付け足した。
サムニエルは頷いて、それが事実なことを肯定する。
「そう。たったの三日だ。ベルガーはたったの三日で最下位に置かれることが決まった。とても強気な言葉を面接で言ったんだが、ツェルの報告では初日に自信をすっかりなくしてしまったそうだ」
ベルガーは過去の恥を辺境伯サムニエル自らに語られて赤面した。
なぜそんな話をされているのか分からないが、とりあえずこの場から一刻も早く消えたくなる。
「ベルガーについて書かれた調査書にはね、彼が不精なことやサボり癖のあることの他に――諦めが非常に早いことも強く書かれていた。騎士団に向いていないと思わないかい?面倒なことは避けて通り、逃亡癖がある上に諦めも早いんだ」
「……へぇ、最低だねぇ、ベルガーって」
これまで一切口を挟まなかった副団長のトルティアだったが、思わず言ってしまったとばかりにくすくすと微笑んだ。
当人であるベルガーはもう顔から火が出そうだ。
「ミルァイ。そんな彼だ。面倒なことが嫌いで諦めが早い彼が、ここまで逃げずにミルァイに付き添った。そして、私というここでは最大権力を持つ辺境伯に対して、ついには諦めきれずにきみのことを最後の最後で擁護してしまったよ。彼がこのあとどうなるか……きっと彼自身が一番よくわかっているはずだがね」
弾かれたようにミライはベルガーを見た。
ベルガーはミライの視線に気がついたが、視線を合わせることはない。
「どうなるんですか。ベルガーさん、どう……なるんですか」
「権力者に逆らった者は最悪、命を落とす」
サムニエルではなく、問いかけには騎士団長が答えた。
サムニエルは微笑むだけで、ミライの問いに答えない。
「命を、落とす……?」
殺される、ということだ。
ミライは咄嗟に立ち上がった。
唇が薄く開く。
「やめろ!」
その行動を止めたのはベルガー本人だった。
ミライの身体を後ろから羽交い締めにして、行動の自由を奪う。
「話は最後まで聞くものだよ、ミルァイ」
辺境伯は食えない笑みを浮かべてその様子を動じずに見つめていた。
「諦めの早いベルガーがきみを最後の最後まで信じると決めて、命をかけて進言したんだ。私はね、そんなベルガーを――信じようと、思っている」
その言葉を意味を先に理解したのは驚くことにミライの方だった。呆然として力が抜けたベルガーから抜け落ちて、そのままストン、と椅子に腰を下ろして全身の緊張を解く。
「ベルガーさんを、殺さないでくれますか……?」
確認するようにミライが問いかけると、サムニエルは大きく頷いた。
やっとサムニエルの言葉を正しく理解したベルガーは、唖然とした表情のままミライとサムニルを見比べる。
「お、おれ……明日も生きてる……?」
ミライがはっきりと頷くと、ベルガーは乾いた笑い声を上げてしゃがみこんだ。
その背中をスペリアズが思い切り蹴飛ばす。
「公の前でお前が座るな卑しいクズめ」
「すみません」
あいたたた、と背中をさすってベルガーは立ち上がる。
ミライはそれを見届けると背中を伸ばしてサムニエルと向き直った。
すう、と静かに息を吸って、唇を開く。
「……お父さんに魔法を使ったことは、一度もありません。巻き戻しの魔法を使って、というのも考えたことがあります。それどころか、蘇生魔法についても考えたことがあります。蘇生魔法はそもそも、人が使えるものじゃなかったみたいですが」
蘇生魔法、とミライが口にした瞬間。
辺境伯サムニエルは今まで一度も見せなかった強ばった表情を見せた。
「巻き戻しの魔法はきっと、行使できる。……だけど、なんとなく分かるんです。そうしても、例え時間を戻してお父さんに会ったとしても――お父さんの死は決まっていたことで、絶対に取り消せないものだって。会えることは会えるんだと思います。でも、そうして会ってもお父さんは絶対に喜んでくれない。そして、別れがまた必ず来る。繰り返す度に、お父さんがお父さんじゃなくなっていく。そういうものだって」
「巻き戻し、ねぇ。随分と危なっかしい魔法を使えるんだね」
トルティアの言葉にミライは苦笑する。
すごい魔法だとは思うが、良い魔法ではないのだろう。
善悪で言えば、悪に近い危ない魔法だとミライも思っている。
「信じて貰えないかも知れません。でも、お父さんは――ツヴァイは、私を確かに娘として愛してくれました。魔法を知ったのはお父さんがいなくなった後のことです。何も持たない、何もできない、そんな私を……お父さんは拾ってくれた。お父さんがどんな人でも、私が知らない一面を持っていたとしても、大好きだったことに変わりはありません。これからも、ずっと大好きです」
ミライがそう言い切るとベルガーを除いた騎士三名は思うところがあったのか、それぞれにミライを見つめてミライの印象を脳内で書き換えた。
「……信じよう。疑うようなこと言って悪かったね。ミルァイ、偉大な魔法使い。失礼なことを何度も口にし、大変申し訳なかった。きみは間違いなく魔法使いだが、人に害を成す存在ではないと私が国王に証言しよう」
辺境伯サムニエルはとても満足していた。
自身の目が曇っていなかったことに、ミルァイへ下した評価に間違いがなかったことに。
やはりただの少女である。
それも、とても純粋で――少しばかり思考は幼いが、充分に魔法使いとして賢い少女であった。
「あったことをなかったことにはできないからね。報告は正しくするが……きみに悪意がなかったことも住民が全員無傷だったことも、包み隠さず伝えるよ。心配はいらない。私が味方になる。――ミルァイ」
「……はい」
「治癒の魔法を一度だけで良いから見せてくれないか、子供のころにそんな魔法を考えてわくわくしたことがあるんだ」
辺境伯サムニエルは無邪気にまた、そう言った。




