014:知らなかった父の一面
「さて、少し真面目な話をしよう」
「……はい」
「ミルァイはどこの出身かな。聞き込みの結果が届いたんだが……マーメントの出身じゃないね?」
急に鋭くなった問いにミライはぴくりと肩を揺らした。
しかし、隠すつもりはない。そのままを話せばいいだけだ。
異世界からきた、ということ以外は。
組合で話したことをそのまま辺境伯には伝えた。
ツヴァイの部分は相変わらず熱が入ってしまったが、辺境伯サムニエルは「いいなあ」と溢しただけで話を止めることはしなかった。どういう意味の羨望なのかはなんとなく察しがつくので、ミライはあえて聞かない。
一通り話終えると、サムニエルは考え込むように押し黙った。
ミライは紅茶のカップを両手で持ち、一口だけ飲み下す。
「本当の家族のことは何一つ覚えていなのかな?」
「はい」
「魔法は最初から使えたの?それとも途中から使えるようになった?」
「途中からです」
「どうして使えるようになったんだい?」
「それは……」
違和感が、あったから。異世界だと知っていたから。
俯いて黙ったミライにサムニエルは様子見のつもりで揺さぶりをかけた。
「ミルァイの過去はわからないことだらけだね。ツヴァイという彼も街では交流が殆どなかったそうじゃないか」
「……え?」
サムニエルはそれほど動揺するとは思わずに言ったのだが、その一言はミライにとっては聞き逃せないものであった。
「知らなかったのかい?彼は街へ来る度に同じ店で同じものを買い、また同じ店で同じものを売る生活をしていたんだ。会話はいつも最低限で」
「同じ……?」
「そうだね。異様なくらい、同じことを繰り返していた。……ああ、彼が眠ってしまう前に一度だけいつもの流れからは外れた若い子向けの服屋に行っているみたいだが」
――私の、服を買った。
お父さんは私の為に、服を一着買ってくれた。
今、ミライが着ているものがその時に買ってもらった服だ。
「そして、彼は眠る前にきみを店の者に紹介したそうだね。そんなことは初めてで、とても急なことだった……と、どの店の店主も言っていた。余程意外だったんだろう。そんな事をするのが。ミルァイ、彼に……魔法をかけたことがあったかい?」
「……どういう、意味ですか」
声が震えて仕方がなかった。
サムニエルは疑っている。ミルァイのことを間違いなく、疑っていた。
先程までの無邪気な姿はそこには一切見えない。
ただ何を考えているのか分からない表情で、ミルァイを見つめていた。
「幻覚を見せる魔法や精神に干渉する魔法、というものが過去存在したらしいんだよ。噂でしかないがね」
「…………」
「心当たりはあるかい?」
「私がお父さんを操っていた、ということですか」
「そうは言っていない。魔法を彼にかけたことがあるかを聞きたいんだよ。もしかしたら副作用のものがあるのかもしれない」
「かけたことなんてない……っ! つかえたら、魔法があの時つかえたらって何回も思ったけど! あの時はつかえなかった……!」
「……ベルガー。きみがミルァイとここに来るまでの経過報告をまだ受けていなかったね。ミルァイが使った魔法には他にどんなものがあった?」
ここでそれを聞くか、とベルガーは苦く思った。
さすがは辺境伯だ。容赦のない詰問をする。
それでも、尋問と呼べるほどまだひどいものではない。
ミライはのろのろとベルガーを見て、何かに気づき青ざめた。
ベルガーも同じことを考えていたからその危うさはよくわかる。
時間の巻き戻し――ミライがベルガーに見せた魔法は、奇跡と呼べるものだった。
辺境伯はベルガーの報告を聞けば、必ず言うだろう。
「時間の巻き戻しをして、それほど大切な彼の死を無かったことにはできなかったのかい?」と。
「……俺は、いや、私は、騎士団に所属する一団員です。公に忠誠を誓うことが職務だと、思っています」
「そうだね。騎士団は私のものだから団員も私のものだ」
「報告します。魔法使いミルァイは、事前に報告した魔法に加え――時間魔法と呼ばれるもの、物を壊す……地下牢を壊せるような魔法、それから……治癒の魔法を使えます。逆召喚という魔法も使えると本人から聞いています」
「時間魔法。それは一体どういうものかな?」
「時の……巻き戻しを、行えるものだと見て判断しました」
「ほう」
ベルガーはミライの方をもう、見れなかった。
「報告は以上です」
「まだ何か言いたそうな顔をしているよ、ベルガー」
「……恐れながら、私見ですが――魔法使いミルァイはそれほど賢くはない少女だと判断しています。出会ってから、彼女に嘘をつかれたことは一度もありません。私が未熟なことは重々承知しておりますが、それでも……彼女が偽りを述べたとは今でも思えません」
ベルガーは思った。
なにしてるんだ俺、公に楯突くなんて、本当にばかじゃないのか。
自分の身が可愛い癖にミライを裏切った自分が許せないとも思っていた。
辺境伯サムニエルはベルガーに自己満足の為のミライへの弁明を言わせてくれた。しかし、ベルガーに明日があるかと聞かれれば……それは、分からない。
「ミルァイ」
サムニエルはミライの名前を穏やかな声で呼んだ。




