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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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 ――学園からはそう遠くない、かつて小学校として使われていた廃校舎。地元では有名な不良の溜まり場になっているその場所に、当然ながら私は立ち入ったことはない。


 私の通学路に面しているその廃校舎だけど、付近を歩く時はいつも少し緊張して早足に通り過ぎるよう努めている。実際、大学生くらいの半グレ集団っぽいのがたむろしていたりするのを見掛けたりしていたし。でも私が身構えているのにはまた別の理由があった。


 この場所は『西尾新平のトラウマイベント』が起こる場所だからだ。この道を通る度、私はその事実が頭をチラついて重い気分になる。

 具体的に言うと……あの、例の信号機頭の三人組。新平くんと悪縁のあるあの三人との関係が拗れて、新平くんはこの場所に呼び出されて――まあ、何やかんやとヒロインも巻き込まれたりしてひと悶着あるといった具合だ。


 とは言え。新平くんのルートにおいて必須条件であるそれはかなり前からそれのためにフラグを立てておく必要がある。その内の一つが私が一年生の頃に必死になったあの文化祭でのイベントだ。


 だからつまり、きっと大丈夫……と、思いたい。あれ以来新平くんの口から彼らの話が飛び出すことも、新平くんと接触したことも聞いていないし。私は学校で時々あのカラフルな頭の三人集を見掛けることはあったけど、特段絡みがあるという訳でもない。というか文化祭で思いっ切り楯突いたしバレたら結構危険な気がするけど。


 だからまあ、要は。私はあまり気にしていなかったんだよね、この場所については。




 ・・・ ・・・




 その光景に既視感を覚えたのは間違いなく勘違いなんかじゃなかった。フェンス越しに見えた、体育館裏倉庫の入り口扉にぐったりともたれ掛かった状態の男の子。


 ――ふと脳裏に浮かび上がったのはゲームのスチル。私の記憶に残るゲームのスチルと言えば当然新平くんに関するものだ。

 新平くんのトラウマイベントのフラグの一つでもあった、確かあのイベントの名前は“悪縁”。


 未だに新平くんへと執着する例の三人組はついに下校途中の新平くんへと襲い掛かり……ヒロインが立ち会ったのは、三人組を追い返して道端に蹲る新平くんの姿を見つけた時。

 その後にそれは大きな騒動として瞬く間に噂となり、新平くんは数日間の停学処分を受けてしまう――という内容のもの。


 今、私の目の前にいる男の子とそのイベントの新平くんの姿が重なった。……でも、彼は新平くんじゃない。場所も違う、ここは駒延高校の体育館裏で――合っていることと言えば時間帯だけ、だろうか。


「……っ、…………」


 顔を伏せたまま動いていなかった彼が、小さく唸りながら身じろいだ。思わず私も息を呑む。そして周囲を確認する。……周辺には誰もいない。生徒も先生も、そして……


「……だ……大丈夫?」


 ……この男の子がいつも一緒にいた、他の派手髪(・・・)も。だから私は少しだけ怯えつつも、その人に声を掛けた。


 ゆるりと顔が上げられる。傷んでいるのは見て明らかな、赤く染められた前髪の隙間から覗く眼光は鋭いものだった……けれど、彼の顔立ちがやけに幼い印象だったので。ぱっと思い浮かんだのは手負いの野良猫の姿だった。


「っせーな。見世物じゃねぇんだよ、失せろアマ」


 と、童顔に似つかわしくない物騒な言葉遣いが飛び出してきたので私の顔が引き攣る。でもちゃんと顔を見たのも初めてだったけど、こうして対峙するとそれほど怖い印象はなかった。……一人だけだから、というのもあるかもしれないけど。


 ――信号機トリオの一人、赤髪担当。名前は知らないけど、ゲームに立ち絵も用意されている『役割のあるモブキャラ』の一人。私から見た彼の印象はその程度で、今まで故意に関わろうとはしてこなかった。


 そうは言っても、だよ。誰だったとしても放っておけない瞬間がある。例えばこんな風に、校内で明らかに軽くない怪我を負った同級生を見掛けてしまった時とか。


「保健室行ける?」


「放っとけ!」


「……先生呼ぼうか?」


「やめろ! ……っ」


 私の言葉に反応したようで、一度立ち上がろうとしたらしい。でも足に痛みが走ったのか、そこで言葉が詰まって結局立ち上がることはできない。……絶対に強がってるだけだと思った。私はその場で肩を竦める。


 今は放課後。ただ、体育館を使っている運動部の気配は感じるからいずれ誰かが彼を見つけるだろう。だから多分放っておいても私の代わりの誰かがこの事態をどうにかしてくれる……と思うけど。


「一体、誰が……?」


 私がそう呟くと、赤髪の彼と目が合った。というより、彼が私を睨んだのだと思う。童顔のせいでそれほど怖くはなかったけれど、きっと触れられたくなかったことなのだと思った。


 ……だって、この人はあの信号機トリオの一人なのだ。いつも三人セットでいるイメージだったのに、他の二人はどうしたんだろう? 以前、確か東条ダイヤに絡んで返り討ちに遭ったとかで伸びている姿を見掛けたことはあったけど、その時だって三人並んで倒れていたはずだ。それが今は一人きり、なんて。


 もしかして、他の二人もどこか別の場所で同じような状態になっているとか……? 喧嘩に巻き込まれて赤髪の彼だけここに置き去りになったとかも有り得るか。あの三人の中でどれほどの深い友情があるのかも私には分からないけど。


 取り敢えず、私は何も言わずに踵を返した。これ以上何かを言えば変に恨みを買うかもしれないし。元々、私もたまたま帰るところを体育委員担当の先生に雑用を頼まれて体育館方面に用事があっただけだ。


「失礼します。佐藤先生?」


 そのまま昇降口に向かうこともできたけど、私は職員室に向かった。自身のデスクで何やらパソコンを操作していた佐藤先生へと話し掛ける。


「ん? どうした、まだ帰ってなかったのか」


「今から帰るところです、ただちょっと相談がありまして。今、体育館裏倉庫の前に怪我をした生徒がいるんです。多分喧嘩のあとっぽいような」


「なるほどな。まだやり合ってんのか?」


 それだけで色々と察した様子の佐藤先生は作業の手を止めて、小さくため息をつきながらゆっくり立ち上がった。そのまま腰を伸ばす運動をしながら気怠げにそう問い掛けてくる。この治安の悪い学校に勤めていると、喧嘩というワードくらいじゃ全く動揺しないらしい。


「いえ、一人だけでした。あと確か私の同級生です、名前は分かりませんが……先生なら見れば分かると思います。色々と有名な人物だと思うので」


「了解。じゃあ俺が向かうから、お前はもう帰っていいぞ」


「よろしくお願いします。あ、でも一応、保健室にも寄って事情は説明しておきますね」


 私がそう答えると先生は「サンキュー」と疲れたように笑って、颯爽と職員室から出て行った。……この間に赤髪の彼がいなくなっていたらどうしようかと思ったけど、きっとあの怪我じゃそうすぐに動けないはずだ。だからあとは先生がどうにかしてくれることだろう。


 一階の保健室に寄って、穏やかな性格で有名な保健教師のおばちゃん先生に一声掛けてから私は昇降口に向かい、靴を履き替えた。

 もうすぐ四月になるけど、外に出ると冷たい風が頬と髪の隙間を通り抜ける。私は身震いしてから、鞄から取り出したマフラーを巻きながら校門を出た。


「あ、まずい……バイトの時間が!」


 そこでポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、思いの外時間が押していたことに気付く。

 本当は一度家に寄ろうと思っていたんだけど、駆け足にそのままバイト先へと向かうことにした。


 もし遅れた場合は何と言い訳しようか……そんなことを考えながら、私はあの赤髪の彼のことをふと思い返す。……大丈夫かな? まあ、大丈夫か。あまり深く関わりたくはない信号機トリオの一人だけど、お大事に過ごしてほしいとは思った。


 と、必死に走っていれば。メゾ・クレシェンドにはしっかりとバイトの時間に遅れず到着することができたのだった。はあ焦った。

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