フブキの審判
夜明け前はなんだか特別な感じがする。白み始めた空は独特のグラデーションを描き、空気はピンと張り詰めている。新鮮で神秘的な雰囲気に自然と背筋も伸びる。それが自身のこれからを左右する重要な判断を下される直前ともなれば尚のこと。
澄んだ世界に不揃いな足音が響く。二足歩行するシェパードの看守にリードを引かれながら半ば強引に歩かされている、鎖で繋がれた私たち四人の足音が。さながら刑場へと連れられる死刑囚たちといったところではあるけど、私も、陽彩も、クロちゃんも、龍子さんも、それぞれ胸に『覚悟』を抱いた私たちの足音は力強かった。
少し歩かされ彼らの中庭にたどり着く。正確に言えば中庭だったところに。豪華な宮殿みたいだったファーリーファンダムの拠点は暴走した龍子さんに破壊され、この場を取り囲んでいた建物の大部分が崩落。辛うじてフブキさんが腰かけていた玉座と彼女が引っ込んだ一番豪華な建物だけは残っているものの、これでは中庭ではなくもはやただの庭だ。
そんな元中庭には獣人アバターたちが私たちを取り囲むように待ち構えていた。彼らは崩落した建物の残骸に腰かけ、スタジアムでスポーツ観戦をするが如く私たちを見下ろし、その中でもひときわ高い瓦礫の山に鎮座する三匹の獣が目に入る。
私たちのよく知ってるネコとキツネとタヌキ。バカと煙と悪者は高いところが好きとはよく言ったものだけど、あいつらも例に漏れないもので、嬉々として私たちを見下してきている。
「来た来た」
「どや? ペットみたいに飼われる感覚は。お前ら、これから家畜として迎えたって、身体にしっかりと覚えさせたるから、覚悟せいニャ。”人間様“」
コンチとドラ助はあざけ笑うような顔をして軽口を叩く。その表情も声のイントネーションもいちいちカチンとくるもので、奴らはさぞ他人を不快にさせることに特化して生きてきたのだろうと思わずにはいられない。
「はやり過ぎですよ、コンチ、ドラ助。こいつらがどんな運命をたどるかはあのお方次第。今はまだ何も決まっていないのだから」
そんな中でPON吉はケラケラと笑う二人を諌めた。バカ騒ぐ二匹とは対照的にピクリとも表情を変えず、きわめて冷静な態度でもって。そしてPON吉は品定めするような目つきでじっと私たちを見つめる。
「しかし、気に入りませんね。これから審判が下るというのに、誰からも不安や恐怖といったものを感じないというのは。もっと、それらしく怯えるさまを見せてもらいたいものですよ」
「おあいにくさまだけど、そりゃごめんだね。なんたって私たちは覚悟を決めてここに立ってる。だから私たちには不安も恐怖も、怯える理由なんてなんにもないから」
「ふッ」
鼻で笑われた。私のビシッと決まった渾身の主張を、あろうことかあのタヌキは鼻で笑ってあしらった。
向こうから挑発してきたくせにその態度はなんだ。無視よりはマシだけど、反応するならもっとリアクションを取れ。それにアイツが鼻で笑うと同時に周囲から冷ややかな笑い声が巻き起こり、私が滑ったみたいな雰囲気になっているのも気に入らない。
「我らが狙うは頂点のみ。あなたたちはそのための踏み台にすぎないんですよ」
今すぐにでも殴りかかってやりたかったが、当のPON吉は明後日の方を向いていて私を見てすらいない。ヤツの関心は明らかに違うところに向いていて、もはや私は相手にすらされていなかった。
「そこにいるんでしょう? なら早く始めたらどうです。みんな首を長くしてあなたを待っているんですから」
「物事には準備が必要だ。それが人の今後を左右するほど重大な物事ならなおさらな」
玉座。色のない廃墟の中に唯一映える紫色の布が覆う神聖不可侵の領域。その向こうから声が返される。街の喫茶店や謁見の儀で耳にした氷のように冷ややかで威厳のある声。
その声を聞き、PON吉は待ってましたと言わんばかりに目を見開く。
「そのための時間はたっぷりあったのでは?」
「それもそうだな。さて、諸君。それでは始めようか」
その声とともに帳が開き、玉座に腰かけるフブキさんの姿が露わになる。身に纏う着物は戦闘でボロボロになってしまった赤椿から夜闇を舞う桜吹雪の柄に。それはいかにも正装という感じで、フブキさんの表情も一段と鋭い。
「まずは皆が無事でなによりだ」
「無事ぃ? お館様にはこのざまが無事に見えてはるんですかニャ?」
ドラ助が大げさな抑揚をつけて、フブキさんの話を遮った。あのネコの言わんとすることが分からない訳でもないが、あの言葉と態度。それは明らかにフブキさんを煽るもの。
弱肉強食の掟に基づいた絶対的な身分支配がなされるこのクランでリーダーを煽るなんてのは明らかな失態。なのにも関わらず、ドラ助を咎める者は一人としていない。同格の幹部であるコンチもPON吉も何も言わず、ドラ助に同調するようにただにやけるばかり。
話の腰を折られ口をつぐんでしまうフブキさん。そんな彼女へと追い打ちするように、コンチがたたみかける。
「どう見ても無事ではないですよねぇ。だって拠点が跡形なく崩壊してるんだから」
掟がなんのそのという感じに、三匹はフブキさんを煽る。
どういうわけかアイツら、えらく強気だ。思い返せば昨日の夜からそうだったのだけど、そのときとは少し毛色が違う。何というか、昨晩はフブキさんの行動のあらに対して瞬間的につけ入る感じだったが、今は何か後ろ盾を用意して余裕をもってドカッと構えているような感じ。
その何かは分からない。だけど、あそこまで強気な態度を取れるということは、切り札的な何かを持っているんだろう。
よっぽどの何かを。
だってあれは、アイツらがフブキさんに向けているのあの目は、勝利を確信している者の目だから。どうあがいたってコイツには負けるはずがないと思い込んでいるいじめっ子がする目なのだから。
「状況を把握する目ぇが足りひんのとちゃいますかニャ?」
「そもそも、あなたに今呼び出されてるのだって意味分からんすから。昨日の夜に決めればよかったものを。無駄に引き延ばしてさ」
嘲笑と優越感を瞳に浮かべる幹部たちは、口を閉ざすことなくフブキさんに突っかかり続ける。言葉を浴びせられるたびフブキさんの表情は曇ってゆくが、彼らはそんなのおかまいなし。
「まぁ、そこに関してはお館様の都合もありますし、我々がどうこう言う問題ではありませんよ。でもいい加減始めていただけませんかね? あなたにしかできないことなんだから」
PON吉はそう言って私たちの方に視線をやり、龍子さんを指さした。
「我々の拠点を破壊し、命の危機すら招いた罪人へ対する処罰ですよ」
ヤツの言葉の節々が胸に引っかかる。コンチや幹部連中が龍子さんを虐げていたのは分かっていた。その上で、散々自分たちのいいように利用してきた龍子さんを罪人だの処罰だの言い、ゴミ屑のように切り捨てようとするその心根が我慢ならない。
唐突に、陽彩が声を張り上げる。
「ねぇ、さっきから罪人だとか、処罰だとか、咎めることばっかり。アンタらには仲間を許そうっていう心がないわけ? 龍子を利用するだけ利用してポイだなんて、性根腐ってんじゃないの」
陽彩は思い切り感情を爆発させPON吉に問うた。それは私の気持ちを代弁してくれたかのようで、ちょっと嬉しい。
「調子に乗るなよ、罪人風情が。お前らが話すことを許可した覚えはねぇ……ん゛、んん゛っ、……ないんですよ。それにですね、罪を犯したんだから罪人扱いされ、その処罰を考えるのは当然の事」
「当然だが、てめぇらの行く末だって決まんだよ。おい、クソ牝犬、その鎖はなかなか様になってるぜ? まぁ、お前ら全員家畜として働かせようと思ったが、顔も身体つきも文句ねぇ。だから牝犬は牝犬らしく、お前だけはかわいいリードを付けて奉仕用ペットとしていい待遇で飼ってやるよ」
「見た目的にもそういうの好きそうやし、天職なんじゃないかニャ?」
「はぁ? んなわけあるかっつーの。このクソネコがよ」
陽彩と共に、目つき鋭く連中を睨む。
「こっちには天才薬師のPONさんが作った従順になる薬もある。いつまで反抗的な態度でいられるか見ものだな」
ふざけるな。個人的にはそういう風にする陽彩も見てみたいとも思うが、こんな奴らにさせられるのは論外も論外。それは私だけに見せてほしいのであって、それを陽彩にさせていいのも私だけだ。
クロちゃんは何も言えなさそうであるけど、一生懸命幹部たちを睨んでいる。誰よりも優しい彼女が見せる最上級の怒りの表現で、始めて見せる表情。
やっぱりアイツら、どこかで一発懲らしめてやらないと気が済まない。奴らのしてきたことを鑑みるに一発では到底足りないが。
怒りを滾らせる私をよそに、PON吉はフブキさんへと向き直した。
「まぁ、私たちとしても罪人たちに与えたい処遇はありますが、失態を犯したクラン員をどう処断するか、その最終的な決定を下せるのはリーダーだけ。本当なら昨日の夜できるはずだったものを今になるまで引き延ばしたんです。さぞ、素敵な答えをお出しになったことでしょう」
PON吉は私たちとの会話で剥がれたメッキを取り繕ってフブキさんに詰め寄る。今更丁寧ぶったところでその本性を隠せる気はしないけど、上辺だけの敬語で煽りちらかしているところを見るとむしろ隠す気もないのかも知れない。
そんな開き直りとも言えるヤツの態度は見てて気にくわないが、言っていること自体は間違っていないというのも気にくわない。
確かに、集団の中で罪を犯した個体に裁きを下すことの最終的な判断はリーダーに委ねられる。だからこそ、幹部どもはここにきて龍子さんと私たちをどうするかという一番大事なところをフブキさんへ投げたのだ。
身内を裁くってことは簡単なことじゃない。そこにはある種のセンスが必要だから。
集団のメンバーが納得できないような処罰を下せば、その心はたちまち離れてしまう。不当に重すぎる処罰は反発を招くし、逆に軽すぎれば不満が出る。
そこを収まりがいいように調整するバランス感覚がリーダーには求められ、誤った判断を下せばたちまち自身の評価に対する傷になってしまう。
「……そういうことか」
そこで気づく。幹部連中が強気な訳に。
奴らが狙うは支配者としての座。つまりクランマスターだ。しかし、弱肉強食の掟が蔓延るこのクランでのし上がるためには、既に上にいるプレイヤーを実力で蹴落とさなければならない。そんな状況下においてはどんな小さな傷だろうと、つけ入る隙となる。
龍子さんがフブキさんのお気に入りだということは知れ渡っている事実。フブキさんは龍子さんの境遇を知ったうえで彼女を受け入れ、心からかわいがっていたのだ。
そんな龍子さんをフブキさん自身が裁かなければならない。それがどれだけのことか。
今回、龍子さんが出してしまった損害は計り知れない。クラメンからは相応の罰が望まれているばず。
その期待に応えるような裁きを下せばフブキさんの心は相当に傷ついてしまうだろう。だからといって、龍子さんに寄り添うような判断を下せば彼女の評価が落ちてしまう。
幹部どもはそこに目を付けた。フブキさんの決断の結果がどちらに転ぼうとも、彼らには問題ない。フブキさんが組織を取ればそれだけで彼女にダメージがいくし、龍子さんを取ればリーダーとして誤った判断を下したという傷が残る。
幹部どもはその傷を狙い、フブキさんの寝首をかこうと息まいている。
つまり、裁かれる私たちは言わずもがな、フブキさんもまた、コンチ、ドラ助、PON吉の幹部たちに追い詰められているのだ。
私たちの乱入と龍子さんの暴走。幹部たちに有利な偶然が重なって起きたこの惨状だけれども、連中はそれを上手いこと利用してみせるほどの狡猾さと頭のキレを持ち合わせている。威張り散らすしか能がないやつらかと思っていたが、想像よりも数倍手ごわそう。
「ならば聞かせていただきましょう。あそこに並ぶ罪人たちにどんな裁きを下すおつもりですか、我らがクランマスターどの?」
PON吉がフブキさんに決断を強いる。威勢よく活き活きと問いかけるPON吉とは対照的に、フブキさんは表情を変えず黙りこくったまま。
「どうした、どうした! この期に及んで時間稼ぎか? とっとと決めてくんないかなぁ」
コンチが容赦なく言葉で責め立てる。しかし、フブキさんはピクリとも動じない。
幹部連中が強気にフブキさんをまくしたてることで、ペースは完全に奴らが掴んでいる。奴ら自身だって自らが優位にいると信じて疑っていない。にも関わらず、フブキさんは動揺ひとつ見せることなく、どっしりと構えたまま沈黙を貫く。
見ようによっては開き直りにも見える態度。でも私にはフブキさんが時間稼ぎしているとは微塵も思わなかった。むしろ、もう既に覚悟を決め、その時が来るのをただひたすらに待っている。そんな風に思えてならない。
「言いたいことはそれだけか?」
ついに、フブキさんが喋った。
「ほぅ、時間稼ぎはもうよろしいので?」
「勘違いするな。この場の主は私であって貴様らではない。場をわきまえよ、痴れ者どもが」
「痴れ者やと……!」
「まぁ、いいでしょう。では聞かせてもらいましょうか。その罪人どもにどんな処罰を下すおつもりで?」
幹部たちの言うところの罪人。そのメインは龍子さんであるが、私も陽彩クロちゃんも含まれている。つまり、私たちがどうなるかも彼女の言葉次第。
「罪人たちには相応の処罰を下す。よいか、心して聞け! 龍子、並びにルナ以下三名を――」
相応の処罰。この身に下される審判の前に、私は思わず唾を飲み込む。
どういう運命になっても切り抜けてみせると意気込んだものの、実際に判決を言い渡されるとなると不安でいっぱいになり、緊張でどうしようもなく鼓動が早まってしまう。
でもやるっきゃない。そう決めて、私はここに立っているから。
フブキさんが龍子さんをとるか、クランをとるか。その二択によって私たちを待ち受けるものは大きく変わる。私は集中し神経を尖らせて、彼女の言葉に耳を傾ける。
「追放処分とする」
放たれた言葉に誰もが驚愕した。龍子さんも、幹部どもも、そして私も。
だってそれは、つまり――
「君たちは自由だ」
相応の処罰どころか、事実上の無罪判決だったのだから。
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