「龍の力の片鱗」
龍子さんを取り込んでの多重憑依態という一か八かの大勝負。
どうなるのかという私の不安をよそに、【変身】の【性癖】は発動した。
身体から光が溢れる。その光がパッと弾けると私の身体は龍子さんから陽彩に変わり、周囲に柔らかな輝きを放つ細かな粒子が浮かんでいた。
初めてクロちゃんとしたときとは違うし、この光は何だ。
状況の違いに戸惑っていると、粒子は一か所に集まりだし見覚えのある形を作り出す。背の高いシルエット、そして荒々しい形の左腕と右足。
この光は龍子さんなんだと思っていると、突如としてどこからか風が巻き起こり、龍子さんだった光の粒子を巻き込んで私の周囲に吹き上がる。風は強く、陽彩の髪を逆立てスカートを捲るほど。風に乗った光の粒子は右脚、服、左腕に、そして多分髪にも纏わりついた。
ドクン。
心臓が弾けそうなほどに鳴る。こんなの、経験したことない。
ドクン、ドクンと心臓は更に激しく脈打ち、そのつど左腕と右脚が熱を帯びていくことに気づく。
ドクン、ドクン、ドクン。心臓は壊れそうなほど拍動する。左腕と右脚の熱は衰えることを知らず、皮膚の内側で燃えているようにさえ感じた。
身体がどうにかなって内側から壊れそうだという不安と恐怖の中、不意に力を感じた。
力が無尽蔵に溢れて来るのを感じる。唸り声を上げたくなるほどの高揚感が私を包む!
メリメリッ、バキッ……!
皮膚を突き破り、左腕と右脚に大きく黒い鱗が生えた。手のひらや指、足裏の皮膚もゴツゴツとしたものへと変化。爪も巨大な物へとなってゆき、一本一本が鋭利な刃物のよう。
とめどなく力が溢れる! 腕と脚が形を変えてもなお全身の疼きが収まらない!
とにかく最高に、気分がいい!!!
「うぉおおおおお!!!!!!!!!!!」
私は堪えきれず、月に吠えた。
圧倒的な力をその身に宿して叫ばずにはいられなかった。
雄叫びを上げ終わると着ている足元でコートがバサリと靡く。変身後の服装はどうやらブレザーの上に龍子の腕まくりロングコートらしい。頭もいつもより軽く、髪型も変わっているようだ。
「この力、最っ高だなぁ……!」
腕のうっとりするほど美しい見た目に、漲るパワー。
それを噛みしめるように、何度も何度も手を結んだり、開いたり、眺めてしまう。
これならアイツを倒せる、いやぶっ潰せる!!!!
龍子のこの力がそう確信させてくれる。
「くっ、ふっふっふっ……! あーっはっはっは!!!!」
ちょーヤバい力に笑いが止まらん。些細なことですら、感じたこと全てが面白くて笑ってしまう。目の前の犬っころが私の顔を見て怒りにうち震えていることでさえも。
「その髪型、腕に脚、コート……全部あの子のもの……! 貴様なんかが持ってていいものじゃない!!」
「そんなに怒っても私は倒せないよ? 可愛いワンコちゃん」
「黙れぇえええ!!!!!!!!」
人の声とも獣の声とも分かりかねるような醜い叫び。
見開かれた目、剥き出しになった犬歯、鼻の付け根に寄った深いしわ。フブキは怒りを隠すことなく近づいてきて、私へ向けて拳を振るう。
怒り任せに放たれる一撃。フブキの渾身の力が込められた一撃。
私はそれを、
――ガシッ。
龍の腕で掴む。
私に腕を掴まれたフブキは鬼ような形相でそのまま押し切ろうと、振り下ろす手に力を込める。勢いだけで言えば、さっき胸を殴られたのと同じかそれ以上というところだ。
フブキは歯ぎしりをしてまで必死に頑張っている。そのおかげでようやくちょっとした手応えが出てきた。その感覚がなんとも面白くて、笑える。
「何が……おかしい?」
「何か、そんだけやってこの程度かと思って」
フブキの腕を握る手に力を込める。徐々に力を強めていくと、彼女の表情が歪み、喉の奥から呻き声が漏れてくる。
それでもなおフブキは抵抗をやめない。その辺は流石ファーリーファンダムのクランマスターというだけのことはある。
とはいえ、いい加減力の張り合いにも退屈してきた。私はフブキの腕を掴んだまま腕相撲の要領で横へとぶん投げると、狼の巨体は中庭の壁へと直撃してぐったりと倒れ込んだ。
本当に凄いな、この力は。
でも、まだだ。まだこんなもんじゃない。もっと、もっと暴れられる。
「もう終わりか?」
「なんのこれしき!!」
威勢のいい声を上げ、よろよろと立ち上がった犬っころは直立姿勢から前脚をズドンと下ろし、四つ足を付いて駆け出した。
怒りに身を任せた走りは速い速い。
その動きは速いが、集中すると見え方が変わって、ちゃんと見えようになる。その全部が。
迫りくる脚の運びや肩関節の動き、果ては筋肉の僅かな力の入り具合まで、くっきりはっきりスローモーションのように見て取れる。
これも龍子が持っていた龍の眼の力。人間のそれとはレベルが違う。
駆けてくる最中、フブキはぐっと縮こまって大きく地面を踏み切り、それに合わせ私も跳ぶ。
フブキは私の首筋に噛みつこうと一生懸命に首を伸ばしてくる。
それは目にも止まらぬ速さ。でもこの力の前はそれすらスローモーでしかない。私にとっては、殴ってくださいと言わんばかりに自分から頭を差し出してくるようで可愛らしい。
軽く試しただけであれだけだったんだ。
心が踊るねぇ。龍の腕を全力でぶつけられると思うとッ!
顎下を、
「ふんっ!!!!」
「ぎゃうん!」
殴る。犬っころのけなげで虚しい努力を眺めながら。拳に残る反動の感触が心地いい。
殴られたフブキは子犬のような声を上げ、ボロ雑巾のように地面に落ちた。
あの巨体を空中でいとも簡単に押し切れるとは。もはや言うことなし。あとは全力でぶっ潰すだけだ。
もう一発。ドラゴンパンチを寝そべっている仔犬ちゃんへ叩きこむ。しかし、ヤツは軽やかな身のこなしで跳び起き、攻撃を躱した。行き場を失った腕は地面を砕き、大穴を開けるのみ。
間をおかず、私へと犬っころの突進が迫る。
「グウォウ!」
一心不乱の最大全速。ひき逃げ上等の捨て身を躱しきれず、私は地面を舐めさせられた。
「犬畜生が……!」
力量差をわきまえて服従のポーズでも取ってくれるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。痛い目を見てもなおまだ歯向かってくるとは、おもしれぇじゃないの。それならそれで上等よ。
犬っころのライフゲージは残り6割ほど。まだまだ元気で楽しめそうだ。しっかりしつけて、その身体に主従の関係を叩きこんでやらないとなぁ!
『陽彩、ねぇ大丈夫?』
「平気、平気。この力があれば何も問題ないね!」
気合いと共に左拳を地面に叩きつけて立ち上がる。大した痛みも残らず、身体はまだまだ軽い。視線を前方に向ける。そこに狼の姿は無かった。
消えた? どこに? あれだけの巨体が音もなく。見回しても目に入るのは、自分たちのボスをボコボコにされて啞然としている獣ども。ぽかんと大口を開け、声を出すことも忘れて皆一斉に空を見上げている。
そんなに自分らのリーダーをボコされたのがショックだったってか。まぁ、群れの誇りを折られたんだもんなぁ無理もないか。お通夜ムードの獣どもを見ているといい気分になってくるが、肝心の犬っころがいないんじゃ気分は悪い。
フブキを探していると周囲の違和感に気づく。奴らの目、死んでない。
……違う。茫然自失となって空を見上げているんじゃない、上空を見つめてやがる!
上っ――
「ガルラァ!!!!!!」
上空からフブキが爪を立てて襲ってくる。
龍の腕ですかさずガード。皮膚は硬く爪は通らなかったものの、ズシンと重みがのしかかってきた。そのまま弾くように腕を振り払うと、ヤツは狼のくせして猫のようにストンと着地を決め再び襲い来る。
またしても、爪。それを構えた左腕で受け止める。
犬っころの爪はこの腕のモノと比べれば随分と可愛いものではあるが、それでも小刀ほどのサイズ感に鋭さ。触れられれば装備どころか骨まで裂けるだろう。18禁待ったなしだ。
そんな爪で私の左腕をフブキは一心不乱に斬り続ける。
「グラゥッ! ゴウッ!! ガウッ!! ワ゛ウッ!!!」
鳴き声を荒げ、自らの爪を途切れることのなくこの腕に向かって乱れ打つ。爪が腕に擦れるたびガリガリという耳障りな音が起こる。明らかに削れているのは向こうの爪だというのに、犬っころは諦めようともせずひたすらに爪で斬りつけてくる。
まるで猫の爪とぎ。ウザイ。
もういいさ。てめぇのその脇腹を龍の脚で! 砕く!!
「ふんっ!!!」
乱打の隙に乗じて脇腹へ向けて思い切り右脚を振るう。しかし、犬っころは蹴りが当たる瞬間身体で覆いかぶさるように脚を包み込み、衝撃を上手く分散させて私の脚を掴み取りやがった。
「貴様、いい気になるなよ……それは龍子の力なんだからな」
犬っころはニヤリと私の目を見た。
その態度にプツンと、私の中で何かが切れた。
「威勢がいいのは結構だがな、いい加減にしやがれ!!!」
顔面へ左腕を振り下ろす。バキッと小気味いい音がして、他人の脚の上で伸びてる犬っころの口から血が垂れる。そのまま脚を振るって犬っころを地面に転がすと、こいつは仰向けに倒れ込んだ。
傷つき倒れる獣。全身傷だらけで、美しかった着物は見る影もない。でもそんなコイツを見ても収まらない。まだ足りない。
犬畜生のもとへ歩み寄って右腕で胸ぐらを掴み、身体を引き上げる。
「ふざけるな」
『なんか怖いよ、ルナ……? それにこれ以上はもう……!』
頭の中で陽彩が何か言っている。でも、何を言っているのか不鮮明で分からない。それに彼女の言っていることが遠ざかってゆき、頭の中から声が消えてゆく。
――たおす。
「これは!」
腹パン。
狼は目を見開き、身体全体がビクンと揺れる。
――タオス。
「正真正銘!!」
頬。
牙の隙間から滴る気泡の混じりの血が腕を伝って私の身体を紅く染める。
――倒す。
「私のだ!!!」
フィニッシュブロー。
ドサッと膝からフブキが崩れる。しかし、コイツはまだ死んでいない。頭上のライフは僅かにちょっと残っている。だから私はまだコイツを倒せてない。
倒さなきゃ。倒さなくては。ぶっ倒す。倒す。
殺す。
「死ね――」
『ルナ!!!!!!!!!!!』
陽彩が叫んだ。それは今までに聞いたことのないものすごい剣幕で、私の心に直接向けられているかのようだった。
その声にハッとすると、私は満身創痍のフブキに向かって龍子さんの左腕を振り上げていた。そして、自分でもびっくりするくらい拳を固く握りしめ、今にもパンチを繰り出そうとしていた。
呼吸が酷く荒れていて、額からは冷や汗が垂れる。何かしてはいけない事をしてしまった、そんな不安が私を襲ってくる。
「私、今何を……?」
『ウチ、ルナの事何度も呼びかけてたんだよ? なのにガン無視だったし! なんかルナが壊れちゃったような気がして、めっちゃ怖くて……。これ以上するとルナがルナじゃ無くなるような気がして! でも、気づいてくれて本当によかった……!』
私が私じゃ無くなる。今は戦いの真っ最中で相手はフブキという敵ではある。でも、もしあのとき陽彩が止めてくれなかったら。あのままフブキに止めを刺していたら。それを想像すると、得体のしれない恐怖がぞわぞわと身体を這いあがってくる感じがする。
でも、陽彩のおかげで私は一線を超えずにすんだ。まだ取返しの付くところにいられた。それが分かって少し安心した。
『悪いのはルナさんじゃありません。全部ボクのせい、ボクのせいなんです』
そこに被せるように龍子さんが喋る。どういうわけかすごく自分を責めて。
「止めはどうした?」
地面に座り込みながらも、フブキは私を睨んだ。その眼差しには光が宿っている。彼女はギリギリの体力ながらも私を倒すことをまだ諦めていない。
そもそもこの戦いはまだ終わってない。だから私がヤバそうなことになりかけたからといって、それで中断してもらえる訳ではない。互いに命のある限り、私は彼女と決着を付けなければいけないのだ。
「これから刺す」
「すっかり勝った気か? 愚か者め、勝負はまだ付いていないのだぞ」
ボロボロになりながら、それでもフブキは立ち上がって腕を構える。それに応えるよう私も腕も構え直した。
狼と龍の睨み合い。硬直する場。
その硬直を破ったのは、
「痛っ……!」
私の間抜けな声だった。
フブキとの睨み合いの最中、左肩に何かが刺すような鋭い痛みが走った。痛みの元を見ると、かなり大きなサイズの注射針が肩に刺さっていたのだ。
途端に龍子さんが叫んだ。
「ウ゛ウッ……! お二人とも、フブキさん……! 今すぐボクから離れて……!!」
苦しみながら、願うように。
龍子の身に起きた異変は何だ!?
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