「潜入作戦開始!」
朝。山から陽が射し、ビーステの街が朝焼けに染まる。
山脈フィールドから見下ろす街はとても美しい。
私は今日、この街の支配者と決着をつけに来た。
相変わらずクロちゃんにはリアルがあって、今日の参戦は厳しそうな感じだったけど「頑張ってね……!」ってチャットで言ってもらえた。要件が片付きしだい来られそうなら来るとも言っていたけど、私にとってはその一言だけで応援の気持ちも十分すぎるくらいだし、クロちゃんの想いもしっかりと受け取った。
偵察から一夜明け、現在ゲーム内時刻は午前四時。慣れない早起きは辛いだろうとは思ったけど、寝ずのオールという慣れ親しんだ方法でなんとか乗り切った。夜通し起きてるのは辛いが、アイテム欄から取り出した回復薬を飲み干してHPを回復させつつ疲労に対処。
オール明けの目に朝焼けが沁みる。ここから見た景色は本当に綺麗だ。
山の峰から日が覗き、街を覆う朝もやをキラキラと照らす。日に照らされた靄は温かみのある橙色に染まり、街全体が燃えているみたい。
そんな景色を見ていると荒んだ心が浄化されるようなそんな気がする。それに朝がこんなにも美しいんだったら、夜はどんな景色なんだろうなんて考えてしまう。
みんなで見たいな。
いや、見るんだ。
「ねぇ、ルナはいつまで景色見てんの」
後ろから陽彩の声がする。
「マジ寒いんだけど」って身体を擦りながら、早くしろといった冷ややかな視線が飛んでくる。そりゃ、早朝の山中で馬鹿みたいに生足だしてたらそうなるわな。
誰かに命じられて、そういう趣味をさせられているのかな? なんて妄想していたら、興奮してきていい感じに身体があったまってきた。
「アンタがさせてんだよ……。とにかく、とっとと最終確認するよ」
おっとっと、声に出ちゃってたみたい。
気を取り直してステータスからアイテム欄を呼び出す。
「目当ての物は調達済み」
アイテム欄から【濃霧玉】というアイテムを選択し取り出してしみると、ソフトボール大のまん丸い毛糸玉のようなものが手のひらの上に実体化した。
【濃霧玉】。使用すると玉の内部から煙が立ち上り、フィールド内の一定の範囲に人工的な霧を発生させる消費アイテム。使えばたちどころに視界がホワイトアウトする代物で、主に敵からの視線を切ったり、複数の敵を分断させたり、攪乱させたりするのに用いるらしい。一見ただのお邪魔アイテムだが、これをうまく使いこなせるかが脱中級者のポイントだのうんたらかんたら、って攻略ウィキに書いてあった。
今回の作戦にあたってこんなアイテムが欲しいんだけど、という私の悩みを解決してくれた救世主であり、これがなければ今日はどうにもならない。
「うん、オッケー。ドジって今使わないでよ?」
「使わないよ!」
心配だなぁという、陽彩の溜息混じりの小声が聞えてきた。
いまいち信用されていないけど、流石にそんなヘマしないってば!
「それで、どう仕掛ける?」
「時間になればファーリーファンダムの採掘班は必ずここに来る。だから、コンチってキツネ獣人を確認できたら、ルナはいつもみたいに私に憑依して一気に攻め込む。そして――」
「龍子さんを引きずり出す」
私は食い気味に結論を言う。
「ルナの作戦通りいくなら勝負はそこで決まるよ」
陽彩はいつになく真剣な表情で言う。
彼女が言うように、チャンスは龍子さんと対峙したその一瞬だけ。そこを逃せば龍子さんを助ける算段が総崩れになってしまう。
絶対に失敗できない。
そう思うとまだ始まってもないってのにソワソワする。
「ウチも出来る限りサポートはするけど、ルナに身体を預ける以上できることは少ない」
陽彩はことの重要さを冷静に把握した上であえて厳しいことを言う。
頭がいいだけあって冷静な物言いだけど、でも、と陽彩は付け加えた。
「誰かさんが人の中に勝手に入ってくるせいで、ルナとウチは文字通りの一心同体。だからこの前言ったように、ウチは誰よりも近いところでルナを支えるから。
……って言っても、本当にいるだけしかできないと思うけど」
「それで……いや。それがなによりだよ」
私は陽彩のその一言がとっても嬉しかった。
陽彩が一緒にいてくれるって思うだけで、不思議なことに自然と不安な気持ちも収まてしまう。一人じゃないって思えることがこんなにも安心するんだなって、そう思えたから。
「とっとと歩け、この耳尻尾どもが!」
なんて話しているうちに、もう聞きなれた虫唾の走る声が早朝の山にこだまする。
「来たね」
「うん」
すぐに大所帯がこちらへやってきて、ミーティングらしきものが始まった。
私と陽彩は岩陰に隠れて様子を窺う。
「さてさて。分かっていると思うが今日は大事な、大事な日だ! お館様への忠義をいつも以上に行動で……」
スカジャンキツネの威勢のいい声がそこで急に途切れる。
何が起きたのか気になって彼らの方を見ると、キツネは目を瞑りすんすんと鼻をひくつかせていた。
「臭う、臭うぞ……! 侵入者の臭いだ。おい、そこにいるのは誰だ!!」
私たちの隠れている岩に向かって怒号が飛ぶ。
「ウチら、指名されちゃったよ?」
陽彩がヘラヘラとしながら、地面についている私の手に自身の手を重ねて言う。
陽彩の行動はこの緊迫した場面に似つかわしくない。だけど、陽彩はそういうことをわざとすることによって私の緊張を解したいんだと思う。
心配されているからには、大丈夫だよってちゃんと教えてあげないと。
「だったら応えなきゃね」
「早く出てこい!」
呼び声は更に大きなものに。
「行くよ」
「うん!」
私は【憑依】のスキルを発動して陽彩の身体に潜り込み、岩から飛び出てケモノたちの前に姿を現す。
「お前は……あのときの!」
「お久しぶり、クソギツネさん」
「てめぇ……!」
スカジャンキツネは牙を剥き出しにして私たちを威嚇する。
「姿を変えたな? どおりで臭いが違うわけだ」
「形態変化したんだよ。これもマジでイケてるって思わない?」
「人間風情が何しに来た? 言ったよな、ここはウチのシマだって」
「アンタをぶちのめしてこの愚かな行いを止めに来た、って言ったら?」
スカジャンキツネは目を見開き、全身の毛を逆立てて叫んだ。
「吊腕!!!」
「御意」
瞬間、空から黒い影が降ってきた。
岩肌を叩き割り登場したのは黒いコートに漆黒のドラゴン腕。間違いようがない、龍子さんだ。
「どうしてここに?」
「やりたいことを遂げるために」
「やりたいこと……?」
私のセリフを聞いた龍子さんはその意味を探るかのように小声で繰り返した。
「今日は大事な日……! なんとしても謁見を成功させなきゃいけないんだ……! だからとっととこいつを排除しな!」
スカジャンキツネが龍子さんに怒鳴り散らす。その態度から判断するに相当の焦りが見える。
龍子さんは命令を聞き少し俯いていたけれど、顔を上げると同時に躊躇いがちな視線をこちらに向け、龍の手を構えた。
ここまでは予想通り!
さぁ、ここから先は私の仕事だ。大丈夫……。絶対やれる。一緒にいてくれる陽彩と私を信じろ!!
一呼吸して覚悟を決める。
「陽彩、いくよ」
『りょーかい!』
なるべく大げさに、でも自然体で。
そう意識し、目の前の二人に向けて言い放つ。
「おおっと! 吊腕さんが出てきてしまうなんて、これは想定外だぁ!」
「は?」
私の言に、キツネは口をあんぐりと開け、龍子さんは想定外といった感じで構える腕が少し下がる。
「これはマズいなぁ! てかヤバい、聞いてない聞いてない……。勝てるわけないじゃん!!」
なるべく焦ってる感じ、パニクってる感じで!
視線を泳がせ、キョロキョロと大げさに頭を振る。
「ヤバいヤバいヤバい、ヤバイって! どうしよ、どうしよ……」
私は必要以上に背後の通路をチラ見。
キツネはそんな私を見て何かに気づいたような感じを見せる。
上手く……いってる! あとは段取り通りことを進めるだけ。
視界の端のステータスに視線を向け、アイテム欄を呼び出す。そして、視線誘導で【濃霧玉】にカーソルを合わせる。
「こうなったら……逃げるしかないね!!!!」
「逃がす――」
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【濃霧玉】を使用しますか?
▽はい いいえ
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濃霧玉を使うや否や辺りに白い煙が漂い、あっという間に濃霧がこの場を包む。視界は完全にホワイトアウトし、目の前にいた龍子さんの姿すら視認できないほどになった。
「クソッ! どこに逃げた!!」
おかげでここはもう大混乱。
スカジャンキツネも完全に私たちを見失ったようだ。
なんとか全ての段取りが上手くいった。あとは最後の一手を決めるだけ。
これまでのは全て、この一手を決めるための前振りに過ぎない。
「いくよ、陽彩! 準備はいい?」
『できてるよ!』
私は陽彩と心を合わせ、決める最後の一手。
「それじゃあ、作戦開始」
お読みいただきありがとうございました!
主人公たちの潜入作戦やいかに!?




