「私の必殺、とっておき」
私と『吊腕』と呼ばれていた彼女との距離が開く。その距離は約五メートル。
彼女は自分から下がった。それも唐突に。
でもそれは逃げるためではない。
――私を倒すため。
それは助走のための距離。
彼女は一撃で勝負を決めんと、バックステップ一歩でそこまで下がってみせた。左腕の力もさることながら、全体的な彼女のスペックが高いのなんの。
流石、獣の力を宿した人間なだけのことはある。しかも、それが龍の力だとすればなおさらだ。
構えられたドラゴンの腕。
そこから伸びる爪は黒曜石のようで見蕩れてしまいそうなほどに美しく、その切っ先は五つとも私の首を裂こうとこちらへ突き付けられている。それに彼女の目は私を強く睨んで離さない。
目は口ほどにものを言うとはよく言ったもんで、その目が何を言わんとしているかは鈍感な私にもはっきり分かる。
『殺す』
彼女の熱い視線を受け、全身がヒリつく。
生き物としての本能からか、頭ので何かが広がってゆくのを感じる。多分出ちゃいけない何かが。
おかげで気分がどんどん高まってゆき、逆にだんだんと彼女だけしか見えなくなってゆく。爪の輝き、左腕に生えた鱗の模様、呼吸の度に上下する控えめな胸、前髪の微かな揺れに、澄んだ瞳の形に至るまで、世界と引き換えに彼女の全てがハッキリと見えてくる。
それだけでいい。攻撃の兆候さえ捉えられればそれで……!
時間すらスローに感じられる極限状態の中、それは見える。
閉じてゆく。
彼女の瞳孔が。
「来る……!」
ゆっくりと縦長に。人には起こりえないような瞳孔の閉じ方で。
それはまさしく、ドラゴンの瞳。
「はぁあああ!!!!!!!!」
「【拘束】!!!!」
張り上げた声が耳に入るや、彼女の身体が目の前に。
くっ……!
こっちも彼女の攻撃と同時に【性癖】を発動したけど、やっぱ速いッ……!
両腕の包帯が彼女に向かって飛びゆく。
迫る互いの身体。
「ヴラァ!!!!」
首元を狙うドラゴンの突き。
彼女の脇をすり抜ける包帯。
私が早いか、彼女が速いか。
制したのは――
「――ッ!」
「捉えた!!!」
私だぁあああ!!!!
彼女の脇元をすり抜けた私の包帯がそのスリムな身体にグルグルと巻きついて、向こうの攻撃が届く前に彼女を【拘束】。控えめな彼女のおっぱいもお構いなしにギュッと胴体を締め上げ、彼女の口から微かに声が漏れ出る。
競り合いを制し、自然と口角が上がってしまう。
まだまだ、お楽しみはこっからよ!
私は包帯を彼女ごと一気に引き寄せる。
引き寄せる勢い、それに彼女が突っ込んできた勢いが乗っかって、彼女の身体がさらに加速し私の身体の前に迫る。
身体が同士が触れるかどうかの距離、スピード、そしてガラ開きの胴体。
欲しいものは全部揃った。あとは胸の内も外も全部ぶつけるだけ!
胸と胸が触れ合う瞬間、スク水ブレザーでも抑えきれないほどにたわわな陽彩の胸を大きく突き出す。
「おっぱいチャァァァージ!!!!!!!」
――ズガンッ!!
強大なおっぱいが彼女の身体一点に集中し、その細身を宙へとぶっ飛ばした。一撃で彼女のHPゲージ残量の六割を削る。
と、同時に首を細指でなぞられたような肌の粟立つ快感が身体を駆け巡る。
やった……! とりあえず一撃!
予想通りだ。巨乳と貧乳、衝突すればどうなるかは言わずもがな。
胸のサイズが違うのだよ!
弾かれた彼女は弧を描いて飛んでゆく。そして背中から地面に叩きつけられ、そのまま勢いに任せボールのように後転。
しかし、
「グルァアア!!!」
彼女は唸り声を上げながら左手を地に突き立て衝撃を殺し、体勢を無理やり立て直す。
流石は獣の力を宿しているだけのことはある。特に一部とはいえ彼女はドラゴンだ。そりゃ桁も違うだろう。
だからこそ……だからこそ!
一心不乱に駆け彼女との距離を詰める。右から回り込むように。
――攻める!
「うらぁ!!」
起き上がりたての顎先へ一撃。続けざまにアッパーをボディへ。
反撃が私の胴へ刺さる。しかし、それは彼女の右腕から。
私のHPゲージが微減する。でも、それは構わない。
通常の身体能力も桁違いとはいえ、右手なら【ブレザー服】と【スク水】のダメージ軽減でHP的にはなんとかなる。注意を払うべきは左腕、ただ一点。
それが彼女への立ち回り方であり、付き合い方。
私は決めた。相手を、彼女を受け入れると。
受け入れるってことは、認めた上でどう付き合うか。それ即ち、こと戦闘においてはあの手にどう対処し、彼女とどう立ち回るか。
だからこそ私は――
「ふっ!」
彼女のドラゴン突きをギリギリいなす。
――左腕の攻撃のみを全力で避け、
「はぁっ!!」
彼女の鳩尾へ殴りこむ。
「グガッ……!」
――それ以外の攻撃を気にせずに攻める!
ドラゴンの左腕から繰り出される高速パンチをサイドステップで避ける。しかしその先には回避を予測していたかのように彼女の右腕が。
ズシンという音と共に私のHPゲージが削れる。
でも気するな。
クロちゃんのおかげ痛みは感じない。だからこそできる捨て身の闘法。
ゾンビVS龍娘。アメリカのB級映画にありそうなタイトルだななんて思う。
ただ、そんな余裕もそろそろ……。
状況を好転させるには更に攻めないと!
もっと強く、頭も身体も全部使え!
彼女の左腕を使わせる暇もないほど、頬へ、胸元へ、胴体へ、続けざまに拳を振るう怒涛の猛攻。フィニッシュには頭を大きく引いて、
「えらぁあ!!」
彼女の額へガツンと一撃。身体をのけ反らせ、よろけた彼女はフラフラっと後退った。
彼女の重心が右足へと、移る。
そこを逃さず手を襟へ回して、右足で軸足を刈る様に足払い。
いくらドラゴンの力を宿してるとはいえ、彼女は人間であり二足歩行という事実は変わらない! だから軸足を払われれば誰だって――
――クギッ。
足払いをかけた瞬間、湿った木材が折れるような、聞き覚えのある音がした。
私の足元から。
『お姉ちゃん……! 足首、取れた……!』
クロちゃんの声に合わせて自分の足に視線をやると、関節が外れプランと垂れさがる右の足先。包帯による拘束で辛うじて身体にくっついている、そんな感じだった。
まさか……!
『コイツっ! 右脚にもなんか仕込んでる!』
陽彩が察したときにはもう、彼女はブーツの足裏を見せつけるようにその右足を構えていた。私のお腹に向けて。
マズい。
全身を悪寒が駆け巡る。
絶対に避けないといけないって、脳が危険信号を出している。
しかし、彼女のコートの襟と左脚一本を支えにしているだけの私には、この状況をどうしようもなかった。
「グルルラァ!!」
彼女の踏み抜くような蹴りがお腹に突き刺さる。
「うっ……」
瞬間、身体が自然とくの字に折れ、恐ろしいほどの力で蹴り飛ばされた。
蹴飛ばすなんて生易しいものじゃない。文字通り、蹴りで身体をぶっ飛ばされた。
例えるなら腰にベルトを巻いて思いっきり引っ張られるアトラクション、そのトンデモ版。あえて表現するならば、横に落ちた。そう形容するしかない。
そんなことを思い浮かべていた私は、遥か後方の山肌へと叩きつけられた。強く、激しく。
その上HPゲージもほぼ割られた。見た感じ二割残ってればいい方。
受け身なんか取りようがなく、岩盤に打ち付けられて地面にうつ伏せに倒れ込む私。いくら体質的に痛みは感じないとはいえ、衝撃で視界がぼやけて焦点が合わない。
追撃が来る。早く立たなければ……。
その使命感に駆られ、ハッキリしない頭でフラりと立ち上がる。
しかし、そのときには彼女はもう走り始めていた。
ただ、その右脚は今の衝撃に装備が耐えられなかったのか素足だった。しかもその足は黒くて、艶めかしくツヤツヤで、まるで――左手と同じ。
……分かった。彼女、ケモナーじゃなくて半人半龍なんだ。だからあんな風に、左腕と右脚でまだらな感じにドラゴンが発現してて、身体能力も半端ないのか。
そんなことを考えている間にも、彼女はお構いなしに全力ダッシュで近づいてくる。右脚で一歩一歩地面を割りながら。
どうすべきか。どうもなにも何とかしなければ。
だけど、頭に靄がかかったように思考がハッキリしない。私の頭がこれ以上働いてくれない。
彼女がもう私の目の前にいる。宝石のように美しい龍の目を見開き、私に突き刺すような視線を向けている。真っ白で歯並びのいい歯を剥き出し、溢れ出る私への殺意を抑えられないでている。左手を大きく開き全ての爪を立て、私の首をかき切ろうとしている。
「ガアッ!」
腕が振るわれ、首に爪がかかる。
『ルナ!!』
『【拘束】……!』
「……はっ!」
首から伸びる包帯が岩肌の割れ目を掴むように伸び、私の身体を地面へと強引に引き寄せる。あまりの勢いにうつ伏せにバタンと倒れてしまったが、おかげで間一髪爪の斬撃を回避した。
地鳴りのような音が轟き、まるで新雪のように抉り取られる山肌。
粉塵が舞い、彼女と私たちの間の目隠しになる。
日差しを背に受け煙の中に浮かぶ彼女のシルエットは人でありながらも、龍の姿に見えなくもない。そんな雰囲気であった。
「ゴホッゴホッ……! あ、危なかった……」
『ルナ! ボーっとしない!!』
『大丈夫……? お姉ちゃん……』
「ゴメン。でも、ありがとう二人とも。おかげでギリ何とかなった……!」
二人に話しかけてもらったことにより、なんとか普通に物事を考えられるように。そのついでに重たげな身体を起こし、なんとか立ち上がる。
『一旦は、ね』
目の前が晴れ始め、煙に覆われていた彼女の姿が見え始める。ドラゴンの爪が、節くれだった右脚の指が、既に戦闘態勢なスタイルのよい身体が徐々に露わになりだす。
獣のような唸り声が靄の中に響く。
そう。陽彩の言う通りまだ性癖決闘は終わってない。向こうからの攻撃が止んでいるとはいえ、この煙が晴れてしまえばこの小休止も終わってしまう。だから、それまでになんとかして見つけなければいけない、勝ち筋を。
『んで、どうすんの!』
『お姉ちゃん……!』
考えろ。彼女が右脚まで使うようになったんじゃ、左手回避のインファイトでは勝てない。体力的にもキツイ……。やるなら確実な隙を作ってそこに一撃見舞うしかないけど、あの威力はおっぱパリィでも弾ききれるかどうか。
一陣の風が駆け抜け、だんだんと煙を払ってゆく。
私たちに残された時間はもう少ない。
その風に吹かれ首元の包帯がたなびいている。
さっき助けてくれた、命を繋いでくれた包帯。これは身体に厚めに巻いていた余りの部分。
そのとき、脳裏に陽彩の言葉が浮かんだ。
(なんか、胸の辺りがちょっとキツイんですけど)
そんな、何気ない一言。でもその言葉が一つの結論を導く。
「やろう、おっぱいであの腕をパリィする」
『はぁ!? 嘘でしょ!! あんなのに触られたら、ウチの胸なくなるって』
「大丈夫! とっておきの一発があるから」
『無理無理無理! 無理だって――』
『くるよ……お姉ちゃん……!』
クロちゃんの言葉の通りに煙が、
『分かった! ルナに託す!!』
晴れる。
「グヴガァア゛ア゛ア゛!!!!!!」
咆哮とも呼ぶべき雄叫び。
私の顔を見るや否や、彼女はドラゴンの左腕を振りかざし来る。
私の間合いへ入る龍の足。縦へと閉じゆく瞳孔。
上体のねじれが解き放たれる。
迫る左腕。
全ては一瞬。
純粋な力のみで構成されたその腕。切り裂くためだけに進化した爪。
触れられたら全てが吹き飛ぶだろうその野生の暴力。凶暴なドラゴンが胸に迫る。
――でもね。
おっぱいってのは、丁寧に優しく触らなきゃいけないんだよ!!
ケモノのように触られても痛いだけ!!!
爪と胸の狭間の距離が迫ってゆく。
じわり、じわり。
やがて、ツンと胸先に爪が触れる。
胸を突き出せ!
「おっパリィ! からの――」
胸に彼女の爪が触れた瞬間、胸をキツめに抑えていた包帯がバチンと弾けるように解き放たれ、
「爆発反応胸部装甲!!!」
バイーンという効果音と共に、胸元からオレンジ色のエフェクトが火花のように飛び散る。
「グワァア゛ア゛!?」
彼女は龍の目をまん丸に見開き、信じられないといったような唸りを上げる。
それは成功の証。
おっぱいに弾き飛ばされるドラゴンの腕。
包帯の勢いを有り余るバストに乗せ、私は無傷でドラゴンの腕をパリィした。
次回 VS『吊腕』、決着!
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