「解かれた封印」
『吊腕』と呼ばれた彼女の左手の手のひらが開かれると、指の間から輝く欠片がサラサラと流れ落ちてゆく。
その破片は刀だったもの。ただその銀粉だけが、刀を刃の側から鷲掴みしていたはずの手のひらから流れ出てくる。
刀を握り潰すという、彼女のクールな美貌に似合わぬ荒々しい所業。それは彼女がただ者じゃないと私に思い知らせるには十分すぎた。
そして、彼女の見た目もただの人ではなかった。
特にアームカバーが外れて露わになった、彼女の左腕。
黒く巨大な鱗が隙間なく何重にも重なって滑らかな曲線を形成し、ぬらりと輝く二の腕と手の甲。見ただけで分かるほどの分厚い皮膚に覆われて、ワニのようにゴツゴツした手のひら。すらりと伸びる節くれだった五本の指に、漆黒に染まった鋭い爪。
一言でいうなら、ゲームやファンタジーに出てくるような――そしてどこか懐かしいような感じがする――ドラゴンの腕そのものだった。
圧倒的に整った顔と歪な腕。その奇妙なギャップを眺めていると、どういうわけかワクワクするというか、心の中に何か湧き上がってくるような感じがしてくる。
こみ上げる何かに、全身を駆け巡る武者震い。得体のしれない高揚感が心身の隅々まで染み渡ってゆき、快感に背筋を撫られてびくびくっと身体が反応してまう。
ヤバい、なんか目覚めたかも。
クロちゃんは言葉を失っているのか頭の中で黙ったまま。
そんな吊腕さんに心奪われ気味な私に、陽彩が釘を刺す。
『まだ、気抜かないでよ? ルナ。むしろ、これからが本番っぽいから』
「……うん」
そう。強すぎる腕のお披露目の衝撃に、なんだかこの戦いも一段落したように思ってしまったが決してそんなことはない。
陽彩が頭の中で言うように、むしろここからが本番なんだ。
「あなたは一体……?」
「アンタが思うようにボクは純粋な人じゃありません。ファーリーだ」
彼女の目を見ると薄っすらと充血していて、目つきはさらに凛々しくなったように思える。
「もう十分なんだよねぇ、ヤり合うの。ウチもうアンタの超絶テクに大満足、的な。だからさぁ、あのクソキツネ言うことなんかもう無視して通してくんね?」
陽彩が大分煽り気味に戦闘回避を申し入れるも、慎ましげな胸前に構えられた彼女のドラゴン腕が下りる気配は一向にない。
「それはできない。『上には従う』それが獣の絶対の掟だからだ!」
その声と共に龍の手の構えが変わる。それはちょうど猛獣を真似して爪を立てる手の形。小さい子がする分にはかわいらしいもんだけど、私たちには猛獣以上の鋭い爪が五本分向けられているわけで。かわいらしさは微塵もない。
あるのは、獲物にこの爪を突き立ててやるという強い獣の本能だけ。
身震い。
生物としての生存本能が告げる。
来る、と。
だったら、だったら逆に。
抗うのが人間の理性だ!
震えを制し、折れた刀を彼女へブン投げる。
瞬間、飛び出す。
風を切りながら彼女へ向かって一直線に飛んでゆく刀。しかし、彼女は何の躊躇もなく飛来する刃をドラゴンの手の甲で払いのける。
「――ッ!」
「そこだぁあ!!!」
待っていたのはその瞬間。厳つい腕が開くとき。
守りが外れた脇腹に私のボディブローが突き刺さる。
柔らかく、そして固い。生々しくリアルな感触が腕に伝わってくる。
あまり心地よくはない。それに引き締まったボディを覆う筋肉に攻撃を受け止められた。
でも意に介さず、続けざまに逆の手でもう一発。
ドスッという鈍い音。短い呻き声に、微かに歪む彼女の表情。
効いている。
さっき左手を蹴ったときの鋼のような感触と違って、彼女の身体はちゃんと人の身体ということ。
つまり全身ドラゴン娘というわけでなく、異形なのはあくまで左手だけ。そこを避けて戦えば勝てる!
そんな私の考えは、右手を構え直した刹那――地面に沈んだ。
ドラゴンのお手ともいうべき反撃が右肩に軽く、ポンと触れただけで私たちの身体は地面へと叩き付けられたのだ。
地面といってもそこは固い岩盤。クロちゃんの【性癖】のおかげで痛みこそ感じないものの、かなりのHPが消し飛ぶ。残るライフはあと半分を切った。
予備動作なし、出が早い。躱せるかそんなもの!
爪が当たらなかっただけマシというべき……か――。
彼女と視線が、繋がる。向こうは目つき鋭く私を見据え、その心の内にある衝動が透けて見える。
引き裂く、壊す、殺す。そういった類の野生の衝動が。
そしてそれは、振り上げられた彼女の左手にもまじまじと表れていた。
ヤバい!
咄嗟に身を捩る。
「ぐらぁああ!!」
雄々しい呻き声が鼓膜を揺らす。
身体を転がして拳を紙一重。
異形の腕が大地を穿つ。
立ち上がりつつ見れば、ドラゴンの腕を打ちつけられた岩盤に巨大な亀裂が走っていた。彼女が私たちの前に降ってきたときと同じように。
間髪入れずに彼女は私を引き裂きに来る。研ぎ澄まされた爪を突き立て、弾丸のような速度で。
しかし私も負けじと陽彩の反応速度をフルに無断借用。身体を反らして初撃を躱しきり、続けて振るわれる絶え間ない斬撃も連続ステップで回避する。
爪を避けるたび、彼女の攻撃はより大振りに、呻り声はより大きなものへ。それに段々と歯茎を剥き出し、目は血走ってく。メッキが剥がれてゆくように、クールに整っていた表情も今では衝動に歪んでしまっている。
それでも、彼女のイケメンさは揺るがなかった。
右に、左に、そして後ろにステップし続け、ギリギリで爪を躱していく。しかし、これでは防戦一方。背後には山肌も迫っている。
――このままだと終わる。
その手に、その腕に倒されてしまう。だからどうにかしないと。
でもどうにかするってどうすればいいの……?
必死に頭を回すもさっきのお手が頭を過る。
軽く触れられただけであの衝撃に、あのダメージ。下手なことをして攻撃を喰らえば瞬く間にライフは無くなっちゃうだろう。とはいえまともに組み合えば、絶対純粋な力でねじ伏せられる。それにおっぱいパリィでもパリィしきれるかどうか……。
思考に意識が囚われ、反応が遅れる。
「……はっ!」
「喰ラエ!!」
爪がギラリとひらめき、私を襲い来る。
無理やり身を反らす。
――スッ。
ギリギリ直撃は免れるが、小刀のような爪が頬の薄皮を抉ってゆく。
掠っただけでこの切れ味……。
益々もってヤバい……!
どう躱す?
どう避ける?
どう逃げる?
ゲーマーとしての焦り、死への恐怖が頭の中を曇らせてゆく。内向きへ、消極的な方へ思考が流れてゆく。
どう――
『大丈夫だよ、お姉ちゃん……!』
そのとき、静かだったクロちゃんが頭の中で私に囁きかける。
『大丈夫……! ゾンビだから……もう、死んでる、よ……!』
『ルナ、怖くても大丈夫。言ったっしょ? そういうとこも向き合って受け入れた上で、私たちが憑いてるって』
「クロちゃん、それに陽彩も……」
そうだ、この身は既に死んでる身体。死んでもその場でリスポーンするだけ。
それに、怖くても二人が一緒にいてくれる。私たちはお互いに受け入れ合って、誰よりも近くで支え合ってる。
だって、みんなで一人なんだから!
大切なことは相手を受け入れること。
だから怖くても向き合って、相手を受け入れなきゃ!
そのことに気づいたら心が暖かく、いや心に火が付いた。
不安も、恐怖も燃え尽きてどっかに消え去った。
だったら、いつまでも受け身じゃいられない。こっちから攻めなきゃ、状況は打開しない。
唐突に、向こうが身を下げた。彼女は左手を引きグッと身を構える。
その目も爪先も、私の首元をしっかりと狙って離さない。
「グルルッ……」
なるほど、一撃で来る気か。
でも、それならそれで好都合!
こっちにも一撃の攻め手はある。それも必殺の一撃が!
「キメル……!」
「上等!」
彼女の熱い視線に応えるように私もその目をグッと睨み返す。
喰うか喰われるか。これから生死を分ける一撃が交わされると思うと、アドレナリンが出っぱなし。極限まで高まってきた……!
さぁ、乳比べといきますか!
次回 解き放たれる力と力、理性と野生が火花を散らす!
お読みいただきありがとうございました!
『ブックマーク』や『評価』での応援、ありがとうございます。また感想も非常に励みになっております!
皆様の応援を糧にこれからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!




