32話 『確信』
そんな私へとクルスも手を上げて返事をし、カルマに関しては何かを決断したようにクルスの背中を見届けた後、周囲を警戒してから扉へと鍵を掛けた。
「あの、どうして警戒してるんですか?」
鍵を閉めてから椅子に座ったカルマへとそう訊ねた瞬間、考えるように沈黙したかと思えば、今度は頭を掻いてから溜め息を吐いている。
その後に話を始める為、カルマは口を開いた。
「とりあえずあの場ですぐに俺たちが駆けつけられた理由を教えてやるよ」
「えっと、あ、はい。気になっていたのでお願いします」
私の予想では監視だが、十中八九それで間違いないだろう。
でも、どうしてクルスがそれを聞かれて嫌がるというか、豹変するのかが今の私には一番の疑問だ。
ただ、カルマも憶測くらいでしか分からない気がする。
少しでもヒントをくれれば私も推測くらい出来るし、後で聞いてみた方が良いかもしれない。
「あー、多分てめえも分かってるだろうが俺たちはてめえを監視してた。っても、俺はクルスがコソコソと付けてたから気になっただけだ。ま、要するにてめえが戦っている時もバレねえようにある程度離れて監視してたから都合良く助けられたんだよ」
監視していた事実は別に問題ない。
それよりも今は、監視していたことによって私が魔女に覚醒していたのがバレてるかどうかの方が重要だ。
万が一にもクレヴィスと魔女の会話が聞こえていたりしたら、確実に面倒な事になる。
「やっぱり監視してたんですね。なんとなく予想はしてました。でも、戦っているときは本当に気付かなかったし、どれだけ離れてたんですか?」
「そうだな……おおよそ一里程度ってとこだな。肉眼で見てたわけじゃねえし、烙印者でもこの距離なら気付けねえと思って適当に決めた距離だけどな」
「あはは、そんな離れてたんですか。それなら確かに気付けませんね」
一里。おおよそ四キロも離れていれば常人の耳では会話なんて聞こえないだろう。
何かを話しているのくらいなら分かるかもしれないが、その程度なら問題ない。
後は余計な事を言わないよう強引にでも話題を変え、再度クルスの豹変について探るだけだ。
「あ、あの!」
わざと気を引くように、注意を逸らすようにして声を出し、カルマから私へと訊ねてくるように私は仕向ける。
「ん? 急に大声出してどうしたんだ? 何か気になる部分があったのか?」
目論見通りカルマは心配したように訊ねてくれた。
強引すぎて変に思われないか内心ドキドキしたが、これで都合よく話題を変えられそうだ。
「はい、その、覚えてなかったら良いですし、全然さっきとは別の話になっちゃうんですが、監視してた時のクルスさんもさっきみたいな顔つきになった瞬間とかありましたか?」
「クルスの顔か……。うーん、どうだったかな。ちょっと思い出すから待っててくれ。表情なんてそんなに注視しねえしな……」
カルマが思い出している間、一時の静寂が流れた空間。
そんな中で私も顎に手を当て、カルマの言っていることが全てならばクルスがどうして隠していたのかを考えていた。
なにせ、監視すること自体はさっきも考えた通り仕方のない事だと思うし、ましてやそれをわざわざ隠すとは考えにくいのだ。
つまり、隠す以上は違う何かを企んでいたに違いない。
そしてそれがクルスにとって誰にもバレたくない事だとしたら、カルマが監視に付いてきた時点で表情に出している可能性が高いと思う。
勿論カルマの返答次第ではあるが、この質問の答えによっては私の中に燻っている不信感は爆発し、嫌な結論を導き出してしまうことになる。
「――待たせたな。けど、思い出すのに手間取って悪いんだが、特段変わった様子はなかったと思うぞ。何かを考えていたみたいで焦りはしてたような気はするが……」
チラチラとこちらの様子を伺いながら言ってくるカルマの姿もなんとなく疑わしくはあった。
けど、嘘は言っていないように思えるし、大方私には言えない何かを隠しているだけだろう。
あくまでも直感で、確証も根拠もない以上は私の考え過ぎかもしれないが。
「というかアレだ、てめえもごちゃごちゃ考えてるみてえだけど、クルスにとっては大切に育ててきたてめえがオペレーターとだけで任務だったんだから、心配してただけなんじゃねえかと俺は思うぜ」
カルマの言う事も一理あるし、もしかしたらそれが正しいのかもしれない。
けど、今その言葉を投げ掛けられてしまえば、私としてはむしろ疑心が確信に変わるだけ。
とはいえ、少なくとも言葉の節々に怪しい点は感じられないし、クルスとカルマがグルであるのはあり得ないと思って良いだろう。
「すいません、ちょっと考えが纏まらなくて時間が掛かっちゃいました。でも……はい、なんとなく納得出来たので大丈夫です。教えてくれてありがとうございました」
「はぁ、てめえはなんでも見透かしたような顔しやがって。ちっ、悩んでる俺が不甲斐なく見えちまうじゃねえか」
長く考え込んでいた私の返答を受けたカルマは、私の目をジッと見てから深く溜め息をつく。
「……なぁ、てめえは……いや、なんでもねえ。気にすんな」
「ねぇ、カルマさんも薄々分かっているんでしょ?」
「うるせえよ。俺はあいつと付き合いが長いからな、てめえみたいにそう簡単に納得できるもんじゃねえんだ。まだ……時間が掛かるんだよ」
急かすわけじゃないが、私の中でハッキリと結論が出ている以上、これ以降被害を出さない為にもカルマには出来るだけ早く結論を出してほしかった。
勿論、クルスと戦友であるカルマを急かすのは酷かもしれない。
けど、烙印者の私が下手に動いても逆に疑われる事態になりかねないのだから仕方ない。
が、どうやらカルマの表情を見る限り今ここでというのは難しそうだ。
「そんな目で見るなって。心配しなくてもすぐに結論を出すさ」
「そう……ですよね。すいません。厚かましい真似をしてしまいました」
「良いんだ、てめえの気持ちも理解出来る。現状は烙印者じゃどう足掻いても難しい事だしな。ただ、これだけは覚えておけ。お前が思っている以上にお前を信用してるやつも、仲間と思ってるやつも沢山居る。勿論、俺も含めてな。だから、遠からずお前には頼らせてもらうぞ」
「っ! はい!」
「良い返事だ。じゃあな。てめえもちゃんと傷を癒せよ」
私の返答を受け、やけに真剣な表情をしていたカルマは八重歯を見せながら笑い、そのまま部屋を出て行ってしまった。
一人残された私は溜め息をつきながら椅子へと腰掛ける。
「……クルスさんが……裏切り者かぁ……」
部屋で呟かれたその小さな声は反響することもなく、誰に聞かれることもなく消えていった。




