29話 『最後の一押し』
今までとは違う顔。獰猛さも凶暴さも、粗雑さも感じられない表情をしている。
子供のようにまるで遊んでもらえたことを喜んでいるのだから尚更だ。
「そうか、よく考えれば当たり前の事だ! 器には魔女が宿っている。つまり、お前は魔女の力を使ってたんだな! 良い、凄く良かったぜ! まさか魔女と戦えるなんて、あぁ、お前をさっさと殺さなくて本当に良かった!」
ようやく思考が終わったのか、掴んでいた私の足を振り払うと、クレヴィスはゆっくり立ち上がる。
本心からの思いを曝け出し、恍惚の表情を浮かべながらそう私に告げる。
「あっそ、私としてはあんな力使いたくはなかったけどね。自分の力だけであんたを倒したかったよ」
パッパと足を揺らし、掴まれていた事で異常が無いか確かめながら、私は言葉を返す。
「あっ? まさか勝った気でいるのか? 確かに私様は器であるお前に多少感謝したが、それでお前を殺さないつもりはねえぜ。それはそれ、これはこれだ。お前の姿をした魔女に弄ばれた屈辱は晴らさねえといけねえからな!」
言動に込められた殺気に対して、今の私は恐怖すら感じない。
慣れたというのもあるが、それ以上に魔女が私の力を限界まで使ってくれたお陰で強くなれたというのが分かるからだ。
そして、この力があれば今のクレヴィスを倒す事が出来るだろう。
「良い殺気を出すじゃねえか。空気が震えてやがるぜ。ははっ、あははっ! あはははっ! これならまだまだ楽しめそうだ!」
「ふーん。でも、私は楽しませる余裕を与えるつもりはないけどね!」
武器を手にお互いぶつかり合い、辺りには凄まじい衝撃が吹き荒れる。地面は割れ、武器がぶつかり合うたびに轟音が響き渡る。
まさしく互角の力量。
――だと、誰かが傍から見ればそう思うだろう。
けどそれは違う。
防御を捨てているクレヴィスの猛攻は確かに激しいが、今の私であれば簡単に捌くことも出来るし、隙間を縫って攻撃を加えるのは容易いのだ。
それ程までに私の引き出された力は桁違いであり、ボロボロになっていくクレヴィスを見れば誰であろうと私の方が強いと認識するに違いない。
ただ、勿論それが正しく間違いではないのだが、突然あまりにも強くなった私と対峙しているクレヴィスからすれば、ここまで押されている事実はより一層イラつくだろう。
「クソッ! なんで私が――私様は最強なのに!」
「残念だったね。貴方の敗因は一つだけ。私をもっと早く殺さなかった事だよ」
クレヴィスの武器を弾き、隙を埋める為に生み出された残滓の壁も蛇をうならせるように走らせて一瞬で消し去る。
その後、私は自分の限界が近い事を察して最後の一撃を放とうとした。
「えっ、あれ……?」
が、私が考えていた以上に体が保たなかったらしく、全身から力が抜けたかと思えば、武器の重さに振り回されて地面へと倒れ込んでしまった。
虚脱している体は重力に負け、もう一度立ち上がる事すら叶わない。
「おいおい、嘘だろ? まさかお前……さっきまでも自分の体を使ってたのを忘れてねえよなぁ? 傷だらけの体を酷使した上に、限界以上の力を使ってたんだぞ? それが例え数分に満たないとしても、今のお前に戻った時点で私様を殺せるまで耐えれるわけねえだろうが!」
「そんな……嘘でしょ? あとちょっとなのに、動いてよ、動けよ!」
口角を上げ、足蹴にしてくるクレヴィスを無視しながら私はひたすらに自分の足を叩いて動かそうとする。
だけど、既に限界を超えた以上体が心に応える筈がなかった。
「あはっ! あはははっ! 勝ちだ。私様の勝ちだ! てめえが覚醒した時はちょっとビビっちまったがな。そうだ、最初からこうなる運命だったんだよ!」
顔を踏みつけられ、動くことも出来ない私は虚ろな目でクレヴィスを見つめる。
完全に勝ちを確信し、歪んだ顔で私をどう殺そうか考えているように見えるクレヴィスを。
終わる。殺される。もう駄目だ。
どうしていつも最後の最後に私はこうなるんだ……。
絶望が心を覆い、背後から近づく音も聞こえず、援軍が来る気配も感じられなかった。
だからこそ、諦めかけている心にヒビが入っている。
私がもっと強ければきっと、結末は変わっただろう。
「……誰か……」
か細い声が勝手に出てしまった。
助けを求めようとする心に体が反応してしまった。
弱さを自覚したくない。
私は強くなっている。それは間違いない筈だ。
故にこそ、地に伏せたまま、助けを求めたくはなかった。
……でも、こんなに追い込まれている現状こそが私に力が足りない証拠に違いないのだ。




