『溢れ出す絶望』
追撃を恐れた私は素早く態勢を立て直し、クレヴィスを睨む。
しかし、私の予想とは裏腹にクレヴィスは追撃することもなくガッカリしたような目を私へと向けてきていた。
「おいおい、まだ半分の力も出してねえぞ? もしかして、手抜いてんのか?」
そう言いながら溜め息をついているクレヴィスを無視して、私は蛇を召喚する事で反撃を試みる。
けれど、そう上手くはいかなかった。
動作によって予測されていたのか、或いは能力がバレていたのかは分からない。
が、真下からの奇襲も蛇の頭を潰されることによって失敗してしまい、その隙を狙っての攻撃も回し蹴りをされることで余計に被弾してしまうという結果だ。
蛇自体は潰されようとも再度召喚すれば問題ないが、このまま無謀に続けようとも力の消耗が大きいのと、身体への傷が多すぎて時間稼ぎすらまともに出来ないかもしれない。
「なぁ、力を使ってきたってことはこっからが本気って事だよな? なぁ!」
私の思考を遮るように圧力を与え、殺気をガンガン飛ばしてくる。
楽しそうな顔はまるで玩具で遊ぶ子供の様だ。
「その余裕、なくしてあげる!」
「おっ! 良いスピードじゃねえか! ……だがま、私様からすれば遅いけどな!」
「嘘!? 避けられた!? ……お、おえっ!」
自分の中でトップスピードを出し、制御すら出来ない状態で攻めたのだが、それでもクレヴィスには届かず、避けられた後に上空へと蹴り上げられてしまった。
腹を桁違いの威力で蹴られたことによって、体が完全に曲がったかのような感覚に襲われ、込み上げてきた吐瀉物は宙を舞う。
フワフワとした浮遊感と、なんだか近く感じる空が視界に映ったかと思えば、次の瞬間には顔面へと凄まじい蹴りが飛んできている。
勢いよく地面へと落とされ、体はメキメキと悲鳴をあげていた。
「ゲホッ! ゲホッ! はぁはぁ。早く動かなきゃ……」
地面にぶつかった衝撃で血までもが口からは飛び出しているが、このままここに留まっている方が危険だという事は土埃に紛れて素早く迫ってきている影から理解出来た。
とは言うものの、激しい痛みが立ち上がるのさえ拒否しているために動くことは叶わない。
だからこそ私はギリギリまで引き付ける事で動きを読み、紙一重で避けながらその顔面へと武器を振り抜く事でのカウンターを選択した。
そうして繰り出された一撃に効果があったかは定かではないが、少なくともクレヴィスを多少吹き飛ばし、血を出させるくらいは出来たようだ。
「良いねえ、まさかあんな状況で反撃してくるなんてなぁ! ようやくこいつが使えるよ!」
「はっ! 傷を負って喜ぶなんてイかれてるね!」
「そいつは誉め言葉として受け取っとくよ!」
私に反撃されたことに対しての怒りなんかは一切ないらしく、クレヴィスはただただ嬉しそうにしている。
こいつは紛れもなく戦闘狂だ。
付き合っていられないが、そういう訳にもいかないのが現実。
クレヴィスは武器であるハサミを構えると、飛び掛かるように私へと迫ってきた。
「ほらほら! さっきみたいに反撃してみろよ!」
余裕綽々なクレヴィスの変幻自在な攻撃をなんとか躱す事しか出来ず、それもフラフラな中で奇跡的にも避けられているのだから、反撃する余裕など一切ない。
とはいえ、このまま運良く避け続ければ生き残る事は出来るかもしれないが、万に一つも私に勝ち目がないのは誰が見ても明らかだろう。
「そうか、そうだったな。なんか手応えがねえと思ったら最初の傷の所為か! そういやこいつでぶん殴っちまったからなぁ! ほら、そこの傷、血が止まらねえから苦しいだろ?」
情緒が不安定なのか、急に攻撃の手を止めたかと思えば、今度はケタケタと笑いながら武器を未だ血が止まっていない私の傷へと向け始めた。
こいつの言葉が正しいかはさておき、確かに一番最初に殴られた傷が未だに少しも治っていないのは不可解だ。
勿論、烙印者である以上は自分の治癒能力が常人とはかけ離れているのは理解している。
その上で治っていないのだから、発言も相まって考えるにこれこそがクレヴィスの持つ能力で間違いないだろう。
にしても、正直言って武器で傷を与えれば治らなくさせる能力なんてあまりにも強すぎると思えてしまう。
が、逆に考えれば攻撃さえ避ければ能力は無いようなものだ。
……まぁ、相手が烙印者である以上は永遠と避け続けるなんて不可能に近いのだけど。
「はぁ、それにしても器だからもう少し楽しめると思ったが、こんな一方的な戦いになるなんて思わなかったぜ。もう良いや、つまんねえしさっさと終わらせちまうか!」
「そう、でもそう簡単に負けるつもりはないけどね」
「ははっ、いつまでその減らず口が叩けるか楽しみだ!」
最初に受けた傷がハサミの持ち手によるものである以上、そこの傷はどんなに時間が経とうが治らない。
そう仮定した上で普通に受けた傷を見れば徐々に治っているのが分かる。
無論、ある程度動けるようになって戦えるくらいまで回復するのはまだそれなりに時間が掛かるとは思う。
クレヴィスの攻撃を避け続けて回復に専念すれば、勝ちはなくともそう簡単に負ける事はない筈だ。
「あぁ、先に言っておくが、ってかもう気付いてると思うが、私の能力は武器で傷つけた相手を癒させない能力だからな。つまりだ、私を殺さなきゃこの力は解除されねえ。だから逃げ回って時間を稼ごうなんて思うんじゃねえぞ? これ以上私様をつまらなくさせたらさっき逃げた奴を真っ先に殺すからな」
「そう、わざわざ教えてくれるなんて思わなかったよ。ってことは、あんたを殺せば全部解決でしょ? 絶対にメルクは追わせないし、あんたはここで私が殺すから!」
少しでもメルクから気を逸らせる為に強気な発言をし、クレヴィスをやる気にさせる。
案の定、クレヴィスは私へと向けて次々と攻撃を繰り出してきて、反撃しようにも止まる事のない連撃によって私の回復出来ない傷はどんどん増えていった。
けれど、私の反撃によってクレヴィスから発生した血を気付かずに私が飲んでしまった瞬間。
――もっと餌を求めるように心の奥底から力が湧いてきた。




