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星降る魔女の子供達  作者: ねぎとろ


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『何も出来ない』

 役割が決まった事により急いで戦場へと向かったのだが、辿り着いた先はまさに地獄絵図といった様子だった。


「これは中々の被害っすね。これじゃ他の隊員も生きてるかどうかって所っすよ」

「確かにここまでとは想定していませんでしたが、立ち止まっている暇はありません。ノーヴァは変わらず、他の隊員が居れば協力を、居なければ単独で残滓の撃破をお願いします。ユフィは私と共に行きますよ!」

「ご、ごめん、ちょっと無理かも……ホントごめん……」

「はっ? ここまで来て何を言っているんですか?」


 崩れた家屋に、無造作に転がっている死体。耳に聞こえる悲鳴と、助けを呼ぶ悲痛な声。

 そのどれもが私の心を破壊していくのだ。

 私も何度か人を殺したことはあった。が、いざこうして烙印者たちの被害を目の当たりにしてしまえば――自分がこいつらと同一の存在だという事を嫌でも再認識してしまう。

 心が死に、岩のように固まってしまった私の体はルーナから動くように指示されようとも、ましてや怒声を浴びせられようと動けなかった。

 立ち止まってはいけないと分かっているのに、どうしても体が拒否するのだ。


「ま、まぁ初実戦だとこんな風に動けなくなるのは仕方ないっすよ。だから、あんまり強く言わなくても良いんじゃないっすか?」

「駄目よ。確かに普通の隊員になら私もここまで言わないわ。でも、ユフィは烙印者。それも戦力として生きているの。なのにも関わらず戦場で動けないなんて……価値がなくなるわ」

「か、価値って! ユフィさんは道具じゃないんすよ!?」

「いいえ、それは誤った認識ね。貴方も説明を受けたでしょう? 彼女は組織にとって強力な道具――兵器なのよ。認識を改めなさい」

「それは……確かにそういう説明を受けたっすけど……でも、上の人達やルーナさんがそう思っていても、ウチだけはユフィさんを道具としてなんて扱いませんから!」


 私が呆然と立ち尽くしている間にも、ルーナとノーヴァは私の事で言い争っている。

 どちらの言い分も私の心に響くが、より辛いのはノーヴァの庇うような言葉だった。

 初任務に高揚し、戦場を実際に見てしまえば動く事すらままならない。

 自分がお荷物であればあるほどに庇われる価値なんてないと思えてしまうのだ。


「役立たずで、ごめんなさい」

「ユフィさんが謝る事じゃないっすよ! こういうのは仕方ない事っすから!」


 俯いている私を抱き寄せようとノーヴァが近付くが、ルーナが制止するように腕を伸ばす。


「ノーヴァ、今はそんな甘い事を言ってる場合じゃないわ。部隊長としての手前、酷い事を言ったけれど、私も少なからず貴方と同じ意見を持っているの。でもね、今回の任務はユフィにとってとても大切な事。何も出来ないとなると、どうしても駄目なのよ」

「そう……だったんすね。詳しくは分からないっすけど、それならユフィさんの事はルーナさんに任せるっす。ウチは作戦通り、残滓をサクッと倒してくるっすよ!」


 出会って間もないのに私を守る為に時間を割き、言い争いをしてくれたノーヴァはルーナに敬礼をした後にハンマーを担いで残滓の下へと駆けていく。

 そうして残された私はルーナの失望した顔を見るのが怖くなり、庇い続けてくれたノーヴァの事を目で追い続ける。まるで現実から逃げるように。


「お待たせしました~! 後はウチがやるんで、負傷者は下がってくださいっす!」


 そして、戦場全体に響き渡るほどの声を上げると、「どりゃあぁ!」と思いっきりハンマーを残滓へと振り下ろす。

 その一撃は残滓の形を変える程であり、二撃、三撃と反撃の暇を与えない連撃により残滓は塵となって霧散していった。


「うおおお! お前ら、助けがきたぞ! 援軍はあの有名なノーヴァだ!」

「えっ!? 隊長達にも攻撃力なら劣らないっていう!?」


 ノーヴァが援軍として駆け付けた事により、なんとか生きていると言えるくらいボロボロの隊員達の士気は目に見える程に上がっていった。

 助けるタイミングとしては意図せず完璧だったのだろう。

 また、それに伴って歓声を受けたノーヴァの動きも洗練されていき、残滓は次々と討伐されていく。

 その間、動けない――動かない私はルーナがメルクに事情を話している間も一人の空間に閉じこもり、ノーヴァへと羨望の視線を向ける事しか出来なかった。


「凄いなぁ。ノーヴァちゃんは……」


 それに比べて私はどうだろうか。あんなにも息巻いていたのに何もしていない。

 どころか、怖くて動けてすらいない。

 戦わなきゃいけないのに、価値を示さないといけないのに。私はなんにも……出来ていない。


『ユフィさん! ユフィさん! 聞こえてますか!?』

「えっ、う、うん! ごめん。ちょっとボーっとしてて」

『謝る必要はありません。それより、ルーナさんから状況は聞きました。戦う事を選んだユフィさんがこうなってしまった事は残念ですが、人間らしくて私は良いと思います。なので、今はとりあえず烙印者が現れない内に私が離脱経路を……』


 オペレーターであるメルクも状況を把握し、それを見兼ねたのか呆れながらも優しく戦場から離れさせようとしたその時だった。


「いい加減にしなさい! 貴方の存在意義をこんな所で失って良いの!? 貴方が使い物にならないなら殺されるだけなのよ!? メルクも勝手な判断はやめなさい! 隊長は私よ!」

『ご、ごめんなさい。だけど、このまま動けないユフィさんをこの場に置いておけば、万が一烙印者が襲来した場合に守らなきゃいけなくなるんですよ!? ただでさえルーナさんとユフィさんでも烙印者に勝てるか分からないのに、守りながらなんて絶対に死んでしまいます。だから、私の判断は間違っていないと思います!」

「ッ! 分かってるわよ。けど、ここでユフィが逃げたら彼女こそ組織に処刑されてしまうのよ。私はそんな光景を見たくない、ユフィ! 貴方だって死にたくないでしょ?」


 私を巡ってノーヴァとメルクとの言い争いをしたルーナは、本心で話すように私へとぎこちない笑顔で手を伸ばす。

 きっとこれが最後のチャンスだ。手を取らないと、戦わないと。


「あっ……」


 手を掴もうと、立ち上がろうとする私の視界へと不意に映った死体。

 それにより、躊躇した私は腕を引いてしまった。

 ルーナがくれた最後のチャンスを不意にしてしまったのだ。


「そう。もういいわ。ここまで言っても貴方は立ち上がらないのね」


 私の行動を見て、残念そうに俯いたルーナは言葉と共に一度屈むと、思いっきり振りかぶって私の頬を叩いた。

 『パァン!』と乾いた音が響く。

 視界が揺らぎ、何が起きたのか理解するのに時間が掛かるも、熱くなる頬と痛みによってようやく私の固まった体は動くようになった。

 けど、もう遅い。今更動けるようになったって、なにもかも手遅れなのだ。


「ま、待って……私も一緒に……」


 いつ烙印者が現れるのかも分からない中、これ以上ルーナが私に構っている時間などなく、まるで最初に出会った時のように睨んだ後、踵を返して戦場へと走り出してしまった。

 遠くなっていく背中に、堪らず立ち上がった私は手を伸ばす。

 届かないと分かっていながらも私を見放さないで欲しいと願うように。

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