『初任務』
『緊急任務です。特殊部隊員のルーナ、ノーヴァ、ユフィは至急指令室へ来てください。クルス隊長がお待ちです。同部隊員、メルクは通信室へ集合してください』
私がどうやって好感度を上げようかと悩んでいたその時、部屋に設置されたスピーカーから突如招集命令が下された。
「どうやら緊急事態が起きたみたいですね。ユフィ、ノーヴァ。ボーっとしてないで行きますよ。メルクは一人で大丈夫ですか?」
「はい。いつもの場所ですし、問題ありません」
一人だけ別の場所に呼び出されたメルクは一足先に部屋を出て、小走りで向かって行く。
「ほら、私達も行きますよ」
「あ、えっと、うん!」
「えへへ。初任務! 楽しみっすね!」
無邪気な笑顔を見せるノーヴァとは裏腹に、初めての呼び出しを受けた私は湧き上がる不安を抱きながら指令室へと急いだ。
駆けこむようにして部屋へと入った私達は、姿勢を正して並び、クルスからの言葉を待つ。
「集まったみたいだね。早速で悪いが、今も戦っている人の事を考えれば、時間の猶予が少ないのも事実。詳細な内容は省いて説明させてもらう。初任務にしてはハードになるが、君達を推薦した僕の期待を裏切らないように成功を願っているよ」
今回の主戦場となる場所では既に斥候部隊が行っている以上、あまりのんびりとしている余裕もなく、私達が口を挟む間もなくクルスの説明は終わった。
どうやら残滓によって近くの村が襲われているらしく、斥候部隊に参加して殲滅するのが今回の任務のようだ。
「今まで訓練しかしてなかったけど大丈夫かなぁ」
「心配しなくても私達が居るから大丈夫よ。なにより私が指示を出すから安心しなさい」
「そーそー! ウチも居るから大丈夫っすよ~!」
任務内容を聞き、突如として襲ってきた不安に耐えきれず言葉を溢してしまうけど、ルーナとノーヴァはすぐにフォローしてくれた。
有り難い気持ちもある反面、即答された事でなんだか期待すらされていない気がして悲しくもなってしまう。
けど、これ以上面倒くさい私に構っている時間はないらしく、ルーナは懐から機械を二つ取り出して私達へと渡してきた。
「村までのルートはメルクさんが指示しますので、この機械の装着をお願いします」
「わぁ! 凄い! 実物はこんな感じなんだね!」
「あれ? ユフィちゃんは着けたことないの?」
「うん、訓練で着ける機会はなかったし、説明しか受けたことないんだ~」
私がマジマジと機械を見つめながら言葉を返すと、ノーヴァは「最初は聞き取りづらいと思うから気をつけるっすよ」と言いながらニッコリと笑い返す。
確かに耳に着けるのは小さな機械だし、そこから本当にしっかりと音を聞き取れるのかは不安に思えてしまう。
まぁこの不安はメルクが補助してくれるから杞憂に終わるだろうが。
『――装着出来ましたか? 無駄話してないで行きますよ。残滓は今も暴れていますから!』
「うん! 準備出来たよ!」
「ウチもオッケーっす!」
「私が先導するわ。貴方達は付いてきなさい。離れないようにね!」
ルーナが動き出し、それに続いて私達も走り出したその瞬間、
『お三方との接続が完了しましたので、ルート案内を開始します!』
メルクの声が聞こえ、一瞬ビクッとして止まったものの、すぐさま二人に続いて再度私も動き出し、指示に従って任務地点へと向かい始めた。
「ユフィ、君が烙印者として力を発揮できることを僕は期待しているよ」
走り出したユフィ達の背に目を向けるクルスは誰にも聞こえない声で小さく呟くと、不敵な笑みを浮かべながら通信デバイスを取り出した。
人知れずクルスが〝誰か〝に指示を出している間、任務地へと辿り着いていたユフィ達は遠目で残滓が見えた事により、戦っている部隊に参戦しようとしていた。
『本部から新たな情報あり! 戦場にて烙印者の影ありとの事です!』
そんな中、メルクから伝えられた衝撃的な情報により、私達は一度足を止める事になる。
部隊のリーダーであるルーナが制止した以上、私やノーヴァが勝手に動く訳にはいかないのだ。
「なっ!? メルクさん! クルス隊長はこの事態に対して何か言ってましたか!?」
『いえ……その、ルーナさん達だけで対処しろとだけ……』
「う、嘘でしょ!? そんなのあり得ないわ!?」
ルーナは突然の事態に愕然としているようだけれど、私は最初から私を使う時点で烙印者と戦わされるんじゃないかと思っていた。
無論、あくまでも可能性の一つとして考えていただけだが、悪い予感というのは否が応でも当たってしまうという事だろう。
「メルク、クロス総隊長に代わってもらえるかしら? 烙印者が居ると分かった以上はクルス隊長ではなく、総隊長に直接判断を仰ぎたいわ」
『かしこまりました。少しお待ちください』
メルクがクロス総隊長に代わるまでの間、数十秒にも満たない時間がとても長く感じられ、ようやく話せたと思えば、「君たちに全て任せる」とだけ言って去ってしまった。
あまりにも無責任な発言だと思えてしまうけど、現場を担当するのが私たちである以上、ある程度自由に動けるのは利点だし、一概に悪い事ばかりじゃない。
それに、こうして大役を任せられたルーナも吹っ切れたらしく、自分の武器である茨鞭――以前倒された烙印者の武器を取り出すと、後にリーダーとして私達に指示を出し始めた。
「その武器って……あの烙印者の……?」
「はい。私に適合したので使っていますが、何か……あぁ、そうでしたね。貴方の仇とも言える相手が使っていた武器でしたか。不快な気持ちにさせたのなら申し訳ありません」
「ううん。大丈夫だよ。でも、そっか。ルーナちゃんが適合したんだ。良かった、それならむしろ心強いよ」
あの烙印者はシスターを殺した。けど、同時に私を一度助けてくれたのも事実だ。
人間を容易く殺し、瓦礫を簡単に弾き飛ばせる。
敵が持てば記憶は掘り起こされ、憎悪が心に満ちていくだろう。
でも、大事な仲間が持つなら話は別だ。あの時烙印者が私を助けてくれたように、今度はきっとルーナを守り、私達を助けてくれる武器になるだろうから。
「――話を戻しましょう。今回の任務は普通なら一度撤退して大部隊、或いは隊長を連れてくるべきなのですが、今回はそんな時間もないので、役割分担して対処したいと考えています」
「えっと、そうは言っても本当にウチらだけで大丈夫っすか? 誰かが戻って隊長を連れてきた方が良いんじゃないっすかね?」
「ノーヴァちゃん、ここで戦力を割くのは厳しいしそれは難しいと思うよ。だから、私達の誰かが行くんじゃなくてメルクちゃんに援軍を任せるのが最適かな」
私の返答にノーヴァは「あ、確かにそうっすね!」と納得し、既に同じ考えを持っていたルーナはメルクに対して出来るだけ戦力になる部隊を要請していた。
とは言え、ルーナの表情を見るに援軍はあまり期待しない方が良いかもしれない。
「ひとまず要請は済みました。次は役割について決めましょう。残滓の対処と戦力を考え、私とユフィが烙印者。ノーヴァは他の隊員と残滓の殲滅をお願いしても良いかしら?」
「了解っす! こっちもすぐ終わらせて助けに行きますから任せてください!」
ノーヴァの頼もしい発言とは裏腹に、私は小さく頷くことしか出来ない。
まともな作戦も、烙印者を凌ぐ方法も、ましてや戦場の恐ろしさすらもまともに理解出来ていない事に対して不安がこみ上げてきてしまったのだ。
けど、それを今悟られてはいけない。ここが戦場である以上、私に対応する時間なんて一時も残されていないのだから。




