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眠り、また一日が始まる。
牢から出て、訓練場へと向かう。
見知った人影。私へと手を振る人に駆け寄り、声を掛けた。
「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
「うん、元気で良いね。こちらこそよろしく頼むよ」
座学も終わったことで、次の日には本格的に体を動かず訓練が始まった。
私の隣にはクルス、そして前方には捕らえられている残滓が存在している。
「あのー、あれってどう見ても残滓ですよね? もしかして訓練に使うんですか?」
「勿論その通りだよ。やっぱり実際に戦った方が訓練になるしね。毎度残滓を使うわけにはいかないけど、君の実力を測るにはピッタリだと思って用意したんだ」
なんていうか、私のことを考えてくれているのはなんとなく分かるけど、初日から残滓と戦うのはスパルタ以外の何物でもないと思えてしまう。
が、流石に文句は言えそうにない。
「それじゃ、まずは僕がお手本を見せるからよく見ておいてね」
私がスパルタだとか考えているうちに、クルスは軽く準備運動をしてから、ウネウネと動く触手のようなものを持つ残滓へと武器を構えて走り出した。
近付かれた残滓はたまらず触手を使って攻撃を仕掛けるが、クルスに当たることはない。
最小の動きだけで攻撃を躱し、後は武器を一振りしただけ。
たったそれだけで残滓は息絶えてしまった。
クルスが強いのか、残滓が弱いのか。それはきっと前者だと思う。
今まで残滓と戦い続けたからこそ、弱点を見極めて一撃で葬ったのだ。
「うん、まぁこんな所かな。君なら多分僕より早く倒せるからやってみてごらん」
涼しげな顔で言ってきているが、正直言ってそんな事無理難題に近い。
そもそも戦ったことがない私が一度戦う所を見たからと言って、同じように出来るとは思えないし、っていうか出来るわけがない。
過度な期待はしないで欲しいのが本音だ。
まぁ、どっちにしてもこの訓練を断るのは不可能だから不格好でもやってみるしかない。
だけど、これでクルスの言葉がどれだけ言うは易く行うは難しいという事が証明できるだろう。
「わ、分かりました。やってみます。あ、そういえば武器はどうしたら良いですか?」
「うーん、そっか。まだジャッジメントの武器を渡してなかったね。それじゃ、僕の武器を貸してあげるよ。死なないように頑張ってね」
クルスの腰に下げられていた剣を受け取り、私は一度深呼吸してから構える。
初めて持つ剣はなんだか重く、体がふらつきそうになるが、戦う前に数回振ってみることでなんとか感覚を掴むことは出来た。
「よし。これなら大丈夫そう!」
捕らえられている残滓は明確な敵意を向けなければ何もしてこないのか、私の準備が整うまで律儀に待ってくれている。
けれど、クルスと同じように私が武器を構えて走り出した瞬間、すぐに臨戦態勢を取って攻撃を仕掛けてきた。
「い、いやいやいや! こんなの避けれないって!」
クルスが簡単に避けていたからこそ、私もなんとなく出来そうと思っていたものの、いざ目の前に触手が迫ろうものなら避けるなんて不可能に近い。
なにせ、直線的に迫る触手を避けたと思ったら、今度は四方から触手が迫ってくるのだ。
こんなの避けられるわけがない。
「うっ、なにこれ……苦しい……」
避けきれなかった私は触手によって捕らえられ、無様にも締め付けられている。
徐々に強くなっていくその締め付けに体は軋み始め、呼吸はどんどん苦しくなっていく。
けれど、こんな状況になってもクルスはただ私を見ているだけで助けてくれる気はないらしい。
つまり、この程度自分の力でどうにかしてみせろって事だ。
「この触手さえ斬れれば!」
剣を持つ手も締め付けられているが、なんとか動かす事は出来る。
ただ、可動範囲が狭すぎて触手を斬る事は出来そうにない。
そうなると、どうにか少しでも緩めないといけないわけだが、私が少しだけ動かせるのは顔と足のみ。
足を動かしても離す気配はないし、顔だけでどうにかしないといけない。
そこで私は一か八かなりふり構わずに口を使って触手を力の限り噛みちぎった。
すると、見事に触手は緩み、残滓は声にならない叫び声を上げながら暴れ始めた。
同時に無造作に地面へと落とされた私を狙ったかのように残滓の持つ全ての触手が私へと伸びてくる。
これでは着地と同時に避けるしかない。
「えっ? 私、今飛んでる!?」
一度襲われたお陰で危機的状況において反射神経が働き、咄嗟に空中へと飛び跳ねたのは良いものの、感じたことのない浮遊感を味わう程に跳躍してしまったようだった。
ここまで高い跳躍が出来るのも、咄嗟に避けられたのも全ては烙印者の力だとは理解しているが、いざ冷静になってみれば着地時に足を折ってしまうのではないかと不安になってしまう。
けど、その不安は杞憂でしかない。そもそも私が着地するまで残滓が攻撃してこない理由がなく、一度避けられたくらいで諦めるわけもなかった。
空中に居る私へと再度触手を伸ばしてきたのだ。それも、触手を束ねた一本の槍と化して。
勿論、この攻撃も厄介に違いないのだが、無意識とはいえ一度烙印者としての力を使ったお陰もあって、迫りくる触手がなんだか遅く感じてしまう。
それこそ、止まっているように。
「はぁぁぁあ!」
敢えて反撃を受けないように防ぐことはせず、体を捻る事で避けた私は空中で一回転してから、冷静に武器を突き刺すように構える。
そうして、垂直落下した私の体は勢い良く残滓の体を突き進んでいき、地面に着地すると同時に残滓は塵となって消えていった。
「はぁはぁ、これが……私の力?」
今と全く同じことをやれと言われても出来る気がしないくらいに自分がどう動いていたのか分からない。
けど、それでも紛れもなく自分だけの力で勝った事に違いはなかった。
クルスよりも遅く、死にそうにもなった。残滓の一体でなにを喜んでいるんだと思われるかもしれない。
別にいい。言いたい奴には言わせればいい。ただ今は私が戦えるという証明と、自分の力が一端とはいえ使えた事がなによりも嬉しいのだ。
「お疲れ様。いやー、少しヒヤヒヤしたけどなんとか勝てたみたいだね。それに、予想通りやっぱり君は凄い力を持っているみたいだ」
小さくガッツポーズを決めて喜んでいる私へと拍手をしながらクルスは近付いてくるが、助けようとすらしてくれなかった事を私は根に持っていた。
だからこそ、嫌味を含んだ睨みを利かせてから返答してあげることにした。
「……ありがとうございます。でも、クルスさんは助ける素振りすらなかったですよね」
「あー、あはは。ごめんね。そんなに怒らないでよ。僕だって死ぬ間際には助けるつもりだったさ。でも、君はまだ烙印者としての力を使ったことがなかったみたいだからね。危機的状況ならどうにかすると思っていたんだよ。本当だよ?」
烙印者としての純粋な身体能力。それこそが私に元々あった力。
意識的に使う事はなかったから、気付くことはなかったこの力は、確かに普通の人間からすれば特異な力で間違いない。
確かに今回は危機に陥って偶然発揮したし、今ではなんとなく使えるが、正直そこまでクルスの計算通りだと悔しいような、複雑な気持ちになってしまう。
まるで全て掌で踊らされているような、そんな気持ちだ。
「そうですか。まぁ別に勝てたから今回は良いです。でも、次からは無茶ぶりはやめてください。せめて武器の使い方とかを訓練してからでお願いします」
「そうだよね。君の力を試そうと思ってやらせてみたんだけど、荷が重かったみたいだね」
「はっ? 全然余裕ですよ! あんなのにもう苦戦はしません!」
まるで私を煽るように言ってきた言葉につい私は乗ってしまった。
ただ、それは間違いでクルスがニヤっと笑うのが見えた瞬間に後悔しても既に遅かった。
「そっか。君ならそう言うと思っていたよ! これでどんな訓練でもさせられそうだ!」
「えっと、その、それはちょっと……」
「ん? 君が余裕と言ったんだろう?」
売り言葉に買い言葉。と言った言葉があるように、乗ってしまったが最後、自業自得とはいえ、悔しいが私は頷くしかないのだ。
「うっ、はい。頑張ります……」
こうして、自らの失言によるものか、或いは元々予定されていたのかは定かじゃないけど、それからの訓練はどんどん過酷なものへと変わっていった。




