第二章 『星の力に恐怖する Fear_or_the_stars』
ゴツゴツとした床と、充満している酷い匂いが鼻を刺激したことで私の目は覚めた。
けれど、疲れていたこともあって睡眠が足りていなかったからなのか、見慣れない景色に脳はフリーズし、呆然としていることしか出来ない。
ただ、ボーっとしていられる時間もそう長くはなく、目の前に広がる鉄格子を見れば眠気などどこかへ吹き飛んでいく。
「これから私、どうなるんだろ」
漠然とした不安に潰されそうになり、思わず声に出してしまう。
幸い、周囲には誰にも居ないから聞かれることはなかったが。しかし、どうも不安は拭えない。
このまま牢に一生閉じ込められるのか、はたまた殺さないという言葉さえも私を安心させる虚言で、本当は殺して武器を奪うつもりか。
どちらにせよ考えたくもない事に違いない。
「おっ! 起きたみたいだね」
近づいてくる足音にすら気付かなかった私は、急に響いた声に思わずビクッと驚いてしまう。
「あはは。驚かせてしまったのなら謝るよ」
「いえ、別に謝る必要はないです。それで、私に何の用ですか?」
こんな薄暗く、ジメジメした場所で考え事をしていた所為か、クルスにも睨むような、疑うような視線を送ってしまう。
「いや、僕は君に食事を届けに来たのと、君の処遇について正式に決まったからそれを伝えようと思ってね」
私が食べられるか分からないからなのか、とりあえずといった形で渡されたのは食べやすいようにカットされた肉と、パン。それに温かそうなスープだった。
今この時まで何も食べていなかった私は、目の前に広がるご飯に飛び付きそうになるが、止めるかのようにクルスは私の目をジッと見ながら口を開いた。
「あぁ、食べる前に一つ聞きたいんだけど、君は自分の同族でもある烙印者を殺せるかな?」
「それは……少し考えさせてください」
「うん、構わないよ」
ニコニコと笑顔で返答を待つクルスを横目に、私は考える。
――烙印者と戦うという道について。
「考えは纏まったかな?」
およそ数分の逡巡。だけど、私の中で答えは見つかっていた。
「はい。私は――」
烙印者は私にとって未知の存在。なにせ、一度出会ったあの少女は私に危害を加えようとしなかった。
でも、多分それは私が器であり、烙印者にとっても大切な存在だからだ。
もし、他の烙印者も同じように接してくるのなら果たして私は殺せるのだろうか?
いや、そんな事考えるまでもない。シスターが命を賭して私を助けてくれたように、私もこの命を持ってこの世界から烙印者という脅威を消し去るだけだ。
「――烙印者と戦い、これ以上の惨劇を止める為に殺します」
「そうか。では、君の処遇についてだが、つい先程君が望むのなら味方として、戦力として扱う事が決まった」
勿体ぶらず、淡々と告げてくれた事はむしろ有り難く、生きられるというだけで思わずガッツポーズをしてしまいそうになる。
口角は上がっており、喜びは顔にも出てただろう。
それを見たクルスは話を続ける。
「断れば一生牢に閉じ込めることになるが、さっきの言葉と……ははっ、その顔を見れば、うん。大丈夫だと判断してよさそうだね」
「はい、もう覚悟は出来ています」
「分かった。君の意思を総隊長に伝えるとしよう。ただ、これだけは先に言っておくよ。君が想像しているよりも、烙印者は強く、そして戦場は残酷なものだ。……では、また明日」
そう言うとクルスは手を振りながら去っていった。これで私の命は改めて保証されたのだ。
「襲撃されてからずっと休まらなかったけど、良かった。私、生き残れたんだ……」
感慨深い気持ちを胸に、冷めきったスープを飲み、肉とパンを食べつくしてから横になる。
お腹を満たせば次に来るのは眠気と、溜まっていた心労から解放されたことによる疲労。
教会に居た時とは比べ物にならないくらい悪い環境だけれど、とにかく今はこうして生きていられるのだから、これ以上の贅沢など言えるわけがない。
カツカツと硬い床を歩く音に私は目覚め、寝惚けた目を擦りながら鉄格子の外へと視線を向ける。
「おはよう。顔色はだいぶ良くなったみたいだね」
優しい声と清々しい笑顔。どうやら目の前に居るのはクルスのようだ。
隊長がこうも連日牢屋に来るという事は、何か用があるに違いない。
決して様子を見に来ただけではない筈だ。
「クルスさん、おはようございます。もしかして早速呼び出しですか?」
「うん、察しが良くて助かるよ。今から君には僕たちの所属する組織、『ジャッジメント』に正式入隊する為の手続きを行わせてもらうよ」
ジャッジメント。つまりは正義。烙印者が人々を脅かす悪とするなら、この組織はそれを倒す正義の組織で間違いない。
今にして思えば、烙印者が正義の組織に属して良いのかという疑問が浮かぶが、私からそれを訊ねるべきではないだろう。
だから、今は従順に従っておくのが正解だ。
「入隊……ですか?」
「うん。君を味方として扱う以上そのままという訳にはいかないし、入隊してもらった方が色々と役に立つからね」
入隊させる事で戦力として扱い、且つ逃げられなくする。他にも他の隊員に監視させることも出来るし、確かに組織としては理に適っているやり方だ。
まぁ、私としては雑に扱われて、無理やり首輪を付けて飼うようなやり方じゃないだけで異論はない。
「分かりました。私としてもそっちの方が有難いです」
「納得してもらえて良かったよ。それじゃ早いとこクロス総隊長の元に向かおうか」
クルスが牢を開け、私はそのまま後に続いて歩く。カツカツと足音が響く中、辿り着いたのは広く開けた場所。
見える範囲ではクロスの他にも人は居るようだ。
「ようやく、いや、時間通りか」
「クロス総隊長のご命令通り、ユフィを連れてまいりました!」
「ご苦労。後は私がこの子に説明しよう。君は下がっていたまえ」
「はっ! かしこまりました!」
話の最後に敬礼を返したクルスが扉の前で待機し、程なくしてクロスの話が始まった。
「では、改めて君を組織として歓迎しよう。未だ君の事は未知数だが、戦力として働いてくれることを期待する」
「歓迎してくださりありがとうございます。組織の為に力の限り戦うと誓います!」
返答と共に私も敬礼を返す。見様見真似だが、クロスを見る限り感触は良さそうだ。
「宜しい。まずは君の見た目をどうにかするとしよう。女性隊員と共に整えてきたまえ」
そう言ってクロスが近くにいた数人の隊員を呼びつけると、彼女らはすぐさま私を引っ張るようにして部屋から連れ出した。




