森の蟹スープ
お昼時になったので、昼食を食べることにした。水兵部隊の料理人がお弁当を持たせてくれたのだ。
草木がぐんぐん伸びている森の中だけど、ガルさんと二人、身を縮ませていただくことにする。
わくわくしながら、包んでいた紙を開く。
「わっ、海鮮サンドイッチだ!」
具は野菜の酢漬けに尾長海老を贅沢に使った一品。
尾長海老はプリプリだし、酢漬けはシャキシャキ。甘辛いソースはなんだろう? 卵と香辛料と何かを使っているみたいだけれど。う~~ん。わからない。
今度聞いてみようと思った。
『クエ~』
鷹獅子の子どもがくんくんと鼻をひくつかせている。パンに興味があるのかと、千切って口元へと持っていけば、ぷいっとされてしまった。パンはお気に召さないようだ。干し肉はどうだろうと、鞄から取り出して見せてもそっぽを向く。
果物を見せれば、『クエ!』と明るい声で反応を示した。山猫同様、自然の甘い食べ物を好むようだ。
昼食後、鷹獅子を上着に包んだ。ガルさんが抱えたら、『クエクエ~~!』と騒がしく鳴きはじめる。
じたばたするので、傷が悪化しかねない。駄目元で私が抱いたら大人しくなった。
ガルさんのもふもふ感に慣れていないからか。理由は謎だ。
しかしながら、子どもといえど、結構な重さだ。ひいふうと息を吐きながら、森を抜けていく。
元いた砂浜に辿り着いたのは陽が傾くような時間帯。まだ、誰も戻ってきていないようだった。
船を呼ぶ花火などは隊長が持っているので、私達はここで待機するしかない。
何か夕食用にスープでも作ろうか。提案したら、ガルさんが薪を探しに行ってくれた。
その辺の流木でもいいかなと思ったけれど、海水を含んでいるので上手く燃えないらしい。なるべく乾いた木を探しに行くとのこと。
ちらりと隣を見れば、鷹獅子の子どもと目が合う。
『クッエエ~~』
歌うように鳴く鷹獅子。機嫌は上々の模様。小首を傾げ、私を見上げている。
なんだよ、鷹獅子、可愛いじゃんか。そう思い、顎を指先でかしかしと撫でる。
『クエクエ~』
喜んでいるのか。よくわからない。
しかし、王女様はどんな風に鷹獅子の子どもと接していたのか。
警戒心が強いわけでもないし、野生的な様子もない。その辺の犬や猫と変わらないような気がする。
そんなことを考えつつ、鞄の中から水の入った革袋を取り出して飲んだ。
すると、物欲しそうな視線が突き刺さる。
手の平に水を溜めて鷹獅子の子どもに水を与えたら、ごくごくと飲んでいた。果物ばかり与えていたけれど、水も必要だったようだ。それにしても、舌がチロチロ当たってくすぐったい。
それにしても、よほど喉が渇いていたのか。いやはや、悪いことをした。
ガルさんを待つ間、その辺にあった石などを積んで、簡易かまどを作る。
鷹獅子の子どもは興味津々とばかりに、夕食の準備を眺めていた。
しばらく待っていたら、ガルさんが戻って来る。
脇に大量の薪を抱え、逆の手には大きな甲殻類を持っていた。
「うわ、ガルさん、それなんですか!?」
森林蟹という、森に生息する蟹らしい。
「ええ~~、森に蟹ですか。はあ、凄いです」
蟹は王都に来て初めて食べた。あまりの美味しさに、衝撃を覚えたことは記憶に新しい。森にはいない生きもので、王都最高かよと思っていたけれど、森に生息する地域があるとは。羨ましいにもほどがある。
「じゃあ、森林蟹でスープを作りましょう!」
森林蟹は青みがかった不思議な色合いの蟹である。
爪が大きくて、ずっしりとした見た目だ。形など、海の蟹とはずいぶん違うように感じる。
しばらく海水に浸けて、泥抜きする。ゴボゴボと泥を吐き出すので、ちょっと面白い。
泥抜きを待つ間、火を熾す。ガルさんが持って来てくれた薪は、よく燃えた。
一時間後。
ガルさんが海水で森林蟹を洗い、ナイフで解体してくれた。殻は大変硬いらしい。力持ちのガルさんがそう言うので、相当な硬さなのだろう。
鍋にオリヴィエ油を敷き、森林蟹に乾燥薬草ニンニクなどの香辛料を振りかけ、殻が赤くなるまで炒める。
火が通ったら、水を入れた。塩などで味を調えたら、あとは煮込むだけ。
ぐつぐつと煮ている間に、太陽は完全に沈んだようだった。
「うわ……!」
空を見上げれば、満天の星空が広がっている。
手を伸ばせば、届きそうなくらいだった。
ガルさんと二人で眺めていたら、遠くから声が聞こえた。
「リスリス衛生兵~~!」
これは、ウルガスの声だ。立ち上がり、手を振って迎える。
ウルガスは犬のように走ってやってくる。後ろからぶんぶんと振る尻尾のような物が見えたのは気のせいだろう。
「もう、すっごく疲れました」
「お疲れ様です」
森林蟹でスープを作ったんですよ! と報告すれば、ウルガスは目を輝かせ、喜んでくれた。
「帰ったら食事ができているとか、リスリス衛生兵は女神です」
「大袈裟ですね」
続いて、ベルリー副隊長も戻って来た。
「お疲れ様です」
「ああ、リスリス衛生兵とガルも、ご苦労だった」
ベルリー副隊長は手に持っていた物を私に差し出す。
「綺麗だったから、摘んできた」
「うわあ!」
それは、可憐なお花だった。真っ白で、小さい。自己主張が激しい派手な草花が生い茂るこの地で、こんなに可愛らしい花が咲いていたなんて。
「ありがとうございます。押し花にして保存しますね!」
「よかった。リスリス衛生兵が好きそうだなと思って」
「大好きです!」
森にいたころは花を愛でる余裕なんてなかった。だから、嬉しい。
花を眺め、にこにこしていたら、鍋の前に座ったウルガスが驚きの声をあげていた。
「ぎゃあ!!」
「どうかしましたか?」
「ぐ、ぐぐ……」
「ぐぐ?」
「鷹獅子!!」
「あ!」
森林蟹のスープと花に気を取られていて、すっかり忘れていた。
今回の目的である鷹獅子を、保護していたのだ。
「ベルリー副隊長、報告が遅れました。ガルさんと、お昼前に鷹獅子の子どもを保護しまして」
「そうだったのか。よかった、見つかって」
鷹獅子は眠っており、ガルさんの上着に包まっていた。ウルガスが賑やかにしていたので、目を覚ましたようだった。
怪我を負っていることについても報告する。
「リスリス衛生兵、袋に入れなくて大丈夫なんですか?」
「ええ、大人しいので。それに怪我をしていて動けないのですよ」
「へえ~」
私が頭を撫でているのを見ていたウルガスが、鷹獅子へ手を伸ばす。
すると――
『クエ!!』
「あ、危なっ!」
なんと、鷹獅子はウルガスに噛みつこうとしたのだ。目を細め、羽根を膨らませ、低い声で『クエ~~』と鳴いている。
「警戒されているようだな」
「そ、そんな……」
どうやら、私にだけ気を許しているようだ。多分、食事を与えたからだろう。
「ウルガス、果物を与えてみてはいかがですか?」
「食べ物で釣られるんですかねえ」
ウルガスは毛むくじゃらの果物を剥き、鷹獅子の目の前に置いた。
すると、鷹獅子はぷいっと顔を逸らす。
お腹が空いていないのだろうか。
ウルガスに果物を返そうと持ち上げれば、『クエクエ』と鳴きだす鷹獅子。
くれと言いたいのか。差し出せば、ガツガツと食べる。
「これ、リスリス衛生兵にだけ懐いているやつじゃないですか?」
「まさか!」
そうだとしたら、大変困る。国で保護しなければならない幻獣に懐かれるなんて。契約も結んでいないのに。
そんな話をしていれば、隊長とザラさんが戻って来た。
隊長はくたくたな様子だった。
「お疲れ様です、隊長」
「ああ」
船旅の疲れが取れていないのだろう。いつもよりも疲れたご様子の隊長。
ザラさんは綺麗な葉っぱを抱え、布の染め物に使うのだと嬉しそうにしていた。
「お前は、草ばっかり摘みやがって」
「あら、鷹獅子を探すために草木をかき分けたついでに、摘んだだけなのに」
そうそう。鷹獅子について報告しなければ。
「隊長、鷹獅子を保護しました」
「なんだと!?」
ガルさんの上着に包まれた鷹獅子を見て、驚愕する隊長。
ウルガスが補足する。
「報告にあった通り、警戒心が強いです。触れようとしたら、噛みつこうとします」
「なるほどな」
「けれど、リスリス衛生兵には懐いているみたいで」
「それは……難儀なことだな」
そうなんです。
けれど、国に帰ったら鷹獅子に詳しい専門家がいるはずだ。
私はそれまでに、食事を与えたりするだけでいい。
報告を終えたら、ぐうとお腹の音が鳴る。私ではない。
「す、すみません。お昼、バテててあまり食べられなくて」
ウルガスだった。食欲は復活している模様。
「隊長、まずは食事にしましょう」
「ああ、そうだな」
自信作の殻ごと煮込んだ森林蟹スープ。皆の皿に注ぎ分ける。
パンは薄く切って、火で軽く炙った。
チーズと干し肉も用意して、大きな葉っぱのお皿に並べた。
神様に祈りを捧げ、いただく。
まず、濃厚な出汁に驚いた。軽く塩と香辛料を振っただけなのに、こんなに味わいが深いなんて。
フォークで身を刺して食べる。
身は殻からほろりと外れ、歯ごたえのある食感だった。
出汁を取ったので、味はないかなと思っていたけれど、噛めばじわりと甘味を感じる。
森林蟹は最高に美味しい食材であった。
ありがとうと、心の中で自然に感謝の言葉が湧き出てくる。
甲羅の中にある中腸腺も食べられるというので、お酒とオリヴィエ油、薬草ニンニクを混ぜてペースト状にしてみた。パンに浸して食べたら美味しいと言うけれど、私やウルガスにはただの苦い物にしか思えなかった。
隊長やザラさん、ガルさんにベルリー副隊長は気に入った模様。大人の味なのだろう。
今日は無事に任務を達成できたし、食事も美味しかったので大満足な一日だった。




