第30話 決戦の暁
夜が明けきる前――
ザルドの街の空気が、不自然に震えた。
ゴゴ……ゴゴゴゴゴ……!
最初に気づいたのは城壁で仮眠を取っていた兵士だった。
足元から伝わる地響きに、彼は飛び起きる。
「な、なんだ!? 地震か――」
だが次の瞬間、城壁上の偵察兵が叫んだ。
「北門側! 平野部に……ま、魔物の大群!!」
ほぼ同時に、西側から別の叫びが上がる。
「西門にも敵影!! 甲殻種の大群、接近中!!
城壁を迂回してるぞッ!!」
一斉に城壁上に駆け寄る兵士たち。
まだ夜明け前の薄闇の中、地平線が蠢いて見える。
北には――黒い津波。
西には――硬質な甲殻が月光を弾く、巨大な影の群れ。
街全体が緊張で凍りついた。
「来た……本当に来やがった……!」
「北だけじゃねぇのか!?」
「くそっ、どうすりゃ――」
その混乱を切り裂くように、リュミナの声が響いた。
「全員、聞いて!!」
城門の上に飛び乗ったリュミナは、胸に手を当てて息を整えると、はっきりと言った。
「私が空から攻撃します!
魔銃と、持ち込んだ魔法玉――火炎炸裂弾で
北門の大群を削ります!」
どよめきが走る。
「魔法玉……そんな大量に扱えるのか?」
「魔銃ってなんだ……? 魔導具の一種か?」
リュミナは続けた。
「北は私と弓隊、魔法隊、そして戦士隊と騎馬隊でなんとか食い止める!
問題は西側の“甲殻種”よ!」
甲殻種――通称シェルガイスト。
通常の剣では弾かれ、槍もへし折られる硬さを持つ。
「甲殻種は普通の武器じゃ歯が立たない!
でも――」
リュミナはアレンの方を向いた。
「アレンの魔法光剣なら、甲殻だろうが斬れる!」
アレンも即座に一歩前へ出た。
「もちろんだ」
「だから、アレンと重装歩兵隊は西門を守って!
重装歩兵隊が足止めしている間に、アレンが斬り伏せて!」
沈黙が落ちる。
兵士たちは互いに視線を交わし――
その案が現状で“最適”であると理解した。
バールが腕を組み、低く問う。
「アレン……できるのか?」
アレンは迷わず答えた。
「できるかできないかじゃない――やるさ」
その声に重装歩兵たちがどよめき、鼓舞されるように武器を掲げた。
「任せろ!」
「アレン殿が斬るなら、俺たちが壁になる!」
リュミナは頷き、北を指さした。
「街の北門前は――全軍の総力戦よ!」
北門にはすでに戦士隊が集まり、隊長の号令が飛ぶ。
「戦士隊、前列を盾構え! 列を崩すな!」
「騎馬隊、城門前にて待機!
突破の指示があるまで勝手に動くなよ!」
城壁の上では弓兵たちが並び、魔法士たちが呪文詠唱を開始する。
「炎の槍、十本展開準備!」
「風遮壁、七重! 衝撃対策に回せ!」
地響きはどんどん大きくなる。
空気が震え、地面が揺れる。
ザルド中の人々が息を呑んだ。
リュミナはゆっくりと浮かび上がった。
ゼログラヴィティリングが光を放ち、彼女の体はふわりと宙に浮く。
光翼が広がり、夜明け前の空を照らす。
その姿を、アレンは見上げた。
二人の視線が合う。
大丈夫だ。お前ならできる
絶対に生きて帰ってきて
言葉は交わさない。
でも心が繋がっているのが、互いにわかった。
アレンは剣を構え、リュミナは空へと舞い上がる。
バールが叫んだ。
「全軍……配置につけぇぇぇ!!
これはザルドの――生き残りを賭けた戦いだ!!」
兵士たちの咆哮が城壁を震わせる。
その瞬間。
東の空に、赤い光が差した。
夜明け――
戦いの火蓋が、ついに切って落とされる。
ザルド防衛戦、開始。
北門前――
地平線が揺れて見えるほどの黒い影が、うねりながら迫っていた。
その正体は、
牙、爪、角、甲殻、触腕――
姿形も種もバラバラな“魔物の大群”。
まるで大地そのものが押し寄せてくるような圧で、
地面は震え続けている。
「全隊、構えッ!!」
城兵隊長の怒号が空気を震わせる。
リュミナはその頭上――
百メートル以上の空高く、宙に浮かんでいた。
腰には大量の魔法玉。
本来なら持ちきれない重さの量でも
ゼログラヴィティリングのおかげで無重力で持ち込めた。
ゼログラヴィティリングが淡く光り、
背の光翼が羽ばたくたび、空中の位置を自在に変える。
そして。
「行くわよ……!」
リュミナの右手の魔銃が最大出力の収束光を帯びた。
キィィィン……!
瞬間、光線が直線を描いた。
――ズドォォォォォンッ!!
巨大なオーガの頭が一瞬で吹き飛ぶ。
後ろにいた魔物ごと貫通し、黒煙が上がる。
続けて左手の魔法玉を握る。
「炸裂ッ!!」
魔法玉が投下された瞬間、紅い光が爆ぜた。
バァアアアンッ!!
火炎の花が地面を包み、数十の魔物が一気に爆炎に飲まれる。
地上から上がる歓声。
「やべぇ……あれがリュミナ殿の……!」
「上空支援だ! 戦えるぞ!!」
リュミナは戦士たちの声に応えるように、さらに高度を上げた。
黒い大群はもう目の下ほとんどを埋めている。
「数が……多すぎ……!!
でも止めるしか、ない……!!」
全身の力を指に込め――
魔銃を連射。
バシュッ! バシュッ! バシュシュッ!!
光線が雨のように降り注ぎ、魔物の影に穴が開く。
だが――
魔物側も黙ってはいない。
次の瞬間。
ゴブリンシャーマンの集団が杖を掲げ、
無数の魔弾が空へと撃ち上がった。
「リュミナ殿、危ない!!」
地上から叫びが上がる。
しかし――リュミナは微笑んだ。
「ふふ……遅い!」
光翼が一気に縮み、彼女の身体が風に溶ける。
――シュッ!!
白い残像だけ残し、魔弾の群れをすり抜けた。
魔弾が爆ぜるたび、空が赤く染まる。
さらに追撃。
火炎弓を引く魔族系の弓兵たちが、
一斉に彼女を狙う。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
だが――
リュミナは空中を“踊る”ように回転し、
すべて紙一重でかわしていく。
「甘いわね!」
避けた瞬間に反撃。
バシュッ!!!
一条の光が放たれ、弓兵の隊列が一気に焼き切られた。
その後ろで、魔物の大群が縦に裂ける。
(……まだまだ、これで終わりじゃない!
もっと削らないと……!)
リュミナは連続で魔法玉を取り出し、次々と投下。
ドォォォンッ!!
バァアアアンッ!!
ゴォォォォォッ!!
爆炎の柱が次々と立ち、魔物の波が崩れる。
だが――その爆炎をすり抜けてくる個体もいる。
牙を剥き、地上へ向かう魔物たち。
その瞬間――
地上の戦士隊が動いた。
「来るぞォ!! 前列、抜かせるな!!」
「うおおおおおっ!!」
巨大なスレインオオカミが跳びかかる。
戦士が槍を構えて迎え撃つ。
ズドンッ!!
先端が貫き、魔物が崩れ落ちる。
横から別の魔物が突撃してくるが、
二番列の戦士が盾で弾き、
その隙に弓兵が射抜いた。
「上を見ろ! リュミナ殿の攻撃が通り抜けるぞ!」
「こっちはこっちで止める! 敵をひとりでも街に通すな!!」
戦士隊、騎馬隊、弓隊、魔法士。
全員が持ち場を守り、全力で戦う。
空から――
地上から――
ザルドの全戦力が総動員されていた。
リュミナはその必死の戦いを見て、
胸が熱くなる。
(みんな……強い……!
アレン……私、ここで絶対に負けない!!)
「ひるむな!!こちらには美人の天使様がついてるんだ!」
バールが叫んだ!兵士たちが雄たけびを上げる。
空中でリュミナが振り返って自分に向けて指を指す。
バールはにやりと笑った。
リュミナは呆れた顔をした後、光翼を広げ、さらに高度を取り――
「全力で行くわ!!」
空を華やかに裂く光線が走る。
北門の戦いはまだ始まったばかりだ。
街の未来を賭けた激戦が、いままさに幕を開けていた。
いかがでしょうか?リュミナの空中無双回ですが、滅茶苦茶アニメ化を意識してます。
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