第28話 赤竜の咆哮と迫る終焉の影
グレンが地面に叩きつけられ、砂煙が大きく広がった。
竜化した巨体が土を抉りながら転がり、ようやく動きを止める。
「……っ、来るぞ」
アレンは砂塵の中で剣を構え、呼吸を整えた。
竜の瞳がギラギラと赤く光り、再びゆっくりと頭をもたげる。
リュミナが空中でその様子を心配しながら見つめていた。
だが、その瞬間、何かに気づく。
巨大な砂埃が境界都市ザルドに向けてゆっくりと進んでいた。
(……え?)
リュミナは目を凝らす。
黒い波。
いや、違う。
それは――生き物だった。
無数の影が地面を埋め尽くし、ザルドへ向かっている。
(嘘……あれ、全部……魔物?)
心臓が凍る。
一万? いや、それ以上。
空が見えないほどの大群。
「そんな……」
声が震える。
魔族領が空だった理由が一瞬で繋がる。
慌てて、リュミナが重力制御で急降下しながら着地した。
「アレン!!」
「無事か!」
「うん、なんとか……! でも……!」
リュミナが言いかけた瞬間、
グレンが低く、地鳴りのような唸り声を発した。
「ガ……アァァァァァ……!!」
竜の胸が大きく膨らみ、咆哮が爆発する。
アレンは一歩前に出た。
「グレン。
……俺が相手だ」
その言葉に応えるように、火竜は四肢を踏みしめ、地面を割りながら突進してきた。
アレンは剣を構え、火花が散るほど強く握りしめる。
しかし――
その刹那。
リュミナが叫ぶ。
「アレン!魔物の大群がザルドに進んでいる。」
驚いたアレンだったが、迫りくるグレンの竜爪をかわして横に飛ぶ。
リュミナも危険を感じて再び空に浮かび上がった。
「なんだって!?」
その時にグレンが……、グレンの人間の部分が叫んだ。
「滅べ、滅べ!全て……進め、魔物ども。街を……。」
「お、お前の敵誘導のギフトか!?」
それには返答せずに再び竜爪で薙ぎ払ってくる。
後ろに飛びのいてかわした。
「リュミナ!街に急ぎ飛んでくれ!」
「え?でもアレンは!?」
「俺はここでグレンと決着をつける。」
その真剣な眼差にリュミナも圧倒される。
「でも……アレンを一人になんて」
「行け!俺はお前を信じて地上で待った。
今度はお前が俺を信じて街で待っていてくれ!」
胸が強く締め付けられる。
涙が滲む。
喉が震える。
(……そんな言い方されたら……行くしかないじゃん……!)
「アレン……わかった。信じてる!」
「バールを頼れ!」
「えぇ!
アレン、絶対に死なないで!待ってるから!!」
竜の咆哮が響いた。
「ガアアァアアアアア!!」
アレンが剣を構え直し、竜と対峙する。
リュミナは急浮上し、ザルドに目を向ける。
(私が……行かなきゃ……!
私しか、飛んで行ける人間はいない!
みんなを助けられるのは……私だけ!)
ゼログラヴィティリングが背中で光を広げた。
アレンがリュミナの名を呼ぶ。
「頼んだぞ!!」
リュミナは振り返り、叫んだ。
「任せて!!死んだら承知しないからね!」
「あぁ、必ず戻る!お前の元にな!」
光の翼が爆ぜた。
リュミナは空へ――
一直線に境界都市へ向かって飛び立った。
彼女の後ろで、
火竜とアレンの激しい衝突音が響き渡った。
魔族領の空に、
戦いと大群の影が広がり、
物語は最悪の局面へと動き出した。
――ザルドへ迫る“終焉の行軍”を知らせるために。
リュミナは、ただ一人で空を裂いた。
・・・
・・
砂塵が舞う魔族領の大地。
火竜となったグレンの巨体がアレンを睨みつける。
「グレン……いい加減終わらせようぜ!」
アレンはレーザーブレードを構え、ゆっくりと足を踏みしめる。
背後にはリュミナがいない――
しかしその不安を吹き飛ばす決意が胸にあった。
グレンが両手を大きく広げ、炎を吐きながら突進する。
轟音と共に、地面が揺れ、砂煙が舞う。
「くそ……っ!」
アレンは瞬時にブレードを振り上げ、火炎を受け流す。
しかし竜の尾が横から襲い、体勢を崩す。
「っ……!」
咄嗟に横転し、尾をかわすと同時に、地面に跳ね返って勢いをつけ、
グレンの下腹へ斬撃を叩き込む。
火竜の鱗が裂け、赤い光が飛び散る。
「ガァァッッ!!」
咆哮と共にグレンが吹き飛び、砂煙に消える。
アレンは剣を握りしめ、呼吸を整える。
(……ここで、引かせはしない……!)
砂煙の向こうで、グレンの瞳が赤く光る。
怒りと混乱の光が混ざったその瞳が、アレンを捉えた。
火竜は大きく口を開けると、巨大な火炎を連射した。
アレンは軽く跳躍して間合いを取り、ブレードを構えて飛び来る火炎を斬り飛ばした。
だが、一歩も近づけない。
アレンは信じられないほどの集中で高速に迫る炎を全ていなしつつ、反撃の隙を狙う。
火炎と剣光が空気を切り裂き、砂煙が赤く染まる。
一瞬の隙をついてアレンはグレンの足に斬撃を入れるが、翼の爪が反撃して襲いかかる。
「くっ……!」
避けた傍から、次の火炎が迫る。
アレンは剣を振るって弾く。
(グレン……)
かつての友。
幼い頃、一緒に剣を振った。
(こんな形で……戦うなんて)
竜爪が襲う。
咄嗟に跳躍してかわす。
でも、避けるだけじゃ終わらない。
(俺は……お前を、止める!)
剣を握り直す。
次の攻撃を、見据える。
グレンがアレンの脳天に竜爪を振り下ろした瞬間、剣を縦に振り、
爪を受け止めながら跳ね返し、グレンの背後へ回る。
背後からの一撃、今度は腰付近の柔らかい鱗を狙い、強烈な一閃。
「……これで終わりだ!」
鱗が裂け、火竜が怒りで暴れながらも、動きが鈍る。
アレンは追撃をためらわず、炎を避けながら斬撃を重ねる。
「ガァァァァ……っ!!」
グレンが苦痛に呻く声と、炎の咆哮が入り混じる。
大振りの竜爪が左右から連続して襲ってくるが、最小限の移動でアレンはかわし、
打ちつけた爪によって砂煙が舞う。
アレンは深呼吸し、最後の一撃を決意する。
剣を高く掲げ、全力で振り下ろす。
「これで……終わりだ!」
同時にグレンが渾身の竜爪をアレンの首筋に繰り出した。
竜爪が迫る。
見える。軌道が。
でも、避けられない。
(リュミナ――)
彼女の顔が浮かぶ。
待ってる、と言った。
(だから――)
剣を握る手に、力が入る。
(俺は、死ねない!)
レーザーブレードが光を放つ。
竜爪と剣。
二つの軌道が交差する。
その瞬間――
アレンの剣が、ほんのわずかに速かった。
光刃がグレンの胸を貫く。
核が砕け、火竜の咆哮が途切れた。
砂煙が晴れると、グレンの巨体は地面に伏せ、動きを止める。
赤い瞳に光はなく、やっと人間のような穏やかさが戻った。
そして徐々に膨張した身体が縮んでいく。
裸のままのグレンが膝をついてうなだれていた。
その胸からは血が噴き出している。
「グレン!」
アレンが叫ぶ。
視線が定まらないまま、グレンが弱弱しく呟いた。
「アレン、ありがと……な。
あんな姿で……死にたくは……なかった」
「グレン!」
「アレン、すまな……かった……。」
「そんなことはいいんだ、しっかりしろ!」
「俺は助からない。早く街に……いけ。」
苦しそうに、しかし伝えるべきことを伝えようとして、彼は命を燃やした。
「俺のギフトは……」
グレンが血を吐く。
「死んでも……止まらない」
「なんだって!?」
「誘導した魔物は……命じた者の意思が……残る限り……」
もはや限界に近い
「そして、その意思は……イグラートのものだ。
竜にされた時……ギフトも奪われた……。」
言葉が途切れる。
「だから……早く……街に……」
そこまで言うと大きな血の塊を吐いて動かなくなった。
かつての友人の死に、うなだれるアレン。
「グレン……。お前とはもっとうまくやれたはずだったのに……。」
アレンはレーザーブレードをしまい、グレンを抱き上げると、
竜爪で穿った穴にグレンを手早く埋葬した。
アレンは深く息を吐く。
戦いは終わった――しかし、疲労と緊張で全身が重い。
「……リュミナ、今から行くぞ……!」
――戦いは終わったが、まだ守るべきものがある。
アレンは、立ち尽くしながら心の中で誓った。
「……絶対に街も、みんなも、守る……!」
ざまぁ、完了でした。最後に和解できてよかった。
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。




