第24話 谷底の咆哮、堕ちた影
街への道は、思っていた以上に険しかった。
ひび割れた赤土の谷間。頭上では風が細く鳴り、岩肌をこすって不安な音を立てる。
アレンが辺りを見渡しながら呟く。
「……変だな。魔獣の気配、多すぎないか?」
「うん。しかも……襲ってくる気配がない。集まってる?」
リュミナの眉が動く。
谷の崖上。そこに、黒い影がぞろぞろと集結していた。
熊型の魔獣の《ガロルビースト》が六体。
狼型の《シュラウドウルフ》が十数体。
その奥に、巨体の《デスホロウサイ》まで。
明らかに、自然ではありえない密度。
(こんな……誘導されてる?)
その時、乾いた笑い声が、崖の上から響いた。
「……ハッ、ハハ……き、気づくのが遅ぇんだよ……!」
アレンが顔を上げた。
「グレン……!」
崖の縁に立つグレンは、もう正気を保っていない。
髪は乱れ、目は血走り、呼吸が荒い。
「見た……見たぞ……! シエルが敗けた!
おまえらが無傷で歩いてるのも見た!!」
「だからって、なんでこんな……」
「黙れ!!黙れ黙れ黙れぇぇッ!!!」
叫びと同時に、グレンが腕を大きく振り払う。
魔獣たちが一斉に咆哮し、二人のいる谷へ殺到した。
「アレン!!崩れる!!」
崖上の岩棚が不自然に揺れた。
魔獣の突進で足場が砕け、巨石がまるで雨のように落ちてくる。
「くっ──!」
アレンがリュミナを抱き寄せた瞬間。
「ゼログラヴィティ・リング、起動!!」
リュミナの背中のリングが光り、光翼が展開されて、
二人の体に“ふわり”と軽さが走る。
抱き合ったまま、落ちてくる巨石の隙間をすり抜けるように上昇する。
石が掠め、風が裂け、地面が遠ざかる。
「危なっ……!」
「アレン、しっかり掴まって!」
「離したら死ぬって!?」
叫び声は風にかき消された
そのまま二人は一気に上空まで飛び上がる。
遠く、逃げようと背を向けた男の姿を捉えた。
グレンだ。
「逃げられると思ってんのか……?」
アレンの声が低くなる。
上空から、急降下。
風圧で視界が白く伸び、地面が一直線に迫る。
「うわぁあああああっ!!?」
グレンが悲鳴を上げた瞬間、
アレンが飛び降り、目の前で着地した。
受け身を取りながら転がり、砂埃が爆ぜる。
すぐに立ち上がって踏み込むと、レーザーブレードを
グレンの喉元にぴたりと突きつける。
「終わりだ。」
グレンは一瞬、言葉を忘れたように固まった。
次の瞬間──
「ひ……ひい……あ、ああああああ!!
ち、ちがう!殺さないで!!ほんとに!お願いします!!」
膝が崩れ、腰も抜け、地面に顔を擦り付ける。
「命だけは……!命だけは……!なんでもしますから……ひっ……!」
情けない泣き声が、谷に響き渡る。
そこでようやく、ふわりとリュミナが降りてくる。
砂埃の中で、彼女は眉をしかめた。
「……なにこれ。気持ち悪っ。」
侮蔑の眼差しでグレンを睨みつけた。
アレンが目を瞬く。
「お、お前言いすぎじゃ──」
「いや本気で気持ち悪いから言ってるのよ。」
グレンは泣きながら土下座を続ける。
背中が小刻みに震えて、もはや言葉になっていない。
リュミナはアレンの腕を軽く引っ張った。
「アレン、もう行こう。
こんなのに構ってる時間ないでしょ。
見てるだけで気分が悪い。」
「……まぁ、そうだな。」
二人は振り返ることなく、再び空へ舞い上がった。
グラヴィティリングの光が弧を描き、朝の空に消えていく。
──取り残されたのは、土下座したままの男だけ。
涙で濡れた地面に、グレンの握りしめた拳が沈む。
呼吸が荒い。
視界が赤い。
ゆっくりと顔を上げたその目には──
絶望ではない。
後悔でもない。
煮えたぎるような、歪んだ憎悪だけが宿っていた。
「……絶対に許さねぇ……」
崩れた岩の影に、低く湿った声が消えていく。
「殺す……どんな手使っても、必ず……殺す……!」
その呟きは、魔獣のうなり声より陰惨だった。
グレンの中で、破滅へのスイッチが完全に入った。
・・・
・・
街の門が見えてくる頃には、すでに夕暮れが深く、灯りがぽつぽつとともり始めていた。
(あの街が見えるとなぜか落ち着く。私のホームになっちゃったのかな。)
城門の前に立っていたバールが、ふたりを見つけてニヤリと笑った。
「よぉ。帰りが遅かったなぁ? なんかあったのかぁ?」
「な、なにもねーよ。!」
「だーろうなぁ。お前ら本当にくっつきそうでくっつかないしな。」
アレンが苦笑いしながら慌てて否定するのをみて、バールが茶化す。
「いい加減、付き合っちまえよ。」
「おいっ……!」
アレンは真っ赤になって後ずさる。
それを半ば無表情でリュミナが見つめていた。
(……そういえば、アレンと私って結局付き合ってないのか。
一緒に生活して、隣で寝て、空飛ぶために抱き合っても
特に何も……いやでもなかったけど。
バールの目には恋人同士には見えてるんだろうけど。)
そこで、リュミナがぽそっと、しかしはっきりと言った。
「ねぇアレン……私たちってさ、付き合ってないの?」
「はっ──」
アレンの時間が止まった。
呼吸すら忘れたみたいに目を見開き、顔が熱で破裂しそうに赤くなる。
「ち、ちが……いや、その……え、えぇ!?」
意味のある言葉にならず、口がバタバタする。
(この星の恋愛感情がニャーンと違ってるわけでもなく。
やっぱりアレンがポンコツなだけだよなぁ。)
「リュミナちゃん、あいつとなんかあった??」
バールが今度はリュミナを茶化しにきた。
「え?あ、そういえば──おっぱい、揉まれた」
予想の斜め上の回答が、リュミナから冷静な口調で出てきたのでバールも目を丸くする。
「おい!誤解を招くようなことをいうな!
バールは口が軽いんだぞ!」
「ア、アレンもやるじゃねーか。」
「違う!! いや、ちが……そもそも俺、こんなしょぼいギフトだし、
恋人なんてできたこともないし、モテたこともないし。
その……えっと、なんでそんな──
胸を触ったのも事故だ。事故。だからその、何も。」
「あーはいはい、面倒くせぇ男だわコイツ」
バールが手をひらひらさせて遮る。
横でリュミナも一緒になって笑ったあと、小声でバールに問いかけた。
「ねぇ、バール。あれからセレナ以外にも、私達と同じ見た目の奴見かけなかった?」
「あぁ? 猫耳のハーフ?
そりゃあ珍しいから気付くと思うが──いや、少なくともこの街じゃ見てねぇな」
「そっか……。居て欲しくはなかったから、まぁいいんだけど。
居てくれたら居てくれたらで、役には立ったのになぁ。」
リュミナの耳が少し下がる。
アレンとバールが不思議そうに顔を合わせた。
「ま、情報なんてのは、ほっといたら勝手に転がってくるもんさ。
現れたらリュミナちゃんにはすぐに伝えるよ。」
バールが肩をすくめる。
「……ありがと」
そのまま、二人は行きつけの宿屋に向かった。
結局、次の一手は思いつかない。
リュミナは考え込みながら歩き、アレンも黙ってその後に続く。
けれど魔法で灯された街灯の下を歩くふたりの間には、確かに以前より微妙な距離の変化があった
──本人たちだけが、その理由をはっきり言えないだけで。
グレンにざまぁできましたけど……でも、不穏な感じですね。
そして、微妙な二人の接近。どうなることやら。
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