第23話 焔の夜、赦しの灯
夜。
戦闘の跡地に、ぽつんと焚き火の光が揺れていた。
黒い大地の真ん中、崩れた岩壁を背に、アレンとリュミナは小さな炎を囲んでいた。
焚き木のはぜる音だけが、静寂の空気を埋めている。
「……今日は、ほんとに色々ありすぎたな」
アレンが肩を回しながらぼやく。
(ホントね……。)
リュミナはうっすら笑って、膝の上に置いたメディカルボックスを見つめていた。
その隣では、まだ治療中のシエルが浅い眠りについている。
胸に巻かれた包帯の隙間からナノマシンが走る微光。
呼吸は弱いが、確かに、生きている。
「よく助かったよな」
「ええ……。この人、思ったより根性あるのね。
肺の再生が追いついたら、すぐ動けるようになるわ」
「……動けるようになる、か」
アレンが火をつつく。
ぱち、と火花が散った。
リュミナが視線を落としたまま、小さく呟く。
「アレン、私……あの人を撃ったとき、本当は怖かったの」
「怖かった?」
「うん。人はね。どんな理由でも無抵抗の人を殺しちゃダメなの。」
「……優しいな、お前は」
リュミナが焚き火の光の中で目を細める。
「優しいって言葉、便利ね。罪悪感を誤魔化す時にも使える」
「違うさ。誰も助けようとしない時に、手を伸ばせるやつが本当に優しいんだ」
その時、微かな声がした。
「……なぜ、助けた?」
二人が振り返る。
シエルがうっすらと目を開け、焦点の定まらない視線で二人を見つめていた。
喉の奥からかすれた声。
「私を……倒したのに。どうして、殺さない?」
リュミナは少し驚いた顔をして、それからゆっくりと笑った。
「理由なんて、ないわ。生きてる方が、いいからよ」
「……理解できない。戦場では敵を生かす意味などない」
「ここはもう、戦場じゃないもの」
そう言って、リュミナは彼女の包帯を軽く整える。
その仕草はあまりに自然で、シエルは何か言い返そうとして、言葉を失った。
アレンが肩越しに火を見つめながら言う。
「俺ら、戦うために旅してるわけじゃない。
リュミナを狙う悪い奴らがいる。それから守る旅だ。」
「狙う奴……?私達のことか?」
「そうだ。だが、お前達だけでもない。
俺達はちょっとヤバい事に首を突っ込んじまったようだ。
なぁ、だから、もう放っておいてくれないか?」
「……わかった。もう手出しはしない」
「え?やけに素直だな?」
「お前達なんかに関わっている暇がないというだけだ。
それにパーティも解散した。私はまだまだだ。」
シエルはその言葉を噛みしめるように、唇を閉じた。
焚き火の炎が揺れて、彼女の頬を橙に照らす。
「まだまだ?
……お前、ホントはSランクじゃないのか?」
アレンが冷やかした顔をした。
「そんなのは知らん。私はただの負け犬だ。
だが……礼は言わせてもらう。
私には命が残った。まだ終わっていない。」
シエルの目が一瞬だけ揺れた。
彼女は弱々しく身体を起こそうとするが、リュミナがそっと肩を押さえた。
「無理しないで。まだ回復途中よ」
しばらく沈黙が流れた。
焚き火が小さく、はぜる。
遠くで、崩れた岩の音が微かに響いた。
やがて、シエルがぽつりと呟く。
「……一つ目標が出来た。お前を超える。
とてつもなく難しい目標かもしれないが。」
リュミナが驚いて変顔をする。
「とてつもなく低い目標よ、それ。」
その言葉に、シエルは目を伏せ、かすかに笑った。
「その余裕がムカつく。」
その笑みは、戦場で見せたどんな表情よりも人間らしかった。
(この人、悪い人じゃないのかもね)
「……少し、眠ってもいい?」
よほど疲れているのかシエルが目を瞑って呟いた。
「もちろん」
リュミナが毛布をかけ直す。
焚き火の光が三人の顔を照らし、静かに夜が更けていく。
アレンが空を見上げて呟いた。
「なあ、リュミナ」
「なに?」
「お前の“優しさ”って、たぶん……誰かの希望を繋ぐやつだな」
「臭っ!何そのセリフ、その上、滑ってるし。」
「な!?感動のシーンだぞ、これ。」
「はいはい。下手にカッコつけるとカッコ悪いって相場が決まってるの。
私達も寝ようか?」
「ち、なんかむかつくな。」
そのまま、後ろに体を倒して寝ようとするアレンの腕にそっとリュミナが寄り添って、
腕を回し目を閉じた。
チラッとリュミナの方を向いたアレンは機嫌を直して、同じく目を閉じた。
・・・
・・
淡い朝靄がひび割れた大地を包んでいた。
夜の焚き火はすでに消え、灰がほのかに白く残っている。
ひんやりした空気の中、アレンが目をこすりながら身を起こした。
「……んぁ。もう朝か。」
すぐ隣で寝ていたリュミナが、羽織っていた毛布を肩にかけながら、体を起こした。
「あれ?シエルは……?」
その問いに答えるように、木陰からひょっこり姿を現したのは――
包帯はそのままだが、もう普通に歩いているシエルだった。
「ふむ。驚いたな。」
シエルはリュミナを見つめ、感心したように眉を上げる。
「大魔導士でありながら……治癒魔法まで扱えるのか。」
「あー?えーっと。そんな大したものじゃない?」
「ん?謙遜するな。
やはり、お前は私の“越えるべきもの”で間違いなさそうだ。」
その瞳に、昨夜にはなかったまっすぐな熱が宿っていた。
憎悪でも嫉妬でもない。
ただ純粋に、自分を高めようとする者の目。
「シエル、その……本当に大丈夫?」
「問題ない。教会の奇跡屋どもでも、ここまで治療はできまい。」
アレンが微笑んでリュミナを見た。
「でも、よかったな。……あの傷でシエルを救えたのは、本当に奇跡だぞ。」
「なら、いいけど。シエル。
あまり私のことを街で話さないで欲しいんだけど。」
「承知した。危険な連中と事を構えていると言ったな。」
そう言って、シエルはふいと空を見上げる。
朝の光が包帯の白を照らし、その横顔に凛とした影が落ちた。
「……これは借りだ。いつか返す。」
「別に返さなくてもいいけど。」
「黙れ。敵に借りを作ったままなのは気分が悪い。」
そう吐き捨てながらも、昨夜とは違い、声に柔らかさが混ざっている。
「じゃあな。リュミナ。そして……石ころ。」
(石ころ………そういうあだ名だったのか!)
「おい!石ころは酷いだろ?最後に命を助けたのは俺だぞ?」
シエルはくすっと笑い、崩れた岩場を軽やかに跳び去っていった。
もう振り返らなかったが、その足取りは昨日よりずっと力強かった。
「……行っちゃったね。」
「あの調子なら平気だろ。むしろ俺らより元気かもしれん。」
リュミナは腕時計型の端末を見つめ、眉を寄せた。
(問題は……どうやってこの情報を宇宙ステーションに送るかよね。)
“レヴェリス人の魔法兵器としての不適合性”
”その実験データ”
すべて、ステーションへ伝えなければならない。
だが――唯一の通信手段の観測船は破壊した。
そして、もしニャーンとコンタクトを取ったら…………。
(アレンとの生活は終わる……)
眉間に皺を寄せたまま歩くリュミナに、アレンがこっそり耳打ちする。
(終わらせたくは、な……)
「悩んでる顔も可愛いぞ。」
(い?!)
顔を真っ赤にしながら反論する。
「……あんた、寝起きで変なテンションになってない?」
「いや、普通だ。」
「その“普通”が一番信用ならないのよ。」
アレンとの会話を純粋には楽しめないリュミナだった。
(悩んでも仕方ないっ!なるようになる!じっくり考えよう!!)
その頃。
二人の姿を、遥か後方の岩棚からじっと見つめる影があった。
グレンだ。
メテオストライク後の様子を確認しに来たまでは良かった。
だが――彼は見たのだ。
シエルが軽く手を振るように跳ね去る姿を。
そしてその後ろを、無傷で歩くリュミナとアレンを。
グレンは双眼鏡を落とした。
手が震えている。
「……嘘だろ」
声が出ない。喉が渇いている。
「まずい……まずいぞ……!」
駆け下りる足が、何度も岩に引っかかった。
彼の中で何かが完全に崩れ始めていた。
シエルは生きのびました。これ、あれですかね?後から出てきてピンチ救ってくれるやつ?
って思ったりしたでしょー?
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