第20話 レムナント遺跡
セレナを撒いたことで、ほんのわずかな安堵がアレンたちを包んだ。
だが、その平穏は長くは続かない。
リュミナの表情に浮かぶのは、静かな焦燥だった。
「……しばらくは安心。でもそれも、いつまでもとは言えない。
神聖帝国は油断ならない。
今ごろ、地上監視だけじゃなく、衛星監視も拡大してるはず。」
アレンは眉をひそめる。
「神聖帝国……がお前の母国か。皇女だったんだな?」
「あ?えっと……まぁ、そうなの。」
「エイセイカンシって……なんだ?」
「探知魔法の一種よ。今は王都に目が向いてるだろうけど。」
「リュミナの帝国って凄いんだな。
俺達の魔法文明じゃ勝ち目がないってのもわからなくもないな。」
「えーっと、コホン。その通りです。まぁ、次の一手を考えないといけない。」
アレンの視線が鋭くなる。
「次の一手……。」
リュミナはうなずいた。
「何らかのコンタクトが発生した場合のために、交渉材料が必要なの。
情報アドバンテージ……。
彼らはこの国の古代遺跡の謎を追ってる。」
「古代遺跡?アルカノス遺跡みたいなやつか?」
「そう。アレンは他にも遺跡の事を知ってる?」
「あぁ、前にレジーナから聞いたことがある。」
(ん?レジーナァ?誰よ、それ)
急に鋭い目でリュミナが睨む。
「……。ちょっと待って。」
「ん?」
「レジーナって誰よ?」
「ん?そこは重要じゃないぞ。他の遺跡ってのは」
(重要なの!!いいから答えろ!)
「レジーナって誰よ!!」
「あ…?あぁ、ギルドの受付嬢のレジーナだよ。」
(あ?あぁ。あの子、確かレジーナだ。
あぁ、あの子ならいいや。
誰にでも優しい系の子だから。
うん、それに確か彼氏いたはず、うんうん。)
「あ、いいよ。続けて。」
「なんだよ……えっとレムナント遺跡というのがここから内地に向けた方向にある。
ダンジョンランクはD、探索され尽くして今や初心者向けダンジョンだ。」
荒野の真ん中にポツンとある遺跡……レムナント遺跡。
近くに底が見えないほど深い亀裂が走り、分断の地と呼ばれている。
周りのモンスターは大人しいものが多い。
アレンは小さく息を吐き、地図を広げた。
リュミナは無言で頷いた。
「探索され尽くした…………。
いや、それでも何かがあるかもしれない。
行こう!!」
――迫りくる神聖帝国の影。今はやれることを全てやるしかない。
翌朝、アレンたちは最小限の荷をまとめ、街を後にした。
南東の不毛地帯を抜け、古代の断層が連なる荒野へ。
レムナント遺跡――封印された地下迷宮へと足を向ける。
その頃。
街の裏通りで、黒ずくめの男が耳打ちするように呟いた。
「……例の二人組は街を出たらしい。向かう先はレムナント遺跡だとよ。」
その言葉は複数の酒場、取引屋、密売人を経て――
まるで蜘蛛の巣を伝うように静かに広がっていった。
やがてある小さな宿の一室にその噂が届いた。
金髪の女が窓辺で風に揺れるカーテンを見つめたまま、微動だにしない。
「レムナント遺跡……」
グレンが作り出した噂、そこから伝わるその名をシエルは低く繰り返した。
感情のない瞳がわずかに光を宿す。
「大魔導士……私こそ相応しい。あんなハーフが……。」
その声は、氷のように冷たかった。
そして――シエルは立ち上がり黒い外套を翻した。
「試してみよう。その力とやらを。」
風が吹き抜ける。
宿の窓が軋み、夜の帳が静かに落ちていった。
・・・
・・
遺跡の内部はひどく狭かった。
奥へ進むほど通路は細くなり、壁は岩肌のまま――
古代文明の意匠も魔力の痕跡すらも見当たらなかった。
「……本当に、ここなのか?」
アレンの声が、静寂に吸い込まれる。
「ええ……構造的には人工的。
でも……古代語の刻印も、残留魔素も、何もない……。」
リュミナの声が沈む。
手にした魔導測定器の針がぴくりとも動かない。
「おかしい。
アルカノス遺跡ならこの深度で反応が出るはずなのに。」
「ってことは……外れか?」
「……たぶん。」
アレンは肩をすくめ、苦笑した。
「まぁ、外れも冒険のうちだ。誰だって一回は掘り損ねる。」
リュミナは答えず、小さく唇を噛んだ。
彼女の表情に滲むのは、焦りと苛立ち――
“時間がない”という焦燥だった。
(……早く、何かを掴まなきゃ。
衛星監視が広がる前に。
セレナが戻ってくる前に……)
息を吐いて、装置をしまった。
「……行こう。ここには、何もない。」
アレンはうなずき、二人は来た道を引き返し、光の差す出口へと向かった。
通路の奥から差し込む橙色の光。
外はすでに夕暮れ――地上の空が、赤く焼けていた。
リュミナが目を細め、眩しそうに見上げた。
「……無駄足、だったね。」
「そんなことないさ。
お前が“何かあるかも”って思ったなら、俺は迷わない。
行ってみなきゃ、わからねぇだろ?」
その言葉に、リュミナは一瞬だけ笑った。
「そういうとこ、嫌いじゃないわ。」
「褒め言葉だよな?」
「たぶん。」
ふっと柔らかな空気が流れた。
その直後だった。
アレンが、微かな“気配”に気づいた。
反射的に手がレーザーブレードの柄に触れた。
「……止まれ、リュミナ。」
「え?」
砂を踏む音。
風が止まり、荒野の向こうに影が現れた。
陽の傾いた赤光の中――
ひとりの女が、立っていた。
金色の髪が風に舞い、
外套の裾が砂を巻き上げる。
その目は、冷たい湖面のように静かで――
まるで、過去の残響そのもの。
「……シエル。」
アレンの口から漏れた名。
それを聞いたリュミナが、瞬時に表情を変える。
「誰?」
「……昔の仲間だ。」
その“仲間”は、無言のまま歩み寄ってきた。
靴音が砂を踏み、重く響く。
「――久しいわね、アレン。」
その声は、懐かしくて、痛かった。
アレンが短く息を飲む。
「……俺を狙いに来たのか?」
「いつからそんな自惚れ屋になった?
お前になんか興味の欠片もない。」
微笑みながらも、その瞳はまるで刃。
リュミナの指先がさりげなくシールドの起動ボタンを押し、
シールド装置と神経同期が行われる。
同時にアレンの影から前に出て、横に立った。
そして相手を見据えた。
「もしかして私に何か用かしら?
あなたのことは存じ上げてないんだけど。」
リュミナの挑発に全く表情を変えずに杖を握る。
その後、シエルの視線がリュミナに移る。
次の瞬間、口元がわずかに吊り上がった。
「私もお前の事など知らん。だが聞き捨てならん噂を聞いた。
よって試させてもらう。」
「噂?試す?」
リュミナが眉をひそめた瞬間、
シエルの杖先が音もなく光を帯びた。
「簡単なことだ。」
空気が爆ぜた。
杖の先端から、無数の火炎弾がマシンガンのように放たれる。
炎は弾丸となり円弧を描いて宙を走り、まるで追尾するような動きで
波状的にアレンとリュミナへ襲いかかる。
「くっ――来るよ!」
リュミナがシールドを展開。
半透明の膜が連なり、火炎弾を次々と弾き落とす。
だが数が多い。シールドの表面が焦げ、振動が腕を伝った。
「手数が多すぎる……っ!」
アレンの方もレーザーブレードを小刻みに振るい、
次々と突っ込んでくる炎を斬り落とした。
そして、爆炎の中を縫うようにじりじりと近づいていく。
熱気で頬が焼ける。
それでも、彼は怯まなかった。
「リュミナ、大丈夫か?
こっちは大丈夫だ!不安なら言ってくれ。フォローする!」
「そう言う割に焦げてるけど!?」
リュミナの軽口に応える暇もなく、
アレンの目の前に稲妻が落ちた。
ドンッ――!!
爆光と轟音。
地面がえぐれ、焦げた土が空に舞う。
シエルの雷撃が、まるで壁のように進路を塞ぐ。
「うわ……危ねぇ。これじゃ近づけねぇ……っ!」
アレンが舌打ちする。
その間にも、シエルは一歩も動かず、淡々と杖を振る。
再び火炎弾が雨のように降り注ぐ。
その構え、その精度――まるで魔法の自動砲台だった。
「アレン!」
「なんだ!」
「十秒だけ、時間を稼いで!」
リュミナの声が鋭く響く。
アレンは返事の代わりに息を吸い込み、
一気に踏み込んだ。
稲妻をギリギリでかわし、火炎弾を斬り捨てながら駆け抜ける。
シエルの視線がわずかに揺れた。
「……石ころの分際で目障りな。」
次の瞬間、シエルは杖をリュミナから外し、
飛び込んでくるアレンへと向けた。
「なら、まずはお前からだ。」
轟音。
火炎弾が全弾、アレンへと向かう。
空が赤に染まり、熱風が渦を巻く。
「うおおおっ!!」
アレンが叫び、素早く火炎弾を弾き飛ばす。
レーザーブレードで炎を斬り払いながら
――それでも、前へ……進めそうになかった。
(いや、十秒。稼げばいい……!)
爆炎の中で影が揺れる。
彼の動きが止まった、その瞬間――
「いまだ。」
レーザーガンにレーザーポインタの装着が完了し、再び狙いを定める。
ポインターがシエルに狙いを定める。
「これで外さない!」
引き金を引くとレーザーが発射され、シエルが咄嗟に張った
魔法障壁を易々と貫いて彼女の肩を撃ち抜いた。
ビシュン――ッ!!
金髪が宙に舞い、彼女の体がよろめく。
「……っ、が……!」
膝をつくシエル。
その手が血に染まり、杖が砂に突き刺さった。
アレンは息を荒げながらリュミナのもとへ駆け戻る。
「やった……のか……?」
リュミナはまだ銃口を向けたまま、答えない。
ただ、冷静に、淡々と呟く。
「いいえ――まだ、戦意は消えてない。」
砂煙の向こうで、
シエルの瞳が、なおも青白く輝いていた。
「なんだ、それは!?私の魔法障壁を貫いただと?!
しかも私の火炎弾を遊戯のように弾き飛ばす。」
肩の傷口を押さえ、顔を歪めながら怒りを露わにした。
「大魔導士か。舐めてかかるわけにはいかないな。」
そういうとシエルは浮遊の魔法を自身にかけると、そのまま遥か上空に飛び上がった。
「逃げる気?」
(このまま引き下がってくれたら、ウェルカムだけど……)
シエルはそのまま何か詠唱をしている。
アレンが気付いたように叫んだ。
「これ……メテオ・ストライクだ!あいつも使えるのか?!」
「メテオ……ストライク??」
リュミナは少し考えこんだが、この星に不時着する原因を作ったあの巨大火球を思い出した。
(あっ!?だめだ!?観測船のシールドもぶっ壊す奴だ!?
これ、パーソナルシールドごときじゃ止められない奴っ!)
シエルの魔法戦……。
フリーレンが好きなんです、かっこいいですよね。
私の物語の対決もあんな対決だったらいいのになぁ!
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。




