第19話 ネコテイムの謎
ベッドの片隅に座ったまま、真面目な顔でリュミナが話しかけた。
「アレン、よく聞いて。」
「なんだ?」
「この街は比較的ハーフが多いから、ネコ耳ハーフを
探すのには少し時間がかかるかもしれない。
でも、それも時間の問題。
私は比較的、みんなに顔を覚えられすぎてる。」
「引っ越すか?」
「いえ、それもダメ。確かこの国では街に住むためには
何らかの組織から身元保証してもらう必要があるのよね?」
「そうだ。俺達の場合は冒険者ギルドが保証してくれている。」
「移住するためには?」
「双方の街のギルドで手続きが必要だ。」
「ならば移住しても行き先はバレるわ。」
「じゃあ、どうする?」
リュミナは少し間をおいてドヤ顔で語った。
「私に作戦があるの。この状況を打破する最良にして唯一の作戦。」
「なんだ?」
「ネコテイムよ。」
「俺のネコテイム?」
「そう。セレナは私と同じニャーン。」
「……リュミナ、お前はニャーンっていう種族だったのか。」
「あ…しまった。ま、いいわ。そうよ。私はニャーン。
彼女にはネコテイムが効く可能性が高い。」
「なるほど。」
「ただ、作戦を完璧にするためには整理と実験が必要なの。」
「整理と実験?」
「まず質問。ネコテイムは今までビーストには効かなかった?」
「あぁ、それは確実だ。
メルナに限らずビーストには老若男女問わず効かなかった。」
「なるほど、なぜかニャーンにだけは効くと。」
(ギフトが創造された時代はレヴェリス人もニャーンだった。
だから発現当時のギフトの効果はニャーンに対して最適化されている。
後から派生したヒューマンやビーストに効かないのは合理的だわ。
つまり皆がニャーンだった当時であればこれはSクラス以上の
力を持つ超激レアギフトだったはず。
”ネコテイム”ではなく”帝王の命令”とか呼ばれていたのかも?)
「次は実験。ネコテイムは効く場合と効かない場合がある。
それを確実に把握しておかないと、失敗するリスクがある。」
「何が効くかどうか、俺もわからないんだ。」
「だから実験するの。」
リュミナはぎっしりと文字が書き込まれた紙をアレンに渡した。
「これを上から順に私に命令していって。」
「え?いや、本気か?」
「えぇ、傾向を掴まないとネコテイムを把握できない。」
「気が乗らない……。お前もこんなの命じられたら嫌だろう?」
「いいからやれ!!世界を救いたくないのか!?」
「……分かった。後で怒るなよ?」
「もちろん。」
「いくぞ?リュミナ、鼻をほじってみろ。」
「……効かない。どんどん続けて。」
「俺を殴れ。」
「……効かない。次。」
「リュミナ、掃除しろ」
「大丈夫、効かない」
「これもやるのか?もし効いたら……。」
「いいからやれ、行動する前に止めてくれたらいい。」
「外に出て誰でもいいからキスしてこい。」
「効かない。」
「よかった……。まだ続けるのか?」
「もちろん!」
どうでもいいような命令がその後何種類も行われたが効かなかった。
「……これもやるのか?」
「くどい!全部やる!」
「リュミナ……ふ、服を脱げ。」
「うぐぐ……。」
リュミナはガバっとローブを持ち上げて下着姿になりかける。
「ストップストップ!服を着ろ!」
ゆっくりとローブを下ろして元に戻した。
その時現れたリュミナの顔は複雑な表情にゆがんでいた。
「あ……いや、その……これはお前が命じろっていうから……、その……。」
「いい!別に減るものじゃないし!
実験には犠牲はつきもの!次っ!」
「……俺にキスしろ。」
少し抵抗したリュミナだったがそのままアレンの首に腕を回してキスをした。
「……次っ!」
「……いいのか、これ?リュミナ、胸を揉ませろ。」
「ぐぐぐぐぐぐ……どうぞ……。」
「いやいやいや、いい、撤回撤回!」
その後も羞恥プレー並のヘンテコ命令に抵抗できずにネコテイムが発動した。
双方、なぜか疲れた表情で見つめあった。
「次で最後。やって!」
「待て!これは絶対無理だ!嫌だ!命じたくない。」
「いいからやって。それで実験は完了するんだから。」
「無理だ。命じられない。」
「いいから!私を信じてやりなさい!」
「……リュミナ、死ね……。」
「ぎぎぎ……承知しました……」
そういうとリュミナが短刀を胸に突き立てた。
真っ青な顔でアレンが飛び掛かって止めようとする。
「リュミナっ!?」
「ってなーんちゃって!短刀じゃなくてバナナでしたー。
その命令は効かない!」
固まるアレン。
「あ…あ………。おい。やって良い冗談と悪い冗談がある!」
泣きそうな顔の本気のアレンを見て、急に申し訳なさそうな顔になるリュミナ。
「ごっ、ごめん。やりすぎた。」
「……。」
「でも、アレン。二つ分かったことがある。大成果だよ。」
「何が分かった?」
「まず、ネコテイムの効果有無はアレン、あなたの想いの強さによる。」
「俺の想いの強さ?」
「そう、あなたが本気で望んでいた場合、私はどんなに
抵抗しようとしても無理だった。
そして、あなたが内心、望んでいない命令は全く効かなかった。」
「なるほど……そういうことか。」
「そして、二つ目。」
リュミナが口をとがらせた。
「アレンはムッツリだ!」
「は?!待て?!なんだそりゃ?」
「エッチな命令ほど強制力が強かった。」
「待て、誤解だ。そんなことは断じてない!!
ない!ない!ないぞ!」
「まぁ、いい。健全な男の子ってことにしておく。」
「おい、何もわかってない!」
「とにかく。ネコテイムを使うためにはあなたが望む形で命令しないといけない。」
「つまり?」
「例えばセレナに命令する場合、あなたはきっと本心では
無関係な人を傷つけたいとかは思わないはず。
だから自害させたり、仲間同士で殺し合いをさせるとかは
おそらく効かない。」
「なるほど。」
「だから……例えば。
『お前の上司にこの街には探している女はいないと報告しろ』
『その女は王国首都に逃げ出したと報告しろ』
『そして、この会話を5分後に忘れろ』
というような命令にしたらいいのよ。」
「分かった。確かにリュミナを守るためにその3か条は
俺にとってもそうあって欲しいと強く望むことだ。」
リュミナがアレンを見つめてうなずいた。
「これが私の作戦。私はここに隠れている。
アレン一人で、上手くセレナにコンタクトを取って欲しいの。
そして監視の目を無関係な遠方に向けさせる。
これが最適解。」
「分かった。任せてくれ。」
・・・
・・
アレンはバールと協力して、街の雑踏の中で情報を整理していた。
バールが職務上、よく見かけるハーフ猫耳の女性の噂をもとに、慎重に周囲を探した。
「……あれか?」
バールが小声で指さす先に、猫耳ハーフの女性が歩いていた。
長い金髪を一つにまとめ、露出を控えた地味な服を着ていた。
見た目は普通の女性だが、どこか気配が違う。
リュミナが見せた魔法の画像にそっくりだ。
「……セレナ・ヴァル……だな、たぶん。」
アレンの心臓が跳ねた。リュミナの言葉を思い出す。
『母国の諜報員が探している』――この女性がそれに該当すると、アレンは信じていた。
二人は周囲に紛れつつ、彼女を追った。
セレナは人混みを避けるように歩き、特に警戒している様子もない。
ただ、買い物袋を持ち、何かを探すように、淡々と歩いていた。
「よし、これなら……行けそうだな。」
アレンは小さく息を整え、さりげなくセレナに近づいて、肩を当てた。
「あ、失礼いたしました。お怪我はありませんか?」
「……はい。大丈夫です。」
アレンの心に強く願いが宿った。
「セレナに命じる。よく聞け、そして騒ぐな。」
セレナの瞳が淀んだ。
「いいか?お前の探している女は王都に行った。
もう、ここにはいない。
それをお前の上司に報告するんだ。」
「は、はい。報告します。」
「そして5分後、俺とのこの会話を記憶から消せ。
先ほどの情報はお前が苦労して手に入れたものだ。
俺との会話を完全に忘れて、報告後すぐに王都に向かえ。」
「はい、承知しました。」
セレナの歩みがふと止まった。
目に見えない力に、彼女の意識が揺さぶられる。
「……え?」
手に持っていた買い物袋を一瞬落としかけ、視線が宙を彷徨った。
アレンは何事もなかったかのようにセレナから離れた。
セレナは何事もなかったかのように歩き出すが、表情はどこかぼんやりとしていた。
まるで、何か重要なことを思い出せなくなったかのようだ。
「どうかなさいましたか?お嬢さん。」
バールが街の衛兵として自然に語り掛けた。
セレナがボソボソと呟いていた。
「王都か……こうしてはいられない。
あ、いえ、大丈夫です。少し考え事をしていました。
失礼します。」
早歩きでセレナが去っていくのを見て、バールがアレンに目配せした。
アレンは胸をなでおろした。リュミナの命令通り、無事に“諜報員”の誤認を操作できた。
「……これで、リュミナは安全だな。」
胸に安堵と決意を抱き、アレンは再び街の人混みに紛れた。
足早にリュミナの元へ向かっていた。
どんなエッチな羞恥プレー命令をしたんでしょうね。ご想像にお任せします。
ネコテイム……実は時代遅れのSクラスギフトでした。ニャーンが進化して亜種化したせいで効かなくなりました。当時は絶大な効果があったはず!
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