107話:立原美園
夏の長期休暇。まあ、所謂夏休みと呼ばれる期間だ。夏休みの頭のに起きた天龍寺家の事件から数週間。時期は、夏真っ只中。まあ、そんな夏の或る日、俺は、真夜中に、ある人物に呼び出されていた。
「すみません、こんな時間にお呼び立てして」
「いえ、貴方からの呼び出しに応じないわけには行かないじゃないですか」
俺は、そう言って微笑む。
「相変わらずつかめない人ですね」
いつもどおりの口調で俺を評価する。夏らしくラフな格好をし、右耳の上辺りで髪を束ねている女性。名を、立原美園。我等が、三鷹丘学園生徒会副会長だ。
「そうですか?割と分かりやすい性格をしていると自分では評価してるんですけどね」
「今のも分かりにくい点ですよ。私や会長には、敬語を使うことも、自分を過小評価することも」
そうなのだろうか。敬語は普通目上の人間に使うものだろう。それに、自分を過大評価していたら、失敗したときの挫折が酷い。だからこその自分に対する保身を無意識に行っていたのだろう。
「まあ、その話は、置いておきましょう」
そういいながら、副会長は、歩き出す。
「すみませんが、今から、ある場所へ付き合ってもらいます」
「ええ、構いません」
別に家には遅くなるって連絡済だ。実際、既にもう遅い時間なのだが。
「では、ついてきて下さい」
歩き出してから十分ほど。副会長は、あるビルの前で止まった。
「あの、一応聞きますが副会長」
「なんですか?」
「ここが目的地ッスか?」
「ええ」
すまし顔で答える副会長。しかし、ここは、誰がどう見ても、
「ホテルです」
そう、ホテルだった。何があって、俺は、副会長とホテルなんぞに来ているのだろう。
「ホテルですね。中に入るんですか?」
「ええ。無論です。何のために来たとお思いで?」
いや、まだ、泊まる可能性は低い。別に食事とかするかもしれない。いや、ホテルのレストランはこの時間閉まっているか。
「さあ、早く入りましょう」
「えっ、あ、はい」
ホテルに入ると、ボーイが、俺と副会長をある部屋まで案内した。それは、最上階にあるスイートルームだ。
「豪華な部屋ですね」
「そうですか?」
副会長は、そう言いながらボーイにチップを渡していた。慣れた対応だなぁ、と感心する。
「さて、と」
ボーイが帰っていき、一息つくのかと思いきや、副会長は、髪を解いた。そして、徐に服を脱いだ。
「って、急に何やってるんですか副会長!」
「はい?服を脱いだのですが」
いやいや、服を脱いだのですが、じゃねぇ~。
「これからシャワーを浴びようと思いまして。青葉君も一緒に入りますか?」
「えっ!」
一緒に、入る?いやいや、急になんだってこんな展開に
「いやいや、その一緒にとか、そう言うのは、よくないですって」
「私は構いませんよ」
「か、構わないって。全然よくないですよ」
お、女の人ってこんなに一緒にフロに入ったりしてくれるものなのだろうか?
「そうですか?残念です」
残念って。
「では、シャワーを浴びさせてもらいます」
そう言って、副会長は、行ってしまった。
さて、一体どうしてこうなった。何があって、俺と副会長は一緒に夜を共にすることになっているのだろうか。部屋を見渡してみる。やはりあれは、あれなんだろうな。そうなるってことは、どうやら訳有りらしい。
「あれがあるならあれもあるか」
少し机の下と確認する。ある。確かにある。
「さて、ここは、話をあわせるべきか」
そう呟いてから、副会長が出てくるのを待つ。
三分後。副会長は、バスタオル姿で現れた。俺は、思わず飲んでいたコーヒーを噴出しそうになったが、堪える。
「流石に、その格好ででてくるのは止めろよ」
俺は、わざと、敬語を使わず言った。おそらくだが、集合してすぐのやり取りはこれの伏線であったと考えるのが一番だろう。数刻驚いた様子を見せた副会長は、すぐに「分かってくれたのか」と安堵の表情をして、
「いいじゃない。この後どうせ、」
「美園。今日はやめにしよう」
「あら、何で?」
副会長のわざとらしい笑み。
「少し、疲れてるんだ。こんなんじゃ、楽しめないだろ?」
「そう、残念」
そう言って着替えだす。
念のために言っておくが、俺と副会長は、付き合っているということはない。当たり前だ。俺は、正真正銘、誰とも付き合ったことがない。言っていて悲しくなってきた。さて、では、何故こんなことになったかと言うと、俺が確認しただけで、カメラが26個、盗聴器が14個。確認できた分だけなのでもっとあるかもしれない。
ベッドに入って小声で会話する。
「で、どう言うことです?」
「口調は、あのままで」
仕方なく、普通の口調で
「で、どう言うことだ?」
「なんとなく気づいているんでしょ」
副会長もいつもとは違う口調だ。
「カメラと盗聴器。あれは?」
「父が仕掛けたものよ、まあ、母が父に頼んだようだけど」
どうやら家庭の事情らしい。
「私の彼氏を見たいと母が、」
副会長に彼氏がいたのだろうか?
「勿論、私に彼氏はいないの。それで、どうすることにしたかと言うと、」
俺を指差す。
「こうしたの」
「まあ、予想はついたが」
しかし、
「誤魔化さなくても、彼氏いないって言えばいいだろ?」
「そうなんだけど、ね」
どうやら、そちらも訳有りのようだ。そうして、副会長が抱きついてくる。
「お、おい、ふ、美園っ」
「大丈夫。抱きつくだけだから」
大分恥ずかしいのだが。
そうして、数時間。俺と副会長はくっつきながら一晩を共にした。




