The lonely melody of the music box~オルゴールの寂しいメロディー
ブルックリン区の東、スミスストリートにある昔ながらのバー。
‘60年代のボサノバが流れる奥の席に奴は居た。
「やあ、アルベルト・グッデイレスかい?」
俺は奴の右隣の席に座った。
奴はグラスを片手に、携帯を眺めていたが、声を掛けられると持っていた携帯の画面をテーブルに伏せて置いた。
「どこかで?」
知らない奴に名前を呼ばれた奴が怪訝な顔をして聞いた。
「ボロ工場の旦那に雇われた者。そう言えば分かるはずだ」
俺は奴の顔を見ずに隣に座り、ジムビームのコーラ割りを注文した。
「何人目だ?」
俺の質問に男はギョッとした目をしたが、直ぐに何の事かと聞き直した。
「惚けるのはよしてくれ。もっとも俺が何人目かは問題じゃない。問題は俺で終わりだと言う事だ」
「終わり?」
男は左手で持っていたグラスを置いた。
「ああ、終わりだ」と言って男の右手の傍に左手を置いた。
「何を言っているのか分からないが」
「とぼけちゃイケねえ」
俺はこの “事件” について調査した結果を男に伝えた。
奴の職業は弁護士補助職仕事は、俺の依頼人から借金を取り立てることだった。
だが依頼人の会社は倒産寸前で返済能力もない。
このまま倒産してしまえば、貸し倒れ。
「だからアンタは、経営が破綻して夫婦仲も悪くなった依頼人に付け込んで、保険金詐欺を仕組んだってわけだ」
「何を根拠に……奴のカミさんの事は既に警察で事故として処理されているんだぜ」
「確かに、ノーブレーキで対向車とぶつかることは高齢ならあり得る。だが、保険に入ってたった数ヶ月で死なれた保険会社は黙っちゃい。当然調査が入る、違うか?」
奴は静かにカクテルグラスを持ち、その液体を口に運んだ。
平然を装っているつもりだろうが、元刑事の俺の目は欺けない。
グラスに立つ微かな波紋が、店の照明に照らされ揺れていた。
「証拠はコノ写真だ」
俺は2枚の写真を彼の前に置いた。
奴は値段を聞いてきた。
報酬より高い金で買うと。
「俺は他の調査員とは違う」と答え、保険金詐欺の証拠写真は売り物ではない事を伝えた。
奴のグラスの氷が、なにかを告げるようにカランと乾いた鐘を鳴らした。
ヤツの右手がテーブルの下に素早く動く。
俺は左手を奴の脇に廻して思いっきりヤツの腕を真上に引き上げた。
パーン!
拳銃が銃声を上げたあと、奴の腕は後ろに折りたたまれ体ごと床に屈した。
銃弾が棚に置かれてたオルゴールを床に落とし、蓋の開いた箱は寂しいメロディーを奏でていた。




