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70.良い物を一振ではなく

「おう、あんたか」


 珍しくデンハムさんが店舗に立っていたことに僕は驚いた。店舗は盗難防止魔法が効いているので、基本的に彼は隣の作業場にこもりがちで、こちらから声をかける迄は店舗に出て来ることは滅多にないのだ。


「珍しいですね、店舗に居るなんて」


「何、ちょっと表が騒がしかったからな。様子を見に行こうかと作業を中断したところだったんだ。そこにあんたが来た……ってことは、あんたが巻き込まれた口かい?」


「まあ、そうですね。アインが後ろから押されたみたいで、転びかけまして」


「今の王都の状況じゃなあ。お前さんのその髪色もそうだし、そこの……アインに至っては誤解を招きかねない存在だ。苦労するだろうよ。にしても、首輪を見ればテイミングしてると一発で分かるだろうになんだってそんな……」


「首輪をつけてテイミングしているように見せかけているけれど、実際は死霊術で召喚してるんだろう、みたいなことは言われましたね。アンデッドをテイムするなんて聞いたことがないから、と」


「首輪の管理はギルドだ、偽証なんか出来ると本気で思っているのか? まあ良い、それで? そいつらはどうしたんだい」


「さあ。話も通じないので無視して来ちゃいましたよ。しこたまお酒を飲んだみたいで匂いも凄かったですし、どこぞで転びまくってるかもしれませんね」


 僕がそう言うと、デンハムさんは愉快そうに身体を揺らして大笑いをした。


「はっはっは、そいつは良い。どこのどいつかは知らんが、酔っ払って足をもつれさせる位で済むとは幸運だな。それはそうと、今日は何の用だ?」


「実は東の森へ行ってちょっと前に戻って来たところなんですが……、森でダンジョンを見つけてしまいまして。何とか脱出は出来たものの、ご覧の通りアインの装備はだいぶ傷んでますし、可能であれば僕の方の武器も少し見ていただきたくて。あと、やっぱり今後のことも考えると僕とアインの装備の予備を、いくつか持ち歩きたいなあ、と」


「ふむ。これはまた派手にやったもんだな。盾は……焦げているし、木製部分ならまだしも、外枠の鉄部分迄ひしゃげている。一体どんな化け物と戦ったんだか。まあこれに関しては、今後も似たような化け物と戦うならいっそもっと良い盾を使った方が良いだろう。あんたがアインを連れてきた日から、そんな予感がしてな、またちょっと試作品を作ってみたんだ。奥の倉庫にあるから、好きなのを持っていってくれ」


「いえ、今度こそはお代を……」


「馬鹿野郎、試作品とは言え、たった一回でこんだけボロボロになるような装備を作っちまったんだ。これは言わば詫びの品だ。四の五の言わずに選んでいけってんだ」


 そうは言っても、デンハムさんの言うとおり、普通では戦わないような化け物と戦ってきたのはこちらなのだから、デンハムさんに詫びて貰う必要など一切ない筈。そう思って口を開こうとしたけれど、アインは既に店の奥、倉庫の中でがさこそやっているし、デンハムさんは口を開くなと言わんばかりに眼光鋭く睨んでくる。支払いを渋るならともかく、出すと言っているのに何故怒られているのだろう……。


「うーん……、分かりました。では僕の装備を見て貰えますか。これと似たようなものを、デンハムさんが作れるのであれば是非何振かお願いしたいのですが。出来るのであれば勿論、きっちり、代金はお支払いしますので」


 言外にこれ以上は絶対にデンハムさんから搾取しないぞ、と告げてみる。通じたのか通じてないのか、とにもかくにもデンハムさんは僕が腰から外して手渡した太刀を作業台におき、じっくりと眺めてから口を開いた。


「前々から思っていたが、その防具といいこれといい、あんた、カラヌイ帝国から来たのか?」


「いいえ、カラヌイではないです。が、文化は非常によく似ていると思います」


「そうかい。まあ、一時期カラヌイに修行に行っていたこともあるし、作れなくはない。少なくともこの太刀よりは良い物が作れると自信を持って言えるさ。言えるが……名人はものを選ばないとはよく言ったもんだが、こんなよその国の鍛冶師の付け焼き刃じゃ、あんたの剣の腕が泣くってもんじゃないのか。難しいかもしれんが、本場カラヌイに行って頼んだ方が良い」


「デンハムさん。僕は今からかなり失礼な発言をします。が、これが僕の本音なので、聞いた上で判断して欲しいです。僕は……刀はあくまでも道具に過ぎないと思っています。大切に、ずっと一振の刀を生涯使い続ける。それも一つの武士の形だとは思いますが、僕は違います。どうしても、戦場では刀が曲がってしまったり、刃こぼれしたりしてしまうことがあります。そんなとき、僕は刀より僕の命を優先してきました。なので、素人の僕が自分で刀の応急処置をしてきたことも多々あります」


 コメント欄がざわついているのが視界の端で窺えるけれど、あとから誤魔化す術はいくらでもある。これはあくまでデンハムさんを説得する為の噓。決して僕の体験談ではないです、うん。


「この国に来て僕はこう思いました。それこそ、僕の国では防具と言えば鎖帷子(くさりかたびら)だったり、腹巻だったりと割と軽装です。ですから切れ味の良い刀との相性はとても良かった。けれど、この国では割とフルプレートが主流です。そうなれば、どうしたって腕よりも相性の良し悪しが勝ると思うんです。フルプレート相手なら大槌なり、叩き付けることも出来るソードの類いのが相性は良いでしょう。でも、僕の技は刀に特化していて、他の武器を扱うことは出来ません。武器を変えることが出来ないのであれば、壊れることも想定して本数を揃える。それが僕の答えです。良い物を一振ではなく、そこそこのクオリティのものを数振、が僕の答えなんです」


 話し終わったあと、辺りは静寂に包まれた。正確に言えば、店の奥で未だにがさこそと装備を物色しているアインの音だけがよく響いた。デンハムさんは依然として沈黙したままだ。正直な話、もっと爆発して僕を店から追い出すと思ったのだけれど、そうではなかった。ただ目を瞑ったまま腕を組み、険しい表情を浮かべるだけだった。


「お前さんの話はよく分かった。つまり俺に品質を求めず、それなりの金額でそれなりの本数の刀を作って欲しいと、そう言っているんだな?」


 念押しするようにデンハムさんは言った。そう、結局のところ、僕が頼みたかったのはそう言うこと。鍛冶師として誇りを持って仕事をしているデンハムさんには、かなり酷な要求だ。


 日本で経験した戦場では相手もほとんどが日本人。業物が有利なことが多かった。ここがそう言う世界ならば、デンハムさんの言うとおり、僕はカラヌイ帝国で鍛冶師を探しただろう。けれど、この世界(GoW)に限って言えば、確実に品質よりも武器種の相性が大きいと感じた。であれば、僕は本数を用意するのが正解だと思う。


「はい、そうです。でもあえて品質を落とす必要はありません。デンハムさんが持ちうる技術を持って打った刀を購入させていただければと。ただ、それを守る為に僕は自分の命を投げ打つつもりはありませんし、もしかしたらこちらで勝手に応急処置を施す可能性もあります」


 言ってみたものの、その可能性は限りなく低いとは思っている。この世界はかなりリアルに作られてはいるものの、あくまでゲーム。武器には耐久度なる数値が設定されていて、その数値がゼロになる迄壊れることはなく、耐久度が残りわずかになったからといって実際に曲がってしまったりかけてしまって使い物にならなくなることはない。あくまでひびの入った演出が施されたりするだけだ。


「あんた……俺を見くびって貰っちゃ困るぜ。俺が作ってるのは芸術品じゃねえんだ。あくまで命のやり取りをする為の道具、武器と防具だ。優先すべきはあくまで依頼人の意見であって、そこに俺の意見を挟んじゃいけねえ。俺の意見を挟んじまったら、その瞬間から俺は依頼人の命の責任を持たなくちゃなんねえ。俺にそんな覚悟はない。あくまで俺の装備を選んだのは依頼人で、納得した上で買っていったのだから、そいつが死んだとしても俺の装備に責任はない。逃げと言われたらそれまでかもしれんがな」


「逃げなんかじゃないと僕は思います。鍛冶師が全ての購入者に対して命の責任をとる必要はない。腕がなくて死んだらそれはその人の責任。誤った使い方をして死んでもその人の責任。まあ、普通に使っているにもかかわらず数回攻撃を受けた段階で折れる、なんてことは論外だとは思いますが」


「ふん、そんな詐欺師みたいな仕事はしない。俺にも俺なりのプライドってものがある。依頼人が払える範囲の金額の中で、最高の物を提供するのが俺のモットーだ。だがまあ……俺はあんたの為になるかと思ってアドバイスをしてみたが、あんたが俺で良いと言うなら、いくらでも作ってやるさ。……あえて品質を落とす必要はないと言ったな? 俺が最高傑作を作り出しても、買い取ってくれよ」


 にやりと笑うデンハムさん。カラヌイ帝国民でもないし、そんなことは起こらないと思いたいけれど……万が一とんでもない装備が出来上がってしまったら僕はどうすれば良いのだろう。手持ちの金額……で払えるのだろうか。


「そうなったら分割払でお願いします……」


 僕が小さな声でそう呟いたら、デンハムさんは今日一番の大音声で笑いましたとさ。


 無事に話はまとまったので、あとはひたすらデンハムさんとの打ち合せ。理想の長さ、それと可能であればエンチャントをしたいと伝えたけれど、刃物に関しては僕よりもデンハムさんの方が熟知しているだろうから、細かいところは全てデンハムさんにお任せ。そうそう今回、打刀と通常の長さの脇差もそれぞれ一振りずつ注文しておいた。まあ今後狭い場所に行く可能性はいくらでもあるからね。備えあれば憂いなし。逆に言えば備えなければ憂いしかないのだ……。

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[一言] > 良い物を一振ではなく、そこそこのクオリティのものを数振、が僕の答えなんです 実在の人物として有名な剣豪将軍、足利義輝みたい あちらは畳に所持してる名剣名刀を大量に突き刺して敵を迎え撃ち…
[良い点] 依頼の仕方がちょっと、ん?ったなりましたけどその後が結局最高傑作を何振りも買うのか…と考えるととても面白かったです(((o(*゜▽゜*)o))) [一言] すごい( >﹏< )僕もその言葉…
[良い点] 長命種はちゃんと長命種にしていますはとても良いです [一言] コメント愛好者として、 前の人殺し経験を含めて今回のコメント欄も見たいです。 設定説明がちょっと…ですが 雑談で解説、進行も…
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