表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍化【完結】私だけが知らない  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/145

91.女狐も死に物狂いの抵抗を

 両腕を切り落とされる兵士は、当然、兵士を続けることは不可能だ。仕事を失い、両腕がないことで介護を受ける立場になった。加えて、今回の罰が公表されれば……賊を装って子爵令嬢を殺した者達だと知れる。


 生きていくのは相当難しいだろう。目の前にぶら下げられた金貨に釣られ、無力な女性に攻撃した。護衛をたくさん連れたアルベルダ伯爵家の馬車ではなく、楽に襲えるブエノ子爵家を。お金に目が眩み、卑怯な選択をした己を悔いながら、残り少ない余生を過ごすといいわ。


 私が思い出したリディアは、刺繍がちょっと苦手でお菓子作りの上手な子。誰かの悪口を言うより、困ったように笑って我慢してしまう人だった。


 さぞ恐ろしかったでしょう。護衛が戦う音も、倒される悲鳴も、突然開いた扉から賊が手を伸ばした時も。どれだけ怖かったか。想像するだけで胸が詰まる。だから私は同情しない。同等以上の恐怖と苦痛の中で、絶命すればいいわ。


 フリアンとヴェルディナの顔は、火による傷を負わせる方法が選ばれた。フェリノスにも顔に傷を付ける刑罰は存在する。その場合は、肌に傷をつけてインクで染める手法が用いられた。死んでも消えない刻印のような意味合いがある。


 ロベルディでは、表面を火で炙る方法が用いられてきた。戦場でも容易に準備が可能で、痛みが長引く方法だ。それに加え、傷が醜く引き攣れて残る。刃物による傷は加減が難しく、一歩間違えば死なせてしまうので使用しないのだとか。


 驚いたが、さすがに謁見の大広間で刑の執行はできない。見物するような趣味もないので、見送った。お兄様を含め数人の貴族が見届け役として立ち会う。


 泣いて暴れるヴェルディナは、長い髪を後ろで一つに結ばれた。体もロープで縛り上げ、担ぐように外へ連れていく。見送るカサンドラは無言だった。その表情は強張り、体は力を抜いている。ぐったりと諦めたようにも見えた。


 私がクラリーチェ様へと視線を移す瞬間、目の端で何かが動いた。反射的に振り返った正面で、駆け寄るカサンドラの金髪が翻る。ばさばさに乱れた髪が、走る動きに合わせて揺れた。すべてがゆっくり動く。


「っ! アリーチェ」


 叫んだお父様が私とカサンドラの間に飛び込み、クラリーチェ様の腕に引き倒される。伯母様の斜め後ろに控えるフェルナン卿は、長椅子を回り込むため数歩出遅れた。カサンドラに振り払われた騎士が、慌てて手を伸ばす。


 何もかもが目に飛び込む。大量の情報がゆっくりと広がり、一気に収縮した。時間の流れが遅くなったように感じたのに、今は通常の流れに戻っている。


「お父様っ!」


 クラリーチェ様の膝に倒れた私は、慌てて半身を起こした。見開いた目に映るのは、カサンドラの腕を掴んだ父の背中だ。カサンドラは武器を隠し持っていたの? 手首を掴んだお父様は、ぐいと捻ってから彼女を突き飛ばした。


 大柄な父の足元に転がったカサンドラを、追いついた騎士とフェルナン卿が拘束し直す。貴族女性だからと縛らなかった。それが裏目に出た形だ。お父様はしゃがみ、足元から何かを拾い上げた。細長く銀色の……髪飾り? フォークよりやや長い棒の先に、揺れる水晶の飾りが付いた装飾品だった。


 突き立てるなら十分な武器になる。


「お父様……手が」


「心配いらない、表面だけだ」


 垂れるほどはないけれど、血が滲んでいた。大広間は静まり返り、猿轡も噛ませられたカサンドラの呻き声が大きく聞こえる。


「温情は不要という意味か? 両手首を切り落とせ」


 王族への不敬罪、危害を加えようとした罰だ。伯母様の声は鋭く、フェルナン卿は一礼して剣を抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  クソ王子やお願い屋は存分に苦しめ。  お前らの選んだ道だ後悔なんぞするなよ?  まあ後悔しようがしまいが頑張って生きろ?  自業自得だ。  元貴族の平民女、覚悟だけは妙な方向にガンギマリ…
[一言] >肌に傷をつけてインクで染める手法が用いられた。死んでも消えない刻印のような意味合いがある。 入れ墨刑ですね。 昔の日本でもあったようですが……。 >「温情は不要という意味か? 両手首を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ