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書籍化【完結】私だけが知らない  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!
番外編

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(兄2)燃え尽きればいい

 領地運営の資料を携え、義妹であるアリーチェの執務室へ入る。入念に用意した提案を行うためだ。作物の自給率が低い我が国に、大きな産業はなかった。


 遺跡や名所がないので観光は次がない。大きな祭りを開いても、隣国の花祭りに負けてしまう。季節を変える案も出たが、花祭り以上の規模を開催するのは難しかった。領民達の意見も聞きながら、交易の要所として盛り立てる方向に決める。


 交易でこの国を通過する商人に重要なのは、見栄えのする応接室や宿だ。これらを所有するか、または借りることになる。あれこれ案を出し合った結果、貸し出すことに傾いていた。


「どうだろうか」


「住民の雇用もよく考えてあります。検討しましょう」


 リチェはその場で頷いた。場所を貸すだけでは、領主の収入しか上がらない。だが、侍従や侍女の教育を受けさせて、お茶や出迎えを担当させる。庭師も必要になるし、清掃係も必須だった。安定した収入源になる上、空いた時間に教育を施す。


 貴族の屋敷を再現して貸し出すのだ。これならば、他国と差別化できるだろう。何より、宿としての機能も果たせる。別邸を参考に、すでに建築場所を確保していた。街道沿いの一等地だ。野菜や肉の納品もあるので、農家も潤う算段だった。


 他にもいくつか案が出ているので、まとめたらリチェに目を通してもらう予定だ。


「おかあさま!」


 ノックもなしに飛び込んだのは、リチェの長男クラウディオだった。頭が大きくバランスの悪い幼子は、よちよちと走って尻餅をつく。咄嗟に後ろから頭を支えた。くるっと振り返り、にこりと笑う。この表情は、幼い頃のリチェによく似ていた。


 彼女が夫に選んだのは、勤勉で実直、嘘がつけない男だ。傷つけられてきたリチェは、心安らげる人を選んだらしい。僕ではダメだったわけだ。僕といる時のリチェは、少しばかり緊張を表情に出してしまう。まだ警戒されているのだと、少しばかり寂しく思えた。


「どうしたの? 手が汚れているわ」


 両手をついて立ち上がったクラウディオは、そのままリチェに抱きついた。長いスカートの膝下に黒い汚れが付く。見れば、手をついた床の絨毯にもべっとりだ。


「うわっ、先に拭いてやるべきだったな」


 取り出したハンカチで、クラウディオの手を拭く。大人しくされるまま手を預ける幼子に、苦笑した。もしかしたら、この子は僕と同じ銀髪だったかもしれない。あの時、リチェを信じて守っていたら。フリアンと婚約を解消させ、告白していたら。


 一瞬よぎった妄想に、細く長い息を吐き出した。愚かにもまだ彼女を諦められない。すでに人妻だというのに。愛しているかと問われたら、即座に頷く。僕は今もアリーチェを愛しているし、この身も心も捧げて悔いはなかった。でも、彼女は僕を選ばない。


「綺麗にしてもらったら、なんて言うのかしら?」


「ありがと」


 クラウディオは輝く笑顔で、お礼を口にする。どういたしましてと返しながら、己の醜さと諦めの悪さを呑み込んだ。リチェの幸せを壊す気はない。跡取りも可愛い甥と姪がいた。


 この光景で夫の位置に立つのが僕ならば……そんな妄想くらいは許されるだろう。穏やかな笑みを浮かべるリチェの幸せが守れるのなら、この感情を殺すことも意味がある。


「お兄様、皆でお茶にしませんか」


「いいな、父上達にも声をかけてくるよ」


 当然のように付き従うサーラが準備を始めるのを見ながら、僕はそっと退室した。いつか僕の恋は消えていくのか、さらに恋焦がれるか。いっそ灰になるまで燃え尽きてもいいな。埒もないことを考えながら、僕は今日も小さな幸せを守り続ける。愛した人の美しい微笑みを――。

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― 新着の感想 ―
[一言] >僕ではダメだったわけだ。 外堀を埋めるのに一生懸命になりすぎて、本丸のケアを怠ったのが原因だったと思いますよ。 まぁお兄様は、両方をこなせるほど器用ではなかったということで(笑)
[良い点]  これが己の器と、結果を受け容れ心の深奥を外に漏らすことなくこのまま補佐をしながら朽ちていこうと言う訳ですね。  少なくとも主人公に対する愛情に偽りはないでしょう。  現実を受け容れた上で…
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