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書籍化【完結】私だけが知らない  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!
番外編

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(祖父3)迎えはまだ先でいい

  のんびりと余生を暮らす。そう決めたわしにとって、孫やひ孫との生活は最高だ。領地に恩恵をもたらす放牧を勧め、自身の趣味も兼ねて軍馬を育てる。


 中継地点として繁栄の兆しを見せるフロレンティーノ公爵領は、ようやく地の利を生かし始めたばかりだった。フェリノスの旧王家は、呆れるほど運営能力がなかった。各国の中央に位置する小国だが、農業も工業も特筆する物がない。


 義息子マウリシオが貿易や観光に乗り出した時も、邪魔をしただけだった。そのせいで、他国に比べて全体的に遅れている。その上、重税を課したせいで民が疲弊していた。


 頭の上のコブが取れて、マウリシオ達が真っ先に行ったことは、新しい産業の育成だ。観光や交易に予算を注ぎ込み、過去に削られた予算を復活させて街道を整備した。予算の出所は、国王派や王家の資産だ。賄賂や裏金が山ほど出てきた。それを民に還元した形だ。


 加えて、娘のクラリーチェが一年の減税を行った。貴族階級以外は、ほぼ税を免除と言ってもいい。大規模な改革に必要な予算を回収し、士気もわっと盛り上がった。


「ふむ、休憩するかのぉ」


 馬のブラッシングを終えて、姿勢を正す。前屈みの時間が長かったので、腰を伸ばすと気持ちが良かった。


「お祖父様、こちらへどうぞ」


 末娘によく似たアリーが手招く。いつも従う黒髪の侍女が、さっと絨毯を広げた。携帯用に軽く、しかし裏に藁を織り込んだ屋外用だ。軍で使っていた敷物だが、これが意外と使い勝手がいいのだ。アリーはすぐに取り入れた。


 安く買えるよう優遇をしたため、今では平民の半数近くが所有している。屋外ではもちろん、室内で使う者も多いと聞いた。冬が寒いこの地方では、さぞ重宝しているだろう。


「じぃじ、おひざ」


 ひ孫のクラウディオが、不安定な足取りで近づいて足を叩く。座れば当然のように膝によじ登った。手助けして膝の上に乗せると、くるっと向きを変えて背中をくっつける。どうやら椅子がわりに使われるらしい。


「あら、ディー。じぃじのお膝、良かったわね」


「うん!」


 時折幼い言葉が飛び出すクラウディオは、元気いっぱいに手を振り回した。先日はこれで顎を叩かれたので、背筋を伸ばして支える。ご機嫌のクラウディオが、手を伸ばした。向かいで侍女のサーラがお菓子を手渡す。


「ありがとう」


 お礼を言って、クラウディオは大きな焼き菓子を齧った。もぐもぐと口が動き、すぐに振り返る。


「じぃじ、あーん」


 食べさせてもらってばかりの幼子が、わしにお菓子をくれるのか。成長したものだ。素直に口を開き「あーん」に合わせて焼き菓子を頬張る。ふむ、うまい。アリーはまだ幼いルーチェの世話をしていた。


 すりおろした果物を食べさせているのだが、べぇと吐き出してしまうのだ。幼子特有の仕草だが、アリーは叱らずに眉尻を下げた。ここは年の功で、わしが助けてやる番か。


「どれ、じぃじが……」


「お祖父様は先日失敗なさったでしょう」


 そうじゃった。流し込み過ぎて、吐いて泣いて大変だった。今度は上手くやれると思うが、アリーは首を横に振る。子どもの事は母親が一番に権限を持つ。先王といえど、勝手な振る舞いは許されんルールだ。素直に引き下がった。


「ああ、ここにいたんですね。お邪魔いたします」


 クラウディオと同じ金茶の髪を持つ男は、美しい所作で座る。騎士としての実力も確かなアリーの夫が、さっとルーチェを受け取った。アリーから果物の匙を受け取り、ちょんちょんと唇を刺激する。ぱくりと開いたところへ、少しだけ流した。


 もぐもぐと食べるが、変な顔をしている。満面の笑みで誤魔化しながら、もう一口。数回繰り返すと、さすがにもうダメだった。のけぞったルーチェが泣き出す。慣れた様子であやす間に、今度はアリーがクラウディオの相手をし始めた。


 なるほど、複数の子を育てるのは大変だ。妻の苦労が今ごろ理解できた。戦ばかりで国を留守にするわしは、子育てを手伝えなかったからな。ここでひ孫の子育てに参加し、胸を張って亡き妻の迎えを待つとしよう。


 心地よい風が吹く。ああ、今日も良い天気だ。我が妃よ、迎えはまだ先で頼む。やることがいっぱいあるからな。


 クラウディオが強請るまま、背によじ登るのを許す。肩に両足をかけて座り、興奮した様子で騒ぐひ孫。慌てて止めようとするアリー。大笑いしながら、わしはすべてを楽しんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  こんななんでもない、それでいて代え難い生活を守るためにここまでの労苦があったと思うと感慨深い。  この話こそハッピーエンドとして相応しいと感じます。
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