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書籍化【完結】私だけが知らない  作者: 綾雅(りょうが)今年は7冊!
本編

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111/145

111.諦めた対価としての知識

 この日から三日間、ひたすらに日記を読み込んだ。時系列を正しく理解するため、古い日記帳から開く。数ヶ月分読むと、王家に嫁ぐ婚約が決まった日が現れた。


 正直な心境が記されている。愛情なんて当然ない。公爵令嬢の義務として婚約し、未来の王妃になるための勉強が始まる。己の未来を他人事のように淡々と受け止める文章だった。


 翌日から、厳しい王妃教育が始まるものの……ほとんどは免除となる。礼儀作法、他国語、歴史、貴族名鑑の暗記。すべて私が修了した科目ばかりだ。王家に雇われた教師は、こぞって私を褒め称えた。これが確執の始まりだ。


 自分の努力の足りなさを、私への嫉妬の形で示した王子フリアンは、顔合わせから逃げ回った。構わないと放置したのは私だ。王妃の役目である子作りでさえ、側妃を得ればいいと割り切った言葉で記されていた。きっと歴史書から学んだのだろう。


「可愛げのない子どもだわ」


 まだ十二歳の子が、こんな考え方をするなんて。自分のことながら、呆れてしまう。算術や領主が学ぶ経営学、他国の歴史書も目を通した。植物や動物の図鑑、薬草の知識、帝王学に至るまで。学べる知識を貪欲に取り入れる。


 日記に書かれた授業内容を見て、気づいたことがある。この頃の私は、自分を高める勉強に興味はなかった。勉強の大半は、王妃教育に必要がないものばかり。おそらく、この国の王妃として縛り付けられる未来に反発したのだろう。


 自由に生きたいと願い、それが叶わないことを知っていた。だから冒険譚や神話まで読み漁ったのではないか。読んだ本のリストを指でなぞる。巷で人気の恋愛小説を、侍女に入手させている。フロレンティーノ公爵家の書庫に並ぶ本ではない。


 疑似恋愛を楽しんだのかしら。とても面白かった、と締め括られた文字を指で追う。ある意味、この日記は一人の少女の成長物語だ。欲しいものへ手を伸ばす努力を諦め、代わりに貪欲に知識を求めた。


 お父様やお兄様に関する記述が少ない。きっと距離があったのだ。結婚して公爵家を継ぐ予定だった義兄は、この頃失意の底にあったはず。王家を支える父の仕事量は多く、兄とのぎこちなさを誤魔化すように働いた。この屋敷に戻る時間を減らすために。


 容易に想像がついた。我が公爵家は崩壊寸前だったのね。それでも私が中心にいた。いい意味でも悪い意味でも、私がいるから持ち堪えていたの。その核を王家が壊そうとすれば……二人が必死に噛み付いたのも理解できる。


 読み終えた二冊目を閉じて、トランクへ片付けた。このトランクの管理は、本来サーラの仕事だ。彼女が修道院へ旅立って四日目、まだ帰るはずがない。それなのに、彼女がいればと考える。お茶を頼もうとして顔を上げた瞬間も、寝る前のちょっとした時間も。


「寂しいなんて、言えないわ」


 明日のために、今日は早くベッドに入らなくてはならない。クラリーチェ様とフェルナン卿が、ロベルディへ帰る日だった。見送りに立つ私が、眠いなんて口に出来ない。


「アリーチェ、もう眠ったか?」


 小さなノックと聞き慣れた伯母様の声。侍女を下げた部屋で、私は自ら扉を開いた。両側で姿勢を正して立つ騎士に会釈し、クラリーチェ様を招く。


「どうなさったのですか?」


「いや、一緒に寝たら邪魔だろうか」


「っ、私からお誘いするべきでした」


 やや頬を染めたクラリーチェ様と、大きなベッドに並んで横たわる。どちらからともなく、向かい合って互いの手を握った。


「ロベルディ王家も民も、いつでもそなたと共にある」


「私の心も、常に祖国に寄り添うでしょう」


 私の祖国はフェリノスではない。ロベルディだ、そう告げる声に、伯母様は泣きそうな顔で頷いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  導く者が居なかったのだろう、この国には。  ギリギリそういう立場にあった身内や王妃が主導できなかったのであれば、現状は望み得る最良の結果であると言えるのでは。  かなり寂しい結論ですが。…
[良い点] 女王様夫婦遂に旅立つ(´;ω;`)せっかく仲良くなれたのに寂しいけど仕方ないですね(´TωT`) [一言] お土産の元国王、どうなったきゅ?(´・ω・`)? 小人国王も森で見なかったと首…
[一言] アリーチェもバカ王子もお互いに歩み寄る努力をしていなかったということですか。 まぁ、例えアリーチェの方から歩み寄ったとしても、あの王子相手では今回の事態は起きたとは思いますが、それでもね~(…
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