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73 聖女襲来2

 

 扉の向こうはお偉いさん方のお部屋である。もごもごしていて、正直なんだか聞き取りづらい。でもそこは聞き耳スキルを全開である。「……今回のことは、大変申し訳なく……」 ナバリさんの声が聞こえた。イッチ達と一緒にべったりと扉に耳をつけてがんばっている私なのに、ロータスは近くの壁にあぐらをかいてもたれつつ瞳を閉じて確認している。それで聞こえるとか恐ろしいね。


 中にいるのはヴェダーと、ナバリさん、そして二人きりというにはさすがに問題だからか、互いに複数人ずつの立会人を入れているようだ。結子はいない。部屋に入る前に、『私がしっかりと伝えておきますから』とナバリさんがカッと目を見開いて主張していた。……そういうなら? と首をかしげて、彼女はもともとの“結子の部屋”で待機している。ショートカット先のあのお部屋だ。


 以前なら埃だらけの空間だったけれど、すでにイッチ達がぴかぴかにしていたし、あそこならドアに水を垂らさなければ外に出ることができない。ショートカット機能で外に出るにも、部屋の床の間の決まった場所にミリ単位でずれることなくぴったりと足を乗せなければいけないので、部屋でくつろいでいるというよりも、閉じ込められているに近い。でも本人にはその事実がわからないように、現在ティータイムでほっこりしてもらっている。


 と、考えている間に、聞き耳力を高めていく。目を閉じてさらに集中した。


『今回のことは、大変申し訳ございませんでした。できればおっしゃる通り、事前にお伝えしたいところだったのですが……』

『問題はあの結子という聖女でしょう』


 随分言いづらそうなナバリさんに、ヴェダーがさっくりと切り込む。回りくどいことは嫌いだと言っていた。思慮深系キャラに見えて、意外と短気でできている。結子を相手にして、実のところブチギレのご様子だった。


『聖女の存在を把握していない、と以前届けられた文は詭弁ですね? あなた方にとって、あの聖女は手に余る存在なのでしょう。しかし聖女であるから下手に拘束することもできず、自由にさせるしかない。……つまりは自身の手の内にいないのだから、把握をしていないと同義であると。先程あなたは世界樹の使用は王家と教会、二つが管理していると言ったところも問題です。互いに意見のすり合わせが行われてもいない』


 手加減のない言葉のパンチに、ナバリさんはたじたじである。あの結子のことだ。


『……おっしゃる通りです。祈らないことを盾にとられてしまいましたら、わたくしどもでは、どうしても難しく……世界樹の枝が使用できないのなら、船を出してほしいとせがまれました』

『儀式を終えていないのなら、国内のみの使用ならまだしも、他国への使用はさすがの神も許しませんからねぇ。しかしそうまでして、なぜこの国へ?』

『どうしても必要なものがあるそうです。先見の鏡、と聖女様はおっしゃっていました』


(……や、やっぱりそれ!?)


 鏡を使って結子の様子を見ていたとき、先見の鏡があればと言っていた。間違いなく結子は重度の五つ葉の国の物語のプレイヤーだ。見逃すわけがない。鏡という言葉に、ぴくりとロータスの瞳が開いて、こちらを見ている。言いたいことはわかる。


 先見の鏡は、すでに使用済みである。――私が。


 世界樹の葉っぱのどれを使ってもいいじゃない? と思われがちだけれど、そんなことはない。葉っぱの中で、一番大きく育ったものじゃないといけないのだ。ヴェダーにはそこまで伝えてはいないけれど、もしかしたら、と思っているかもしれない。でも声色にはなんの変化もなく、『先見の鏡ですか? 聞いたことがありませんね』 ヒュウッ! しらの切り方が堂に入ってるぜ~~!


 イッチ達と親指を出しへいへい踊っている場合ではない。うん? とロータスは何かを察したように立ち上がった。のっそり動いたロータスに、よいしょ、と全員が首根っこを掴まれたとき、扉が開いた。「エルとロータスではありませんか! ここで一体何をなさっているんですか?」 ヴェダーの棒読みがすごい。


 おそらくヴェダーは私達がここでこっそり聞き耳を立てていることに気づいていて、さらにはロータスはヴェダーが知っていることもわかっていて、来客者の方々にお見苦しくないように私達の回収を行ったのであろう。


 私が聖女となんらかの関係があることをヴェダーは気づいているし、(実際は関係というか知っているだけだけど)未来が読める固定スキル(を、持っているという勘違いだけど)がある魔族、かつ悪さをしでかすにはポンコツ気味すぎるということは、世界樹の根の記憶から読み取ってくれている。なんか注釈が多くてややこしい。とりあえず先見の鏡を言い出したのは私なわけで、無理やり巻き込まれた感が否めないものの、私とロータス、イッチ達のいつものメンツに、ヴェダーとナバリさん、ついでに結子も回収され、世界樹の間へと通された。


「これが世界樹なの……!」


 結子は嬉しそうに両手を広げてキャッキャとしつつ、木の周りをぐるぐるしている。ゲームと同じ画面ね! と言っている気持ちはちょっとわかる。がしかしこの数分後、悪夢が舞い降りた。世界樹の葉の中で一番大きな葉っぱは、結子の手のひらの載せたところで、なんの変化もしない。だって使用済みだから――私が!


 たとえ今現在一番大きな葉っぱとしても、MAXまで育ちきっていないのだ。「な、なんで!? なんでぇ!?」 叫ぶ結子と、ロータスとヴェダーからの静かな視線の中私はスッと小さくなった。


「ううう、育ちきってないのかな……早く来すぎたってことかも」


 ――ちがうよ! エルが使ったんだよ!

 ――おだまりサン!

 ――このおばか!


 ロータスと私以外には見えない聞こえない状態とはいえ、主張するサンは心臓に悪い。そしてイッチとニィがサンをぼこぼこにしている。喧嘩はやめて……。


 そんなこんなで、結子は世界樹の葉が育つまで、魔道の塔に住み着くこととなった。もちろん、ヴェダーは条件を出した。まずは聖女が召喚された事実を、全ての葉に周知すること。もともと聖女の召喚は全ての葉で共有すべき事項である、と以前に私達に告げた言葉と同じように言っていたけれど、どうにも重苦しい顔つきだった。一体どうしたのだろうか。


「主塔様は現在ご不在でいらっしゃいます。本来なら私が決めるべき内容ではありませんが、代理での権限を得ておりますから」


 主塔のおっちゃんいらっしゃらないの!? という衝撃の事実にほえっとなったものの、ナバリさんは苦しげな顔のまま、「全力を、尽くします、が……」と額の汗を拭っていた。もとより、その場でナバリさん一人の判断で返答できるとは思っていなかったんだろう。仕方ないとばかりに頷いた。クラウディ国は王家と教会、二つがせめぎ合っていて、決定権がどっちつかずになっている国なのだ。





 さてこの聖女結子、魔道の塔を自由気ままに歩き回ることになった。まさか聖女を一室の中に閉じ込めておくことはできないからだ。

 ある日の塔の中でのお掃除中の光景である。結子はどこからか本を取り出し、瞳を見ひらんばかりに一心不乱に読み込んでいた。ちょっと怖い。なんやこら、とぼんやりしていると目が合った。


「……なに?」

「えっ、いやあの。お掃除を……」

「あっそう。勝手にしといて。私はちょっとセーブしているから」

「セーブですかー……」

「ものすごく集中してるから」


 ゲームじゃぽちっとボタンで一発の行為も現実だと大変なのだなとモップを持ちつつ結子の背中を見ながらなんともいえない気分で佇んだ。

 それからというもの、謎すぎる場所とポーズでセーブをする結子をときおり発見した。ヒロインはヒロインなりの苦悩があるのだろうか。


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