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58 決めたこと

 

「私が!!! ただ、ロータスの嫁になりたくて! 一緒にいるのーーーー!!!」


 思わずロータスを振り返って見てしまったものの、それ以上は見ることができずにアアアアと頭を押さえて崩れ落ちた。

 自身の隠された欲望――いや隠してなんていないけど――があらわになった瞬間だった。

 その欲望を叩きつけられた本人(ソキウス)はといえば、「ヨメ……? ヨメ……ヨメェ……???」とまるで新種の生物であるかのごとく不可思議な鳴き声をつぶやき続け、興奮したイッチ達(なぜ)は部屋中をゴム毬の如く跳ね回っている。


 ニィの体に本棚からこぼれた本がアアンと当たったところで、なんとか場は収まってきた。ニィに当たった本はソキウスまで跳ねて、「あいたっ! なんでいきなり?」と首を傾げている。そうだった。イッチには幻術スキルをかけっぱなしにしていたのだ。指を叩いてスキルをオフしたところ、唐突に現れたお掃除スライムに、「おんわあああああ!!!」 何度も驚きを提供して申し訳ない。


 なんぞなんぞ? とソキウスを振り返ったイッチ達は、そんなことより掃除をしてもよござんす? と聞いてきたので、「ソキウスがいいならいいんじゃない?」と伝えると、よござんす? よござんす? ともちもちソキウスに圧迫を始めた。「なんなんだ、ひいいい、好きにしてえええ」 涙声の返答に大満足のイッチ達の仕事の速さで、今や部屋の中はぴかぴかになっている。


 視界の端でうごめくイッチ達は置いといて、私はソキウスに全てを話すことにした。全てといっても、この世界が実は乙女ゲーの世界で、この先の物語を知っている、なんてことはいうわけにはいかないから、聖女が召喚されたことを知ったから、彼女の行動を把握しておきたいということ。それは魔族として聖女に何らかの悪意があるわけではなくて、ただ、自分達の安全のためであることも。


 クラウディ国の礼拝堂には、ゲームのOPとまったく同じ、結子がこの世界にやって来たときの姿がステンドグラスに描かれていた。この世界には異世界という概念はある。私が初めて、銀の髪の魔族と出会った場所もそこだった。思い出すと、頭の裏側がちかちかする。初めてその場所に行ったときもそうだった。記憶が幾重にも重なるような感覚に、頭が少し重たくなる。


「……エル?」


 はっとした。かけられた言葉はソキウスのものだったのか、それともロータスのものだったのかわからない。もしくは、両方だったのかもしれない。二人して怪訝に私の顔を覗き込んでいた。大丈夫、と返答して、ソキウスには、銀の髪の魔族に狙われていることも告げた。実際、会ったのは一度だけだし、あとは魔物をけしかけられただけだ。


 正直、うまく逃げ切っていると思う。もうすでに、あの魔族は私に興味を失せてしまったのではないだろうかと考える自分と、あの全てを諦めきったような、濁りきった瞳を思い出すと身震いした。あの男には、過去も、未来も関係ない。逃げると決めたのなら、どこまでも逃げなくてはいけない。少なくとも、私が知る原作が終わるまでは。


 長い話になってしまったかもしれない。すっかり夜も更けてきた。部屋は明かり取りの窓もなく、ランプが一つある程度で薄暗い。ゆらゆらと炎が揺れて、私達の影が大きく映る。「……よし」 ソキウスは、静かに顔を上げた。


「俺も手伝う。いや、手伝わせてほしい。エルが魔族だと知って、俺は何もできなかった。故郷からも、結局逃げ出した。でも、今度こそ――力になりたい。お願いだ」



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