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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻 発売中です!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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――― 征途①  ―――

 

 出現した魔獣が中型の魔蝮(ビットバイパー)と言うだけで、今は変容体が『ヒュドラ』の可能性は兄上には伏せておく。 まだ可能性の段階でも有るのだ。 確定していない事を報告する事は、事態を混乱に落とし込むモノなのだ。 それに、対象が中型魔物『ヒュドラ』ならば、大兄様は絶対にこの街を出立されない。


 危険度が全く違うのだ、『魔蝮(ビットバイパー)』と『ヒュドラ』では。 甥たちの『父』を、危険に晒す訳にはいかない。



「……厄介なモノが生まれたのだな。 特異体だったか」


「たぶん…… そして、変容の結果、予測される魔物は不明です」


「…………主力の出撃準備を成す。 遊撃部隊は重点監視と主力の誘導をせよ。 指揮は私が執る」


「それなのですが……」


「なんだ、不服か?」


「朋が対処策を明示しました。 勝算も大いにあります。 ただ、完璧かと言われると、断言はできません。 ただし、弱体化は確実です。 万が一に備え、出来る限りの住民を率いて上級女伯領へと皆様で行ってもらいたいと思うのです。 この状況で厳戒態勢を取れと云っても、要らぬ混乱しか生み出しません。 下手をすると、街や村や邑が混乱に落ちます」


「……弟の婚姻にかこつけ、住民達も引き連れて上級女伯領へ行けと? 貴様…… 何を考えている」


「騎士爵家の支配領域の安寧です。 要らぬ騒動を引き起こせば、次兄様の評判にも傷が付きます。 それでなくても相当に無理を重ねている御婚姻状況であります。 万が一、次兄様の耳にこの事が入りますと、『私が主力を率い出撃する』などと言い出されかねません。 御婚姻式をすっぽかす事にでもなれば……」


「……父上には?」


「言いません。 あの方も血が熱い方なので、何が起こるか判ったモノでは有りません。 二人の孫によい所を見せようと無茶を成さる可能性も捨てきれません。 沈着冷静で周囲を良くご覧になっている大兄様だからこそ、御話を持ってきました」


「……お前は」


「騎士爵家の漢です」


「死ぬなよ」


「死なぬ様、色々と算段を重ねます。 時間もあまりないと思いますので、どうか」


「…………言い出したら聞かぬ漢だからな、貴様は。 頑固と云うか、唯我独尊と云うか…… それでいて、言葉にする事に一理も二理もあるのだから、始末に負えん。 我が子達の安全も天秤に乗せたな?」


「御意に」


「婚姻式が終わった後で公表するぞ。 取って返して、主力を総予備となし、街を守る。 予備令は発令して置く」


「お願い致します。 兄上がお戻りに成られるまでは、状況を維持するか、朋の策を使うか。 ギリギリまで観察いたします」


「一人で突っ走るなよ」


「はい」


「武運長久を祈る。 ただ、これだけは約束しろ、帰ってこい」


「……はい。 出来得る限り」


「ったく、お前はッ!!」



 現地に居る部隊には引き続き観察を続けるように命じた。 こちらの準備が整うまでは、魔物には動いて欲しくないが、それはこちらの都合でもあるのだ。 魔物の動きを制御するなど不可能なのだ。 何か事が起こった場合は直ぐに報告を飛ばせと命じてある。 辛い任務に成るが、今は彼等が生命線ともなる。 逐次交代要員と増員を送る算段だけは付けた。


 ――― 監視体制の構築は『焦眉の急』とも云えたのだ。


 朋はあれから『砦』の貴賓室に隣接する『賓客執務室』に作り上げた彼の研究室に籠っている。 幾つかの試作品は完成したらしいのだが、効果に納得がいかないらしく、あと数日は必要だと云って来た。 のんびりとはしてられないのだが、基本方針が朋の策なのでグッと堪える。 遊撃部隊の人選は直ぐに固まる。 猟兵達にも緊張感が漲っている。 射手班の射手達は『銃』の手入れに余念がない。


 街の事や支配地域の政に関しては、大兄様が執事長と家政婦長に、よく言い聞かせてくれた。 まだ、公表は出来ない事では有るが、騎士爵家支配地域の安寧に重大な危機を齎す魔物の存在を告げたのだ。 騎士爵家の深い場所で、緊急事態宣言が成されたとも同義。 今、表だって動けば混乱に拍車が掛かるのは、大兄様も執事長、家政婦長も認めて下さった。 よって、水面下で対処して下さるとの事。


 遊撃部隊の対魔物魔獣戦闘力と対処能力が、彼等をしてその判断に至らしめたのは言うまでもない。 『浅層の森』の中に構築した、魔導通信網は即時性を以って危機を『砦』にもたらしてくれる。 今まで後手に回っていた対処を、最初期に頭を潰せる所迄きたのだ。 安心はできないが、不安はおおよそ解消できている。 ちい兄様の御婚姻の日程は動かせないとなると、畢竟このような対応をせねば成らなくなるのだ。


 ――― その事に不満は無い。


 ちい兄様の倖せと、北部辺境域の安定を考えると、延期や中止など言い出す事は出来ないのだ。 辺境の騎士爵家として、制限無しに動けるのは、現状私しかいないのだ。 責務は矜持に掛けて遂行する。 それが、騎士爵家に生まれた漢である私に期待される事なのだから。 さても、さても、上手くは行かぬものだな。


 今は、じりじりと準備の完了報告を待つしかない。 現状の条件下に於いて打てる手はすべて打った。 後は、組み上がるのを待つだけなのだ。 状況を韜晦し、父上母上、そして大兄様ご夫妻と、街の有力者達が挙ってちい兄様の御婚姻式に立ち会うために街を出立した。 


 大兄様の視線の中に、とても『硬い光』が有った事だけは、私たち二人の間での『秘密』だ。



 …………そして、その日が訪れた。



 遊撃部隊の選抜兵は準備を完了し、後備兵の編成も終わり、後は進発を待つだけに成ったその日、朋が目の下を黒くしながら私の執務室に入って来た。 着崩れた魔導院の正装から、相当に無茶をしたのは理解できる。 ……休まずに行くのか?



「完成したぞ。 まずまず使える。 なにせ『天才』だからな私は」



 傲岸不遜に言い放つ朋。 明らかに消耗しているのは、彼の姿を見ても良く判る。 顔色は悪く、瞳が淀んでいる。 髪は艶を失い、乱れた髪形を無理矢理一つに纏めているかの様だ。 着衣も無頓着に成っているのか、魔導院の正装であるにも関わらず、シャツの裾がスラックスから飛び出し、本来ならばきちんとしまっている筈のケープマントから半身を覗かせていた。



「遊撃部隊に帯同すると云うのか? その体調でか?」


「このような機会はめったに訪れない。 この目で見たいのだよ『魔の森』と言う極限状況を。 消耗していないと云えば嘘になる。 が、王都の下町での事を思えば、これでも十分余裕はある。 身体強化魔法術式だって纏う事は可能だ。 行軍に着いていけるだけの余裕は残した」


「貴様と言う男は、どこまでも自身の知的好奇心に忠実なのだな。 ……止めても無駄な様だ」


「判っているじゃ無いか。 その通りだ。 だからこそ打ち込めるのだ。 他人の思惑を考えていては、魔道具など作れはしない。 で、そちらの準備は終わったのか?」


「あと一つ」


「なんだ」


「遊撃部隊の女性兵が着用する基本装備を貴様に渡す。 すでに貴様の侍従に渡っている筈だ。 それを着用してくれたならば、全ての準備は終わり出発出来る」


「ならば、早速。 礼を言う」


「着用せねば、連れては行けない。 了承してくれて良かった」


「それは、理解している。 当たり前の事だ。 兵を大切にする貴様の事だからな。 『魔の森』がこの目で見れる事が、楽しみでも有るのだよ。 きっと、また、驚かせてくれるだろうとな。 では、着替えて来る」



 踵を返し、私の執務室を出ていく朋。 そうか。 完成したか。 ただ、どのようなモノなのかは、口にはしてくれなかった。 失念したか態とか…… どちらかは判らないが、朋が完成したと云ったという事は、相応の規模の魔法術式を刻んだ何かが出来上がったという事なのだろうな。 期待する。 限り限りまで観察を続けると、そう大兄様との約束は守らねば成らない。 朋が策は、状況が逼迫していた時の保険と言う事なのだ。 本作戦はあくまで「威力偵察」。 しかし、予備的な次善の策として、『朋の策』を本作戦に正式に組み込む事にした。


 『砦』の中庭に先発隊が整列する。 指揮官先頭の家訓を持ち出すまでも無く、私が彼等を率いるのは騎士爵家では当然の仕儀。 全体訓示の後、後備兵の纏めと予備作戦の指揮を副官に任せる。 現状、彼等が生命線となるのだ。 その為に必要な戦闘力を持つ兵を集めてある。


 さぁ、『仕事の時間』だ。


 進発の喇叭が鳴り響く。 騎乗するのは私と朋の二人。 『森の端』までは、馬車に分乗し向かう。 余計な消耗は避けたいのだ。 輜重隊もその後に連なる。 総勢で馬車十五台、騎馬二騎と言う陣容となった。



 朝方の澄んだ空気の中、最寄りの『森の端』への街道を征く。


 眩しい朝日と、清々しい風が私達の背を押してくれた。



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― 新着の感想 ―
まだ途中までしか読んでませんが、生き方が良いですね。 ところで、いつの間にか長兄様から大兄様に表記ブレしてます。 気づくとかなり気になるので統一して頂きたいです。当人らの関係性は変わらないのに、呼び…
ひっそりと出撃するのに黒備えがはえるんだろうなあ
朝日を背に出撃って、朋は徹夜明けですやんw
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