――― 最悪の想定は、現実のモノに ―――
” 想定の超大型魔物を検知。 数、十五。 その後ろに二十五の巨大魔獣の連なり検知。 超大型の魔物は全高15ヤルドを超える二足歩行。 単眼。 肌の色は緑。 手に巨大な樹を削ったと思われる棍棒を持つ。 背後に連なる巨大魔獣は、『フォレストストライダー』と認む。 最大積載量と思しき人員が、専用と思われるモノに乗り移動中。 『魔の森』を長駆踏破し、王国を脅かす『敵』と認定。 何本もの旌旗もまた認む。 その旗、帝国軍の物なり "
来たか。 最悪の想定通りに来たのか……
この事態を知らせる報告に胸が悪くなる。 すぐさま長兄様に連絡兵を走らせる。 文面は何も手を加える事無く、そのままに。 幾許もしない内に返信が届く。 兄上にしては、昂った文字が躍っていた。
” 万が一に備え、街の住民には退避命令を発令する。 周辺騎士爵家への連絡は父上に、母上には騎士爵家の金穀庫、食料庫の開放を願う。 遊撃部隊に命じる。 発令: 深層より現れし巨大魔物を掃討せよ。 手段は問わない。 魔物を倒せ。 お前が思う様存分にやれ。 郷土の存亡、国家の安寧はお前の双肩にかかっているのだ。 武運長久を祈る ”
――――― § ―――――
即座に遊撃部隊の将兵は、『最悪を想定した場合』の装備装具を身に着け 全遊撃部隊兵が集合。 間を置かず想定戦場への行軍を開始する。 兵達も状況の不穏さを感じ取っていたのか、機敏に行動を成し通常の半分以下の時間で『森の端』の邑へと到着する。
そこの『魔導通信機』を使い女性観測兵との通信を試みる。 幸いな事に、もう直ぐ定時連絡の時間。 彼女もまた情報の重要性を知っており、相手に観測される事無く、中層の森から抜け出し『番小屋』に辿り着いていた。 定時連絡は、その『番小屋』の魔導通信機を利用したと云う。
『頭部装着型通信機』越しに、現場状況の詳細を聞く。
「概要はお伝えした通りであります。 想定進撃路に間違いは無く奴等は『深層の森』から流れ出る川筋を利用しつつ、此方に向かっている模様であります」
「そうか。 無理はしていないな。 『特任遊撃索敵班』には帰隊を命じる。 集合場所は『滝』の上段。 接触を続ける意味は無い。 繰り返す、『特任遊撃索敵班』は原隊復帰を命じる」
「復唱するであります。 『特任遊撃索敵班』は原隊復帰。 集合地点は『滝』上段」
「宜しい。 現地で合流する、以上」
通信を終わり、ホッと胸を撫でおろす。 無事でよかった。 様々な困難が付きまとう、『中層の森』でよくぞ見つけた。 それだけ、敵が『何らかの策』を用いて使役している魔物の反応が大きいのだろうが、広い森の中で様々な危険を顧みず任務を遂行した彼女には、頭が下がる思いだ。
よし。 『敵』は網に掛かった。 予想通りの進軍路を取っている事を確認した。 待ち伏せするには、またとない機会でもある。 超大型の魔物は彼女の報告を勘案するに、観測例が非常に少ない巨人種『サイクロプス』と思われる。
弱点らしい弱点は無い。 巨大な単眼は常時【邪視】の魔法を発していると、魔物総監に記載されている。 単眼の視界に映り焦点が合うと、即死級の呪いが掛かると云われている。 ならば、その範囲外からの攻撃が有効であるのだが、その範囲が広いらしい。
索敵している射手の彼女が無事だと云う事は、それだけの観測距離であれば『サイクロプス』の『邪視』の範囲外とは言えるが、実際はもう少し距離を取らねば成らないだろう。 なにせ、此方を認識し、視認しなくては成らない上、視界に別のモノがあれば、『サイクロプス』は其方に意識は奪われるのだ。
工兵が滝周辺に様々な罠を仕掛けている。 が、想定以上の大きさの魔物であるから、効果は無いと断じれる。 罠を使っての『捕縛』は考えてはいけない。 注意を『罠』に惹ければ『僥倖』なのだ。 相手が『サイクロプス』とはな……
こうなったら、『サイクロプス』の意識を別に注意を向けさせて、此方に致命部位と思われる場所を無警戒に晒させる事を主眼とせねばならない。 一撃にて、致命部位を撃ち抜かなくては、相手は強大な魔物『激烈な反撃』を喰らう事、間違いは無い。
―――― そのために開発したのが『特装弾』だ。
特装弾は、『赤毛の魔物』の様な特に硬い外装を持つモノへの対処として開発した特殊弾頭を持つ弾丸だ。 これを、射手に配布した。 直撃ならば赤毛サルの頭蓋をも撃ち抜ける。 『人工魔鉱製』の弾頭の中には通常弾の1.5倍の『魔石粉』を仕込んである。 不利な点は最大有効射程が1000ヤルドと、従来弾の半分に落ちている事。 なんとか、狙撃点に付ければよいのだが……
不確定要素は多々ある。 が、遣らねば成らぬのだ。
想定戦場たる『滝』に到着したのは、その日の日没前。 薄暗くなりつつある周囲に紛れつつ、集合場所に到着。 『特任遊撃索敵班』もまた、その場に到着した。 遊撃部隊全戦闘力を以て事に当たる。 索敵任務に就いていた射手の彼女にも『特装弾』を手渡す。 その際、索敵の際の距離について聞く。
「おおよそ1500ヤルドであります。 しかし、もう少し詰められると思う…… であります。 『サイクロプス』の視線は常に地面に向けられており、顔を上げる事は稀であります。 その長身と姿勢により、目線より高い場所に視線を向ける習慣が無い為かと思われるのであります」
「成程。 猟師の父からの薫陶か?」
「ええ、まぁ…… そうであります。 初めて見る獲物に関しては、よく観察するようにと教えを受けておりました。 それともう一つ、ご報告したい情報があります」
「なんだろうか?」
「サイクロプスの最大の攻撃は多分あの『邪視』と思われるであります。 敵兵たちも決して『サイクロプス』の前には出ようとはしておりませんでした。 しかし、その単眼に『瞼』は無く、透明の『膜』の様なモノで覆われておりました。 常に目を開けている状態です。 自身最大の攻撃手段を一時も閉じる事が無いように進化したのだと思われます」
「それで?」
「攻撃が最大の防御と成り得る生き物だと云う事であります。 が、裏を返せばその攻撃主体は常に開かれており、目玉と云うモノは、強固な装甲には成り得ません。 『透明の膜』が、どれ程の強度を持っているかは判りませんが、最大の武器が致命部と云えると、具申しますであります」
「猟師としての勘…… と云うよりも、観察の結果ゆえの知見か」
「そう捉えて頂ければ、有難いであります。 ……父と歩んだ狩猟の毎日で培った勘で、ありますッ!!」
「そうか。 射手全員と情報を共有せよ。 観測手! 狙撃地点を割り出せ。 敵は滝下で『水の補給』を成す。 目標は眼下に有ると、そう認識せよ」
「「「 了解! 」」」
火は灯さず、暖を取る為の温石一つを腹に入れ、冷たい戦闘糧食を口に、その時が来るのをひたすらに待つ。 歩兵達も位置に就く。 仕留めそこなった時の為に待機している。 相手は超大型の魔物。 剣を手に戦うとなれば、相応の被害も想定される。 さらに、運ばれている帝国兵の存在も気に掛かる。 仕留めそこなえば、雲霞の如く湧き出してくるだろう。 それに対処するのは我々の従来の仕事の範疇外だ。 どこまで…… やれるだろうか?
フォレストストライダーに騎乗しているとはいえ、大休止となれば水汲みほか色々と補給関連の仕事もある、輜重兵は必ず降りる筈なのだ。 人は傷つけるなと厳命してある事も有り、その対処をどうするかを考察する事で待ち時間を費やす。
兵達は魔物魔獣特化の兵であり、人を殺傷した事が有る者は居ない。 故に心理的にも『殺人』は困難を生じるし私もやらせたくはない。 輜重兵ならば戦闘力も無い筈なので追い散らす事にした。 処理は森がしてくれるだろう。 森の脅威から逃れる為には、帝国側へ続く『深層の森』を命懸けで抜けるか、捕虜になる事を覚悟するかだ。 死が恐ろしければ捕虜も辞さずと成るだろうがな。
観測手達は、射手が身を隠せる窪地を見つけ、その場所を同定していく。 幾つかの狙撃位置を用意するのは、観測手の仕事でも有った。 そこから滝下のちょっとした池までの距離は平均して800~1000ヤルド。 『特装弾』の最大有効射程内に全てを収めた。
継続的な錬成の結果、射手は全部で三十名まで増やしている。
『サイクロプス』に一匹に対し二名で対処する。 先ずは『最大脅威』の排除からしなくては成らない。 次に『フォレストストライダー』 25匹は、順次狙撃に入る。 しかし、どうやって、魔物を使役しているのか。 それが判らなかった。 そんな技術や魔法を今まで聞いた事が無かった。 もし、開発するにしても相当な年月を費やさねば成らない。
まして軍事国家である帝国は、学究面に関しては進んではいない。 むしろ、なんでも筋肉で解決する者達でも有った。 文化の香などと云うモノは、軟弱の極みだとか。 文人文化に対する偏見がとても強く『力こそ正義だ』と、そう宣うのが帝国人なのだ。
他者を認めず、己が思考が絶対であると考える者は、視野狭窄に陥るのだ。 想像力が足りない。 目先の利益を重視し過ぎるのだ。 歴史からも学ばず、在り物だけで押し通そうとしてくる『野蛮人共』め……
―――― 教育してやる。




