――― 初陣 ―――
兵達の錬成は日々進む。 五年兵達も彼等の成長ぶりには驚いたようだった。 しかし、わたしにはそこまでの驚きは無い。 なぜならば、導入した王国正規軍の新兵訓練方法は とても効率化されているのだ。 その方針に従い兵を鍛えるのならば、兵が急速に成長するのは 私にとって至極当然だと云えた。
さて、練兵が進み兵達も実地訓練の時が訪れる。 演習場では無く、極めて浅い『浅層の森』にて、実際に小型魔獣を狩る事から始めた。 十分に安全を確保し、実体験として魔獣と遣り合うのだ。
魔法学院の騎士科でも ” 実習戦闘 ” として『魔獣が生息する洞穴』での戦闘訓練が有った。 あの時はわたし自身の行動に色々と問題も有ったが、我等が遊撃部隊の面々は動揺する事も無いだろう。 わたしと五年兵達が鍛え上げたのだ。 それに新型の『索敵魔道具』も実地で習熟訓練に供する。 心配はしていない。
魔法学院の騎士科での ” 実習戦闘 ” よりも、さらに一歩進んだ実践的な訓練として実施した。
そこで新たな問題が発覚したのだ。 我らの主戦場である『魔の森』は鬱蒼とした樹々が視線を遮る。 平野部での戦闘が主な王国軍の行軍様式は使用できない。 『魔の森』の中で、要らぬ音を出す事は『死活問題』。 なので、太鼓や喇叭の様な『音』による運動戦の指示は出来ないのだ。
必要なモノが増えた…… 【『音』によらない、各兵への命令伝達方法】 が必要となったのだ。
故に、【特殊魔道具】を考え、『開発』する事にした。
と云うのも、遊撃部隊の主たる作戦、『偵察、情報収集』という任務は、現場での意思疎通に困難を感じるモノであるからだ。 任務の性質上、行動は広範囲に広がり、通常の軍兵の集団運用とは違い、一所に集まっての作戦は余りない。 樹々が邪魔をして視線も通らない。 よって手信号による意思疎通もまま成らない。
次兄様達は、今までは、連絡兵という専門の兵科を置き、情報伝達の為に走らせていた。 その為、即時性に欠ける上、誤謬や誤報も後を絶たなかった。 現在は更に『人員』すらも限られている。 現状の『遊撃部隊』の作戦を考えると、どれ程の人員を抱え込まねば『柔軟な作戦行動』をとれるか判らなかった。
いっその事、兵全員を連絡兵としても使えるようにしようかと思ったほどだ。
どうにか出来ないかと、色々と考えたのだ。 わたしなりのやり方で。 ウロウロと魔熊の様に『砦』の研究室を徘徊する時間が増えた。 そうして やっと『答え』を導き出した。 王都より持ち帰った、様々な書籍の『写し』を読み込んだ結果…… 『錬金塔での日々』が、わたしに『答え』を教えてくれた。
――― 【 念話 】 ―――
という、ちょっと古いが、難解な魔法術式が魔導学術書に記載されていた事を思い出したのだ。 それを知ったのは、錬金塔の書庫。 禁忌と云う訳では無いが、使い物に成らない魔法術式を纏めて置いてあるような場所だった。 何か面白い術式は無いかと訪ねたのだ。
しかし、錬金塔での試行錯誤の中、早々に使えない術式であると諦めていたモノだった。 先人達が使えないと判断した事を、追確認しただけだった。
――― 術式自体は素晴らしい物なのだが、運用に様々な制約が有った為だ。
そんな、汎用性に欠ける魔法術式なのだが、なかなかどうして、過酷な現場で任務をこなす場合には、限定的な使い方が出来ると、そう『砦』で再認識したのだ。 広く一般的には使い物には成らないが、『極限られた場所』で『対象人数』が少なければ『十分な効果』が得られるのだと気が付いた。
王都や大都市などでは、とても難しい『念話』の送受信。 しかし、自分達の部隊以外に人の存在が希薄か無きに等しい『魔の森』の中ならば、『問題が多い制約』を全て度外視しての使用が可能なのだと気が付いたのだ。
『念話』の術式の最大の難点は、不特定多数に強制的に通信が送られてしまう事。 そして、雑踏の中では『念話』の ” 強度 ” が受け取り側の人数に応じて分散してしまい、聴きとれなくなるまでに減衰してしまう事。 魔力による精神感応力を用いて『意思の疎通』を行うという原理から、通信の秘匿自体が非常に難しいのだ。
前世の事例で近しい事柄を考えると、光通信が通じる『集合住宅』が思い浮かんだ。 これは雑誌の広告の話なのだが、専用線の契約を得ようとする通信会社の『謳い文句』だったような気がする。
通常、発信元は、単一の光回線を使うが、受信側に届く時には、幾度も幾度も分割されるという。 八分岐、十六分岐、三十二分岐、そして、六十四分岐に分岐されるのだそうだ。 評判の良くない集合住宅建設業者は、安く工事を上げる為に、たった一本の光回線を集合住宅に引き込み、其処で六十四分割するのだとかなんとか。
とすれば、通信品質は、基本単位の六十四分の一に落ちるのだとか。
現世に於いての雑踏の中での『念話』は、 これを際限なく分割したモノに相当する。 するとどうなるだろうか? そう、念話自体が困難と成る程 ” 強度 ” は落ちる。 『念話』の最大の問題点は、人が大勢集まった場所での運用が出来なくなる所だった。
しかし、発信側が複数本の単線を用い、さらに状況が人の少ない場所ならばどうだろう? 限定された受信側だけだったら? 前世で例えると、お金を出して光回線の『専用線』を引くようなモノだ、雑誌に記載されていたPRの『謳い文句通り』だとするとな。
翻って、現状を考えた。
発信元は わたしか、爺か、五年兵組。 受け取り手は遊撃部隊に所属する兵隊全員。 数は、多くない。 むしろ、少ないとも言える。 指揮官で有るわたしと、副官である爺の間。 司令部と、五年兵との間。 そして、わたし達指揮官と兵の間。 それだけの連絡網が有ればいい。
別の例えを使うならば、チャンネルを合わせたトランシーバー群と云えばいいだろうか。 前世の記憶はこういった場合、とても便利だ。 既にあるモノに、現世の魔法術式で使えるモノを当て嵌めるだけなのだから。 術式構築は、ほぼ学術書丸写しで済む。 それに、それ程大きな術式では無い。 圧縮記述方式を取らずとも、手のひらサイズの羊皮紙が有れば、それで事足りる。
『索敵魔道具』の中に組み込めば、” 短距離通信機 ” に早変わりだった。
基本、短い会話しかしないので、通信が交錯する事は無い。 同時に念話の送受信をする事も無い。 これ以上複雑な術式を用意する必要は無かった。 索敵魔道具を使用する兵達には その中に。 兵達には常に使う『軽兜』に仕込んだ。
基本的に兵達からの通信は、『命令受諾の言葉』と、『索敵結果の報告』だけなのだから、コレで十分だと云える。 限定的な使用ならば十分に使えるのだ。
初の任務前に、遊撃部隊の全員に必要な魔道具を用意できた事は、喜ばしい事だった。
―――― § ――――
遊撃部隊に命じられる『初任務』。 情勢は緊迫していた。 告げたのは父上だった。 長兄は守備隊の指揮官として街から易々と動かす訳にはいかない上、次兄は別の魔獣対策の為に主力の半分を引き連れ、作戦に従事しているという。 主力の残り半分は、再編成と訓練それに、予備部隊として街に留め置かれていた。
其処に、『魔の森』北東からの至急報が飛び込んだのだ。
確たる証拠は無いが、『魔物』らしき影が『森の浅層』に出没したという。 危険度は『中』と仮判断された。 影の大きさから、中型の魔物らしくソレが通った痕跡が有るという。 通り道は饐えた匂いと、濃い残留魔力が検知されたと報告に有ったらしい。
つまり、今回は空振りでは無く、実際に『魔物』が出没していると考えられた。 しかし、対応するべき主力は別件で出払っている。 このまま手を拱いていれば、その地区の人々に被害が出かねない。 少なくとも、どんな魔物が出没しているのかを確認せねば成らない。
まだまだ錬成途中とはいえ、部隊として成立している遊撃部隊の『投入』を躊躇う父上では無かった。 父の執務室に呼び出され、正式に命令が下る。 父上の威厳に満ちた声が、父の執務室に響き渡った。
「お前の『初陣』ではあるが、北東部『魔の森』浅層域を威力偵察せよ。 どの程度の魔物か、ハッキリさせねば成らない。 もし、強大な『魔物』であれば、浅層の森の中、小型魔獣共が騒ぎ出そう。 そうなってからでは、抑えがきかぬ。 主力部隊も間に合わない。 もし、脅威度の高い魔物ならば、討伐は出来なくとも、可能な限り森の中層へと押し返さねばならぬ。 出来る出来ないでは無く、やれ。 それが騎士爵家に生まれた漢に課された義務である」
「承りました。 可能な限りの方策を持ちまして、対処いたします」
「うむ。 しかしな、状況が判り次第、連絡兵を寄越せ。 手に負えないと思うならば、そう伝えよ。 継嗣は出撃出来ぬが、わたしが街の残余兵を率い対処する」
「心強き御言葉。 痛み入ります」
「武運長久を祈る」
「有難く、では」
命令は下った。 装備装具の点検も終わった。 後は、現場に参じるだけ。 緊急報は、現場近くの邑からのモノだった。 第一報を発した者への事情聴取は第一歩。
父が祈ってくれた、” 武運長久 ” の『言祝ぎ』を胸に わたし は遊撃部隊全員を率い、目撃された近くの邑への道を取る。 遊撃部隊の損耗率は群を抜いて高く…… わたし自身が帰還できぬ可能性すら考慮に入れた、父からの餞の言祝ぎだった。
その日……
――― わたしは、指揮官先頭の伝統に倣い、当該の邑に向かい走り出したのだ。




