――― 本懐の欠片 ―――
兄上の善き伴侶と成るべき人には、この紋章の意味を知っていて貰いたい。
騎士爵家の矜持が詰まっているのだから。 片手に紋章印鑑を取り、片手に練った魔力を与えた小さな銀塊を持つ。 試しに、グイッと捺してみると、かなりクッキリと『紋章印鑑』の印面が転写された。
ふむ…… 使えるのは兄上のみの筈なのだが、相手が文書で無いと、効果は発揮しない付与魔法なのか。 掌の内にある、きちんと紋章を転写した銀塊。 わたしの練り込んだ『練り上げた魔力』が銀塊に漲っている。 此れなら、『蓄魔池』として使えるかな。
手早く、手印を切り、符呪魔法陣を浮かび上がらせて符呪を行う。
書き込んだのは、【防御】の符呪式。 『魔法』『物理』の両方での”危害”が着用者に加えられようとした時、反射反応として、各種の『魔法防御壁』が攻撃手段と着用者の間に立ち上がる、そんな符呪式だ。 練り込んだ魔力総量から、五回から六回は大丈夫なはず。
形を整えた後、兄上のカフスボタンのペリドットの宝玉を取り出し、銀塊をカメオと成し、その中に配置した。
わたしには、美的なセンスと云うモノは無い。 無いが、格式を伴った相応の宝飾品は魔法学院の級友たちの胸元に輝いていた『物』を知っている。 アレに形を似せたのだ。 クラバットの中央を留める宝飾品。 どうだろうか? お二人に、気に入って貰えれば良いのだが。
うむ。 コレを『御義姉上』にわたしが認めた『証』として贈ろう。 兄上の隣に立つ者として、『敬意の在処』も示しておきたい。 そして、何よりの家族が認めた、兄上の隣に立つ者と成るのだから。
残ったカフスの残骸は、小さく丸く纏めて二つの『金』の宝玉とした。 練り込む魔力に、『反射』の魔法を付与して置いた。 後で、誰かに耳飾りか髪飾りにでもして貰えば、彼女を守る宝飾品と成ろう。 まぁ、その細工は兄上に託しておくとしよう。
執務机に有った『良き紙』に、その旨をしたため、二個の宝玉を置いておく。 特に署名はしていないが、気が付いてくれればそれでよい。
―――
そんな事をしている内に、幾許かの時が過ぎ去り、装いを整えた兄上が寝室から侍女を伴い姿を顕わした。 兄上はわたしの装いに倣い、騎士爵家継嗣が正装を着用してくれていた。 その様な気張った場面では無いのだが、これからの『騎士爵家の在り方』を模索する場に出るのならば、その装いは正しいかも知れない。
所謂『覚悟を示す』ことにも繋がると思う。 兄上がそのように思っているかは別の話なのだが、その様に見えれば、これから行う家族会議も『箔』が付きそうな気もする。 単なる『帰還挨拶』でも、『家族の雑談』でも無く、騎士爵家の今後を決める、『家族会議』の体裁は整えられるのだ。
我が騎士爵家の家族は、自分達が貴族であるという意識が薄い。 王都、魔法学院にて学んだ『わたし』だからこそ、この国を支える貴族社会のルールと云うモノを身に着けたと云えよう。
ならば、コレでいい。
「待たせた…… 本当に…… コレも一緒で、本当に良いのか?」
「兄様の半身で在られるのでしょう? 善きかと。 君…… いや、御義姉殿。 兄上に見初められし貴女は、これから、そういう目で見られます。 これからは、もう専属侍女ではありません。 よって、侍女服のホワイトエプロンとホワイトブリムは使わないで下さい。 急な事で兄上も御義姉上にドレスの準備は出来ませんが、侍女服は式服に準じたモノですので、火急の場合は公の場に侍女服での出席は認められております。 ……が、エプロンとホワイトブリムは不必要となります上、装いとして、兄上の横に立つ者として不適切です。 代わりにコレを付けて下さい。 ……コレはご存知ですよね」
兄上に手渡し、御義姉上に御見せしたのは、兄上の予備のクラバット。 騎士爵家に嫁す者は、その身分を問われない。 王国貴族院への報告、承認の義務すら無い。 が、継嗣が妻となれば、いずれ貴族籍を取得する事と成る。 その際に必要なのが、貴族身分を示すクラバットなのだ。 夫の予備のクラバットならば、その妻が使用する『正当なる権利』が存在する。
そして、兄上が彼女にクラバットを差し出したという意味は、彼女を何としても自身の妻として認めさせるという、『意思表示』でもあるのだ。 魔法学院の中で、婚約者と共に同色同柄のクラバットを付けている、仲睦まじそうな者達を、あちこちで見た記憶があるのだ。 そんな幸せそうな方々と、同じような表情を浮かべて貰いたいと思う。
「あ、あの…… わ、わたくしには……」
「いや、いい。 弟に指摘されるとは、恥ずかしい事だな。 指摘されて初めて認識できたとは…… 母上に叱咤されるな。 いや、男児たる者、心に決した事への責任を取らねば成らぬからな。 ……わたしの心だと思って、コレを受け取って欲しい」
「若様…… わたくしで…… 本当に……」
「君が良い。 君しかいない。 闇に包まれし時に一条の光と成ってくれた君が、ずっと傍に居て欲しいと、真摯に思うのだ。 難しい立場になり、相応の負担が君に掛かるのは承知している。 だが…… 諦めるという選択は、私の中には無い」
「………………はい。 望まれるのならば…… 謹んで、お受け取り致します」
「ありがとう…………」
お二人の様子に、ほっこりとした物を感じる。 あぁ、やはり、兄上にはこのような方がお似合いだ。 だから、わたしも言祝ぎの言葉を口にしつつ、用意した物を渡すのだ。
「御義姉上。 兄上がお気持ちが、届きました事、誠に嬉しく思います。 おめでとうございます。 兄上と御義姉上の未来に光あらん事を! ……『言祝ぎ』の証として、コレを」
そう云って、御義姉上に先程作り上げた銀の宝飾品を差し出す。 専属侍女として勤務していたのならば、それが何かは言わずとも判る筈だ。 御義姉上の困惑した顔を見て、視線を兄上に向ける。 兄上も困惑気味だ。
「魔法学院にて『開花』したわたくしの『特異魔法』にて作製いたしました。 宝石は兄上のカフスより頂きましたので、兄上、事後報告では御座いますが、ご了承ください。 御義姉上、これで貴女は我が騎士爵家の一員と云えましょう」
「貴様なぁ…… いや、小言は後にするか。 あの寡黙な幼き弟は、何時からこんなに饒舌になったのか……」
苦笑を浮かべつつ、御義姉上にクラバットを着用させ、宝飾品を飾り付ける。 当然の様にエプロンとホワイトブリムは、兄上の手により外される。 濃紺の専属侍女服は、彼女の美しさを際立たせ、普段とは違うであろう表情を、その美しき顔に浮かべている ……らしい。
若干上気した御義姉上の表情を慈しむ様に見詰める兄上。 心を共有した者達独特の、柔らかな表情を浮かべる二人。
――― あぁ、善き哉!
『神』とやらよ、わたしに試練を与えし事、感謝申し上げる。 わたしの望みの一端は、此処に成就した。 この倖せなる光景を守らんが為、私は粉骨砕身の努力をしよう。 あぁ、神に誓うさ。
無為に生きた『私』に、”生きる目的”を与えて下さった事を感謝しつつ、誓うのだ。
” ささやかな倖せでも、わたしの『手』で護り切って見せる ”
―――と。




