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――― 敬愛する兄の半身 ―――

 


「そのままで。 ……兄上。 王都 魔法学院より帰還いたしました。 状況はお聞きしております。 少々わたしの言葉に、耳をお貸しくださいませんか?」


「…………帰ったのか」


「はい、先程。 家族の皆々様に、帰着の報告が致したく存じます。 また、父上を始め家族にも、相応に『ご挨拶』いたしたく存じます。 皆様方は、父上の執務室にてお待ちです。 状況が状況の為、兄上のお迎えに、わたくしが参じました」


「俺は………… ダメだ……」


「兄上は、騎士爵家、御継嗣様に御座いましょう。 わたくしは、騎士爵家の次代を紡ぐ、『慈愛の戦士(・・・・・)』の同席を強く請います。 王都にて学びし事柄に、敬愛すべき目上の者への『礼節』と云うモノが御座いました。 強く、強く、この心に刻み込まれました。 その成果、お見せしとうございます」



 光が灯った目でわたしを見詰める長兄様。 わたしの口上を聴き、何かが長兄様の琴線に触れたのか、ノロノロと半裸の上半身を黒髪の女性から引き離す様にして寝台に座す長兄様。 真っ直ぐな言葉のみが、長兄様には届くとの思いから言葉にした『慈愛の戦士(・・・・・)』の呼び名。 黒髪の女性は、未だ状況を把握できずに、顕わに成っている胸部を、寛げた着衣で隠す事に難渋していた。



「御支度ください。 ……ところで君。 君は、兄上の専属か?」


「………………はぃ」



 か細い声がそう応える妙齢の女性。 乱れた着衣は、専属侍女の物。 結いの解けた長い黒髪が、美しい顔に掛かり、なんとかわたしの視界から逃れようとしていた。 その気持ちも判らぬモノでは無いが、不要だ。 君が居たからこそ、兄上は保たれたのだ。 時間は十分では無いかも知れない。 しかし、『兄上の崩壊しつつあった心の回復』の初動(・・)として、多分これしか無かったのだ。


 心を壊した兵士が、心の拠り所無くしては、闇落ちするしか無い。 それが、どのような破滅的な状況に突き進むのかは、幾多の『戦史』に刻まれた通り。 ならば、わたしは、感謝を捧げねば成らない。 それに、この女性は兄上の専属侍女なのだ。 つまりは、母上が兄上の傍に御付けに成った方だ。


 その資質は極めて厳重に審査されていて然るべきなのだ。 このような仕儀になって、少々困惑も有るが、条件的に云えば、この女性を『御義姉』と呼んでも…… まぁ、差し支えなく、許されるだろう。 ……それも、母上の掌の上なのだろうがな。 



「君の献身は、兄上の心を癒し、兄上が正気を失う事を押し留めてくれた。 礼を言う」


「い、いえ…… そ、そのような…… も、勿体なく………… め、滅相も御座いません」


「戦史を学ぶ者は皆『熟知(・・)』しているのだよ。 心を壊した者には、それを癒す者が必要なのだと。 わたし達家族は、君を兄上から離す事は無い。 兄上の心の在処として、君の存在は必要不可欠な物となったのだ。 兄上の半身とも云える存在(・・)と成ったのだろう。 だからこそ言う。 兄上に支度をしてあげて欲しい。 貴女の手で」


「………………う、承りました」


「兄上。 時は満ちました。 御身体は快癒し、今は、行動に移るべき時間です」


「おまえ………… 王都でどのような教育を受けてきたのか。 苛烈であり、矜持に満ちたモノだと、垣間見れるな」


「有難い事に、色々と。 さて、わたくしは『兄上の執務室』の方でお待ち申し上げますので、御仕度を」


「あ、あぁ…… こ、コレも、連れていっても…… 問題は無いだろうか?」


「あぁ、御心を決めておられたのですね。 宜しいのではないでしょうか? 生涯を共にしたいと御考えであれば」


「…………そうか」


「そうです。 男児として、成した事の『責任』を取らねば『不義』と成るでしょう」



 濁った瞳から、急速に暗い影が消えていく。 瞳の中に光が生まれていた。 そうか…… 成程。 兄上が思い悩んでおられたのは、きっと、御自身の身の振り方。 そして、責任の取り方。 継嗣に非ず、柔弱、付和と罵詈雑言を弱った身体と心に対し吐かれ、騎士爵家の継嗣たるを御自身で疑われた兄上。


 その身分を失った自分に、自信が崩壊し契りを結んだ女性に対しての責任も果たせぬかもしれぬと、思い悩み…… 逃げ…… 誰にも相談できずに、内側に籠られて、にっちもさっちも動きが取れずに居られたのか……


 ―― そういう事だったのか。


 ならば、わたしがこの場に来たのも、正解だといえよう。 踵を返し、兄上の執務室へと向かう。 壊れた鍵はそのままに、執務室で兄上を待つ。 部屋の停滞した荒れた執務室に ” 遣る瀬無さ ” を、感じてしまった。


 執務室の壁に手を添える。


 内包魔力を練り上げ、様々な『命令』を織り交ぜつつ、壁に魔力を放出。 壁と接している物ならば、私の意思を具現化できるのだ。 重く光を遮るカーテンは開けられ、窓は開錠され大きく開かれる。 部屋に散らばる物品は、在るべき場所に在るべき様に飛び交い重なる様に収納される。


 埃は窓から吸い出されるように消え、外の清浄な空気が執務室一杯に広がった。 惨憺たる情景から、秩序ある情景へと変化した。 そんな中で、わたしは『執務室の壁』に取り付けてある、支配地域の地図へと吸い寄せられた。 


 きっと『その時(・・・)』の状況を示すモノ。 あちこちにピンが打たれ、一目で理解出来るようにしているのは流石だと思った。 コレはまさしく長兄様の御手によるモノ。 言葉による伝達を目に見えるようにするのは、状況を理解するには一番の方法だと改めて思った。



 ――― 純粋に軍事行動としての、この度の仕儀を再考察してみる。



 色々と問題点も見えて来た。 一番の問題は情報伝達の正確性について。 人の主観で報告される現象は、正確性に欠ける。 平時ならば、小さな出来事も大事に感じられ、重大事案の場合は日常性(正常バイアス)という心の動きで、過少に報告される。


 問題の対処方法として、統一した『一定の基準』が必要な所だ。 各地域に於いて危険度の認識に差異が有るのが大きな問題となるのだ。 ふむ…… 興味深い。 軍事的に見ても、研究の余地が大きい事柄でもあるな。 情報の伝達方法。 情報の報告の定義。 即時性の問題。


 難問だらけだ……


 壁の地図を見つつ、深い思索に囚われそうになる。 いかんいかん、今はその時では無い。



 ――― そう云えば、あの女性。




 兄上は同道したいと思召した。 では御立場は? 専属侍女として? いや、それでは弱いな。 兄上は生涯を共にとの思召しだ。 ならば、わたしにとっては『御義姉様(・・・・)』と相成る。 同道せよと、そう兄上が御声かけられたが、あの方は自分がそう云った立場になったと理解出来ようか?


 簡単には無理だな。 謝絶なさるだろう。


 ならば、その(・・)認識を持ってもらわねば成らない。 単なる『専属侍女』ならば、今の父上の執務室に入室する事は叶わない。 父上は、執務室からの完全人払いを命じられておられるからな。 兄上から、あの人を引き離すのは悪手もいい所だ。 未だ兄上の心の傷は癒えず、兄上の心の半分はあの方が保持されているのだ。 帯同が許されなければ、兄上の心を半分に叩き割るのと同じ様なモノだ。 


 彼女を父上の執務室内に呼び込む為には……


 そうか、『事実上の伴侶』としてしまえば済むのだ。 であれば、家族だ。 騎士爵家の一員ならば、当主の人払いの範疇から外れる。 そして、承認としては、家族の誰かが、その様に認識していれば ” 仮 ” ではあるが、領主一家の者と認識される。


 ―――― ならば、その様に体裁を整えねば成らない。


 その証(・・・)を作らねば成らない。 視線を部屋の片隅にある、茶道具がまとめられている場所に向ける。 幾本かの純銀のカトラリーが目に止まる。 よし、コレを使おう。 


 さらに、執務室において、急な来客に対しての備えとして、ある程度の装飾品も保管している。 その中から、兄上の眼の色と同じペリドットを付けたカフスボタンを取り上げる。 あとは、兄上の予備のクラバットを小さな衣裳棚から取り出した。


 カトラリーの銀製のナイフとフォークを掌中に入れ捏ね上げる。 『銀』は魔力によく馴染むので、粘土のように丸めて、『練った魔力』と共に練り込む事が出来るのだ。 兄上の執務机の席に座り、銀を練りながら視線を周囲に走らせる。


 ふと、兄上が使用する、騎士爵家継嗣の『紋章印鑑』が目に入る。


 かなり特殊な印証で、この印を捺すのは兄上しか出来ない特殊魔法が掛かっている。 いや、継嗣のみという条件だったかな? 実際、この紋章印鑑の印面は特殊な符呪が施されていたのだ。 登録されたモノ以外が使用しても、紋章印章が転写されないのだ。


 ふーん。 そんな術式も有るのだな。



 ちょっとした悪戯心が浮かび上がった。




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ニヤニヤ 腹を据えたイタズラは時として千遍の報告に勝る ゆけーw
お片付け魔法、欲しいー!売りませんか?
話の内容よりお片付け魔法にすべて持っていかれるw
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