いざ征かん。 『世界の理』を求める探索行へ
——— 隧道までの『魔の森』中層域の道行。
思った以上に、様々な問題を抱えてはいたが、予備調査の段階でその脅威を打ち払う事が出来た事は重畳だ。 射手隊、観測隊を含む調査隊の皆の力量も、高まっている事を確認できた。 春先からの探索行で、彼等は十全に働いてくれることを確信した。
魔物魔獣の接近を知らせる『鳴子残響器』の密なる設置も終わった。 拠点では、受動的に小道に接近するモノを観測できる事と成った。 探索隊の面々の見地により、より密により精度高く、危険度の大きな魔獣魔物を判別できるのだ。 コレは、この先の探索行に於いてとても重要な事柄と成る。
そう、要らぬ損耗が引き起こされぬ様、慎重なる行軍の助けと成るのだ。 予備調査は隧道入口まで。 その先は、現状の人員では心許なくも有る。 隧道から流れ出る流水が清冽である事を確認し、また、魔力濃度が低い事も観測された。
――― 予備調査は十分な成果と知見を我等に齎した。
こうして、『冬季中層域の予備調査』は、皆の努力の甲斐もあり、華々しくは無いが、重要な作戦として成功裏に終わった。 冬季と云う厳しい季節の最中、あの隧道入口迄の道程を整備し終えた。 『鳴子残響器』の設置も『魔力濃度測定器』の配置も終えた。拠点に於いて、隧道迄の安全は『魔の森』浅層域と変わらぬ程となったのだ。
これにより「探索行」続行への支障はほぼなくなったともいえる。
探索隊本隊を機能させ続けるだけの物資を輜重隊が兵站線を維持しつつ送り込めるのだ。 冒険とは違うのだ。 我等が成すべきは、『探索』 知見を得てこの世界の理の一端を掴む為の道行き。 そう、冒険心とは対極有る冷徹な現実認識と安全確保の重要性をいやがうえにも、認識させられる。
『冬季中層域の予備調査』に於いて、足場固めは完了した。
故に、この先の『探索行』への計画を策定せねばならない。 慎重に突発的事態にも対処できるように。 自身が持つ知識知見以外の意見も踏まえねばならない。
———— § ――――
『探索隊』の主要人員に対し、拠点の執務室への集合を命じたのは、冬の終わりを告げる、雪雷と雪交じりに驟雨が中層域の森を包み込んだ日だった。 雪は解け、道はぬかるみ、魔物魔獣達は塒から這い出して来る。 全くもって厄介な期間でも有る。 その時期は拠点に籠らねば成らない。 だが、その時間を有意義に使う事も又、指揮官たる者の責務なのだ。
「春の到来だ。 皆の自己鍛錬も極まった。 ならば、行動すべき時と云う事だ。 探索を再開する時が来た」
「いよいよですな。 あの断崖の向こう側へ、ついに足を延ばす時が来ましたな」
「猟兵長、及び、各隊の長に通達する。 未知の出来事が続くと思われる。 王国の誰も知らぬ事柄を知る事となるだろう。 予断は身を亡ぼす。 有るがままを受け入れつつ、危険の認識を常に更新して前進するしかない。 幸いにして隧道が行く先に伸びている。 地上は、ある意味迷いやすい迷路のような様相だろう。 だが、我々には行く道を定める隧道があった。 幸運であった」
私が静かにそう口にすると、探索隊の部隊長達は、目に赤輪を浮かべた視線を私に投掛けつつ、大きく頷く。 皆、理解しているのだ。 中層域の森がどれ程危険なのかを。 そして、隧道が危険地帯を突破する、比較的安全な道だという事を。 断崖向こう側の様相は、未だ未知数ではあるが、森の中を進むよりも、視界が確保でき、一本道と云う事もあり、絶大な安心感が有るのだというだ。
「目的地は…… あの多層階層的人工物と思われる『塔』ですかな」
「塔……か。 先ずは、あの場所を目指す。 地理的に見て、北方『魔の森』の中心部に当たると思われるからな。 各人、携帯用に『魔力濃度測定器』の配布は受けたか?」
「北部辺境伯様…… 王宮魔導院民生局分局長様からの強い思いですな。 探索隊の全員に配備完了です」
「空間魔力制限機能付きの『下着』にも限界がある。 外部魔力濃度に気を配れ。 魔力酔いの症状が兵に出たのならば、すぐさまに衛生兵に通達。 行軍の是非を判断する」
「善きかと。 それで、進発は?」
「滝の水量が戻ってから。 流水が空間魔力濃度を下げてくれる。 行軍の安全度が跳ね上がる。 ぬかるみも解消する。 あと、二週間ほどだな」
「承知。 探索隊の面々に通達します」
「頼んだ、猟兵長。輜重長、兵站路の安全は確保したつもりだが、どうだ」
「物資の移送に関して問題は御座いません。 隧道の先を拠点化して、物資集積所を作り上げる計画を立てております。輜重隊の者達には、限界まで荷を運んでもらう事、了承してもらっております故、ご安心を」
「無理はさせて呉れぬな」
「猟兵隊の者達の厳重な警護が付きます。荷運びに特化できますが故、問題は御座いません。工兵達も自身の荷を運びます。 これまで以上に隧道先の拠点が安全地帯となる様、整備出来ましょう」
「その為の鍛練か」
「運ぶ荷の量が増えました。 皆も自身の鍛錬の成果に驚きを隠せませんな。 この拠点に於いての鍛錬は、砦での鍛練の何倍もの成果を出せるのです。 不思議ではありますが」
「やはり…… 環境か」
敢えて皆は口には出さないが、兵達の体内保有魔力量は増大している。 自身の持つ技巧もまた、それに伴い強化されていると云ってもよい。 未だ、原因は定かでは無いが、この魔力濃度の濃さが関係しているとも思えるのだ。 朋は最初から目を付けていたのだろう。 それが故に、簡易魔力濃度測定器を我等に配備したのだと思う。
「でしょうな。 そうとしか、思えぬのです。 コレは我が隊に限らず、猟兵隊、射手隊、観測隊にも云えますし、医療分隊もまた癒しの能力が増大しております」
「そうか…… 思うのだが……」
「何で御座いましょうか?」
「皆の体内保有魔力や『技巧』を再度計測した方が良いのではないか? 身体能力の基礎値が大幅に上がっているとは思わんか?」
「はぁ…… そうですか? しかし、森から出たならば、この成果も元に戻るやもしれませんぞ?」
「それも…… 知りたい所だ。 いずれにせよ、此処には神官殿は来ることが無いから、出来ぬ相談だがな」
「まこと、その通りに。 いずれ、モノ好きが来るやもしれませんから、その折にでも?」
「そうだな。 この事は心に留め置く事にして置こう。 さて、皆の者。 軍令は下した。成すべきを成し、我等が目的を果たそうでは無いか」
「「「 応 」」」
皆の意思は固まった。 「探索行」への準備もまた、整ったのだ。 我等は国王陛下の密命を果たすべく、覚悟を決める事となった。 まだ見ぬ、「魔の森」深層域への道。 そして、あの多層構造物が何なのか。 尽きぬ興味と、知的好奇心。 さらに、これは、世界の理を解く鍵となる旅路となる。
全ては、民の安寧の為。
愛する者達を、脅威や危険から遠ざける為の行動。 得られる知見は、其の為にこそ使用すべきだし、そう在るべきなのだ。 朋は私の報告を心待ちにしている。人を害するモノでは無く、人の安寧を護れるモノを切望している。
それは私も同じだからな。
あぁ、同じだとも。 過酷な世界に於いて、この世界の真理を解き解せれば、人の安寧は護られる。 何故に古エスタルが滅んだか。 あの多層構造物を建造できた文明を保持した人がどうして、成す術も無く「魔の森」に沈んだのか。 そもそも、魔の森とは何なのか。
この世界の理を解きほぐす事が出来れば、現状の過酷な世界に一筋の光明が得られるのではないか。
其の為に、我等は行動する。 『エスタリアンとの約定』もまた、その中に含まれるのだ。 我等が征く道は、この世界に生きとし生ける者の燈明と成らん事を願ってやまない。 さすれば、我等が覚悟も必要不可欠であり、不退転の決意は魂に刻むべき物で有るのだ。
――― いざ征かん、我等が征く道へ。 神よ、御照覧あれッ!




