【鎮魂祈祷】 恨みを抱く魂の救済
射手達は変わらず巧みに『スリング』を扱う。一糸乱れず打ち出される『魔弾』は、過たず目標の周辺に到達し、そこで【自壊】と【聖水召喚】が発動する。発動は瞬時に魔弾全体に波及し、目標の周辺に紡ぎ出された聖水の塊とも云える水球が生み出される。 魔力は水によく馴染み溶け込む。 そして、聖水には更によく溶け込むのだ。 存在を揺らし始める対象。 うっすらと透けて見えていた帝国軍指揮官らしき軍装が黒い塵のように浮かび上がり、消えて行く。
魔力の集中により、怨念とも云える帝国兵の残留思念の集合体が実体を伴い始め「リッチ」化する。 その魔力が聖水に溶け込むのだ。実体化に必要な魔力の集中が解けてしまう。 つまり、実体が昇華する。 私の考察により、目途を付けていた対処方法と同じだった。 使う術式の違いは有るが、射手隊の対処は間違いない。
目標の実体が昇華し、後に残るは残留思念。 魂の影とも云える、残念の塊。 さて、此処からは衛生兵の出番なのだ。
「目標消滅しました」
「あぁ…… しかし、時と共に実体は戻る。 核とも云える残念は未だそこに有るのだ」
「その度に対処すればよいだけ」
「ダメだ。 奴は時間と共に強くなり、対処方法を考案する。 討伐する事が全てでは無い。 魂の平安は、討伐する事では訪れ無いのだ。 この世界に生まれた者は、その生前の在り方に拘ることなく、この世界の在り方に還元される。魂もまた然り。 教会の教義では無いが、私は強くそう思うのだ。 よって、此処からは我が国の常識、教会の教義から逸脱したやり方で対処する」
そう言い切ると、射手長…… いや、我が佳き人が驚いた表情を浮かべた。 出会えば討伐するのが従来の方策。 しかし、残留思念は残り続ける。この世界に未練を残した魂は、世界に対し強い恨みを遺し続けたまま闇落ちする。 その最後に至る所が、実体無き魔物である事は言うまでもない。 他の辺境域でも観測できていた事柄がある。 森に飲み込まれた村や町が有るとする。 いや、事実、先々代迄の王国史には幾つもの史実が有るのだ。 北辺では見られない事柄なのだが、南方域には多くの史実が残されている。
魔の森を急性に開拓して、黒の森と成し、最終的には森自体を消滅させる事で、人種の生存域を拡大する方策。 王国の常識と云う事柄だった。 生存域の拡大の為に、急性に森を拡大した結果、『魔の森』の反撃を喰らった場所が存在するのだ。 今現在でも、その場所は強い結界を張り、人が侵入する事のない【聖域】とされている。
【聖域】とは良く云ったモノで、実際は思念が凝り固まり、絶え間なく実体を持たぬ魔物が発生しているのだ。 特に【迷宮】と呼ばれる洞穴が有る場所に多い。魔力が濃く溜まりやすいのが、その迷宮と呼ばれる洞穴なのだ。 洞穴が故、流水に寄る魔力の希釈は行われず、徐々に濃度が高まる様な現象が観測されている。 更に言えば、人種の生存域を拡大する為に、その【迷宮】の魔物を屠りその素材を得る為に、洞穴側に都市まで建設されて来た史実が有るのだ。
人の営みが有ると云う事は、墓地も存在する。 更に、より多くの素材を収集に血眼になる多くの冒険者達が、洞穴の奥で死亡する。 後に残るのは、“生きたい”、“死にたくない”と云う強い願望と、“俺が、私が死んだのに、なんでアイツは生きているのだ”と云う、怨嗟にも近い残留思念だ。 誠に質の悪い事に、この残留思念が核となり、『スケルトン』、『リッチ』に代表される実体を持たぬ魔物が生まれるのだ。 そして、起こる【魔嘯】 洞穴を内包する『魔の森』の逆襲である。
実体を持たない魔物は物理攻撃が通らない。 神官や魔導士の出番となるが、そもそも戦闘力を有する神官や魔導士の頭数は足りない。結界を張り、その地を封印するのが精一杯と成るのだ。恒常的に結界を張る訳には行かないのも又事実。 結界強度が弱まってくれば、神官を遣わせて追加で結界を構築するしかない。
……悪い事に、此れが教会の大きな財源に成っているのも又事実。 国の執政府からの依頼と云う形で、国庫の少なくない金穀が教会に流れているのは、貴族ならば誰でも知って居る。 南方領域の、東方領域の貴族達の税負担の大きな支出先となっているのも、魔法学院で統治の基礎を学んだ貴族ならば誰もが知って居るのだ。
そして、それを諦めても居る。
心の中で私はそんな貴族達を哀れに思っていた。 それだけの金穀を民の為に使う事が出来るのであれば…… いや、そもそも、税として徴収する事が無ければ、南方はもっと豊かになってたであろう……と。
北方では、事情が違う。倖薄き地であるが故に、開発は遅々として進んでいない。人の領域の拡大等、望むべくもない。 森を焼き、開墾するだけの体力が無いのだ。 細々と森の恵みをかすめ取るくらいしか、出来よう筈も無いくらい、北辺は貧しく誰もが生き残る事だけで精いっぱいだったのだ。
故に…… 『聖域』を維持する為の『税の負担』を求められる事は無いのが、不幸中の幸いとも云える。 森を開拓する余裕が無いのが実情であり、森はより直截的な脅威でもあったのだ。 北辺の『魔の森』浅層域の全域が『王領』となった今でも、それは変わらない。
そう、我等が支配領域には『聖域』の存在は必要無かったのだ。 北部辺境域の教会の影響力が小さいのはこのためでも有る。
だから、此処に残留思念を残しておくわけには行かないのだ。こんな『魔の森』の中層域に教会の神官を連れて来る事等出来はしないし、教会も派遣などして呉れよう筈も無い。 しかし、やり方は有るのだ。 別に『聖域』を結ぶ必要もない。 いや、もっと根源的な事を云うならば、『聖域』は必要無いのだ。 考えは最初からあった。 もし、この怪異が壊滅した帝国軍の残留思念が元に成っているのならば。 私は一人の兵を呼んだ。 彼がその鍵となるのは、私の中では至極当然な事だったのだ。
「……衛生兵班長。 たしか…… 君の恩寵は、神より頂きし『技巧』は『神職』だったな」
「はいッ! そうで有ります!」
「では、教会にて基礎は学んだのだな。 修練の後、如何ほどの『階位』を授けられたか?」
「教会での修行を終え、与えらえた階位は第三位神官です」
「宜しい。 ならば、【鎮魂祈祷】の神聖術式は編めるな」
「精霊術式が一つです。 教会にて学びました」
「重畳である。 君が編み、私が補強する。 出来るだけ深い祈りの精緻な術式を編んで欲しい。 必要な魔力は、私が補助しよう。もし必要ならば、『蓄魔池』を繋ぐ手も有る。君は術式の構築を第一にし、強固で精緻な術式を編んで欲しい」
「承知しました。 場所は?」
「帝国兵の埋葬地だ。……無念を昇華し、安らかに眠り、輪廻の道を歩めるように【鎮魂祈祷】を頼みたい」
「神官としては誉れで在りましょうな。 この様な状況に於いては、教会は『聖域』の発動を要請します。 荒ぶる魂と残留思念を抑え込み、封じる【神聖結界】をね。 しかし、指揮官殿の御考えは、遥かに現実的だ。 荒ぶる魂となった残留思念を慰撫し、輪廻の輪に誘う事は、何よりも神の御業を使う者にとっては、『神聖』に等しいのです。 【鎮魂】は『恨みを抱く魂』の救済ともなる。 教会の導師からは『秘術として表に出すな』と、言われておりましたが…… 指揮官殿は知っておられたのですね」
小さく頷く。 魔法学院の禁書庫に於いて、その様な術式が有るのは知って居た。 ただ、誰もがその価値に気が付いていなかった。 単なる浄化の術式。 そう、認識されていたのだ。 術式強度も弱く、何の為に編まれたのかすら、分かって居なかった。
だが、教会は此れを禁呪指定と成した。 より強力で強固な 【神聖結界】 が有るが故に、神聖なる精霊術式を広めたくは無いとの意思が働いたと言われているが、それは違う。 私は術式を読み込んだ。 コレは鎮魂の術式なのだ。 魂を輪廻の輪に戻す為の、人を人のまま大いなる流れに戻す為の術式。
アイツ等、金の為にこの術式を隠したのだ。
強い憤りを覚えた事は、言うまでもない。 だから、この場で証明する。 この小さな祈りの精霊術式が、『世界の理』の一つであるのだと。




