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回復に必要なのは眠り。


 

 我が「佳き人」の絶叫ともいえる言葉を聞きながら、私は崩れ落ちた。いやはや、【雷槍】を生身で受けて生きているとは、驚きを通り越して不可解でもある。無茶をしたのは、指揮官の使命でも有るのだが、何故五体満足で生きているのか説明が付かない。倒れた原因は魔力欠乏が原因だった。あれだけ連続して咄嗟術式で【結界】を貼ったのだ。体内保有魔力が枯渇しても不思議ではない。


 衛生兵や『我が佳き人』が大天幕に私を連れ込み、治療にあたってくれた。治療といっても、体に受けた傷などは僅少。装具がほぼ全ての『雷の刃』を防いでくれたようだ。それも、望外に。コレは少し考察する必要も有るな。


 咄嗟術式で紡いだ【結界】もよい仕事をしてくれた。錬金塔での研鑽が役に立ったと云う訳だ。あの頃、実験に失敗して爆発した際に身に付けた技だが、こんな所で役に立つとは思いもしなかったな。


 私のミスで遠征隊の皆を危険に晒してはしまったが、誰一人として怪我を負う者がいなかったのは、不幸中の幸いともいえる。気を引き締めねば。我が「佳き人」について、私はとても心を傾ける事が今回の事で理解できた。今後はもっと気を付けねばならない。探索隊の安全と行動を実行するにあたり、私の行動と「佳き人」の行動はセットで考える方がよさそうだ。


 大天幕に簡易寝台が準備され、その上に横たえられる私。まだ、少し痺れてはいる。装着していた装具は、見る影もなく破断し焼けていた。当然の事ながら、万が一を考え治療を開始するべく、装備装具は脱がされる。判った事があった。あれ程の霹靂と【雷槍】を受けても、私の身体には傷一つ着いていなかった事。これは朋が用意してくれた装具である、下着が謎を解く鍵でもあった。


 朋の作ってくれた下着は、外部の魔力濃度に関わらず、内部を一定の魔力濃度にする為の物。濃い空間魔力に晒され続けると魔力過多症と同じ症状が出るのだ。生活空間である街と同等の空間魔力量を常に吸収していると、朋は言う。蓄魔器官を持たぬ人族は、身体全体が蓄魔器官と同等と云う事かもしれないと、朋は嗤っていたが、その考察があながち間違いでは無いのではないかと思う。


 常に高濃度な空間魔力量の『魔の森』の中では、多くの者は体調不良を訴える。浅層域ではまだましだが、森の奥に入るにつれ、その頻度は高くなる。これの原因となる高濃度の空間魔力量を調節する為に朋が作ってくれたのがこの下着だ。下履きや手袋、長靴等は、それには含まれないが、高濃度空間魔力を考えてそれらの物には『魔力遮断塗料』の改良版を塗布している。


 いつぞや、装具全てに塗り込んだ際、外部の魔力を遮断した結果、魔力枯渇で倒れた経験が有る。遮断は出来ないと確定した事故だった。朋の開発完了を待たず先走った結果の事だったから、文句は自分自身にしか言えない。それが有ったからこそ、朋の下着の効能と、其処から導かれる空間魔力量と人族の関係性、そして、魔物魔獣の生息域がおおよそ固定されている現象への回答が……


 ――― 生物の生存域は、空間魔力量に依存している


 と云う仮説だった。実地に、そして、間近にその現実を突きつけられた気分になっている。今回の事もそうなのだ。魔鳥リナウスが放つ【雷槍】と周辺に漂わせる霹靂は純然とした魔法なのだ。そして、その魔法を具現化しているのが魔力。ならば、魔法の攻撃と云うのは、形を造られ、方向性を持たされた魔力の塊だとも…… 云える。前世に於いて、まともな教育を受けられなかった私は、なんとかしようとして、同級生が校内のゴミ箱に捨てた教科書や参考書を貪り読んだ。 物理とも数学とも言えない部類の考え方に、スカラーとベクトルと云うのがあった。


 魔力と魔法の間の関係性は、それに似ている。純然たる力としての魔力(スカラー)に対し、形と方向性を与えた魔法(ベクトル)。そう考えると、辻褄(つじつま)は会うのだ。魔法の威力を上げるのには、良く想像力が必要だと言われる。どんな物を想像して、魔法を形成するのかが、神髄であるとも。その為の補助として魔法術式があると、学院の教諭は教えて下さった。


 が、発動するだけでも精一杯な学生にとって、想像と云われても良く判りはしない。更に言えば、想像により形を与えようとしても、それに必要な魔力の担保が無ければ不発に終わる。指向性にしてもそうだ。一点突破か広範囲か…… 攻撃魔法は、一点突破に特化していると考えても良い。広範囲だと【範囲治癒(エリアルヒール)】と云う事だと、今になって理解に及ぶ。ならば、魔力を遮断できる塗料は、魔法自体を防ぐ防壁と云っても良いのではないか?これは、朋と語らねばならない新たな知見とも言えた。


 体内にある魔法の発動履歴と云うべき、術式の痕跡を追えば、今回私が咄嗟術式で編んだ【結界】が何度発動したかを数える。常識とかけ離れた事が有るのだ。いくら「伯爵級」の内包魔力保持者でも、咄嗟術式で無詠唱により編む【結界】を発動できる回数には限りがある。その回数を大幅に上回る回数、私は発動していた。


 衛生兵が心配するのもわかる。そこまで連続発動していれば、如何な私の体内魔力量でも枯渇する。今の状態がそうなのだ。魔力欠乏症と同等の症状がでているのだ。だが、言わせてもらえば、その程度(・・・・)で済んでいる。何処から持ってきたんだ、その魔力は?考察するに然るべき事柄だと思う。考え込み始めた私に、(いか)めしく衛生兵長が言葉を紡ぐ。



「少々、お眠りください。まずは、此れを飲んで頂きます。体内保留魔力が枯渇寸前です。装備は脱いで、寝床でお休みください」


「ふむ……」



 差し出された薬湯を飲む。苦くはないし、優しい味がするのは何故だ?魔力回復ポーションは相当ひどい味だったような気がするのだが? まぁ、専門の薬事方でもある衛生兵長の見立てだ。悪い筈も無いし、大人しく云う通りに嚥下した。



「 ……どのくらい眠ればいい?」


「少なくとも一昼夜。その為の薬草も準備いたします。魔力の回復は下着を着たままでも可能ですので」


「急速回復用に、ポーションが有ると思うのだが?」


「此処は安地と云えましょう? ならば、無理は禁物です。緊急時には必要ではありますが、アレには重大な副作用があります故、高頻度の使用は避けたく」


「なるほど…… 理解した。済まないが眠らせて貰う」


「それが宜しいかと」


「輜重長、猟兵長に外側の警備と、持ってきたモノの設置を頼みたい」


「わたくしから伝えましょう」


「頼んだ。先程から眠くてしかたない」


「薬が効いて来たのでしょう。射手長、指揮官殿の事、頼みます」



 強く慈愛深い衛生兵長が、軽く【安眠】の精霊術式を組むのが見えた。そうだった、彼は神官の技巧と資格も保持していたな…… うつらうつらし始めた私の耳朶に、我が「佳き人」の声が届いた。



「はい。……あの、衛生兵長」


「なにか?」


「指揮官殿のお、御顔なのですが……」


「濃い日焼けの様になっておりますな。まぁ、心配はいらんでしょう。此度の事で唯一の被害とも言えますな。 ハッハッハッ! 街の『教え処』で、雷魔法を暴発させた腕白坊主を思い出しましたぞ」


「いえ…… それで……」


「眉やら、まつ毛、頭髪までチリチリになっておる…… 毛は生え変わる事は判っております。 ……いっその事、丸坊主にして残っている眉も剃ってしまった方が、清潔でもありますな。 嫌ですかな、射手長は」


「い、いえ、その様な事は。 でも…… 北部辺境伯家に於いても、大切な御身ですから。どのように報告すればよいか、途方にくれます」


「ならば、帰還を遅らせればよい。拠点(ポンティス)に於いて療養とすれば、韜晦出来ましょうし、不審に思われても顔を見せれば辺境伯様は一笑に付され済みます。 …………そうだな。剃っちまいましょう。清潔操作ならば、毛が無い方が良い」



 意識が朦朧としている中、衛生兵長が剃刀を持ち出し、ゾリゾリと音がしていた。 前世に於いても、頭髪は死ぬ間際まで残っていたと云うのに…… 眉まで剃られてしまうのか…… それは、それは…… 恐ろし気な表情に成るのだろうな。 肌は焼け、皮がポロポロと剥がれ落ちるのだ、きっと。強い日焼けと変わりないと衛生兵長は口にしたのだから……


 そうなるに違いない。



 うん、まるで、バケモノだ。 それでも、我が佳き人は堪えてくれるのだろうか? 両手を口の前に当てて、驚きの表情が顔に固定されたような我が「佳き人」が揺らめき……



 ―――― 白濁した視界も徐々に暗くなり……


     …………眠りについた。



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― 新着の感想 ―
そこに流れてる魔力たっぷりの水じゃアカンのか?(スットボケ
オッサン的にはドリフの爆発オチを想像してしまう
(髪の毛)全滅エンドとは驚いた
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