指揮官の感謝の在り方
何より、戦地で動き回る使命を担っているのは兵なのだ。
思考の中から、此処を外す事は出来ないし、してはならない。 騎士爵家が漢が、命の遣り取りをする場所で隣に並ぶ者達を貴ばない道理は、一欠けらも無いのだ。『同じ釜の飯を食う仲』と云う言葉は、前世も現世も変わりなく存在するのだ。
きっと、それが普遍的であり自然発生的なモノであると、そう確信している。
その事を踏まえても、兵に十分に喰わす事は将として、第一に考えねばならない事。本領の国軍はその限りでは無いらしいが、こと辺境に於いては第一に考えねばならない事だ。 天幕を出て、兵から少し距離を置き、配食される温食が入った飯盒を受け取る。持ってきたのはもちろん彼女だ。隣に座る様に促し、二人して神に感謝を捧げた後、スプーンを飯盒に突っ込んで食べ始める。 マナーとか云ってられる状況でも無い。
温食の熱量が胃袋に落ち、全身に染みわたる。
よく煮込まれ柔らかくなった芋も旨い。塩味がキツイが行軍後の身体には優しいと思う。かなりの汗はかいている筈だ。足下に流れる大量の水はあれど、それには届かない。 更に言えば魔力を大量に含む水は、体調に変調をきたす。飲料には不適なのだ。だからと云って、【聖水召喚】で得た水もまた、飲料には適さない。魔力を糧に紡ぎ出した『聖水』は、命の水とは言い難いのだ。
教会では『聖水』を『聖なる力が漲った水』と定義しているが、魔法術式や魔導を学ぶ者にとっては、全く”別モノ”である事は、公然の秘密と云える。王宮魔導院辺りでは、高らかには謳えなくとも、『聖水』の持つ力と云うのは、『魔力を奪う水』と定義づけられている。
不死系の魔物が、『聖水』にて昇華するのは、何もその『聖なる力』で昇華されるわけでは無い。 そう、魔法生物である彼等から、魔力を奪い去るが為に、その存在が維持できないのが原因なのだ。それを只人が飲料水代わりに飲むとするとどうなるか。体内の保有魔力が『聖水』に溶け出してしまうのだ。
教会が『聖水』での治癒を目的として使用するのは、魔力多過症の方々に限る。 決して魔力欠乏症を発症された方には、使う事が無い理由でも有るのだ。このため、この探索行では飲料水を樽で運ぶ必要があるのだ。 そして現状、飲料水しか手持ちの水は無い。水浴びなど望むべくも無いのだ。水問題は、未だ片付けられていない、私達探索部隊の問題の一つである。
――― 口に運ぶスプーンの速度は落ちる事無く、飯盒は空に成る。
と、同時に飯盒は、横に座って同じように食事をしていた彼女の手に渡り、代わりに黒茶の入った大ぶりのゴブレットが手渡される。私と同じ速さで飯を食う女性は、中々お目に掛れる者では無いのだ。特筆すべき事柄でも有るのだ。淑女としては、どうなのか…… 等と、私が言う訳が無いのは、彼女も先刻承知だ。同じ釜の飯を食い、同じ速さで平らげる。誠、『我が佳き人』なのだ。 そんな彼女は、今夜の野営計画についての話を始めた。
「食事後は各自装備装具の再点検を成し、明日に向けて天幕にて野営いたします。歩哨は三交代、輪番二回。各員全て完全武装の上、呼子を口に咥えますので、他のモノは眠りに付けます」
「そうか。……通常の『野営』よりも歩哨は少なくて構わない。前も後ろも隔壁は閉じている。壁抜きをしてくる魔物魔獣の気配も今のところは無い。隧道の防御反応も…… 無いと思われる。 君も休みなさい」
「……そうはいきません。 護衛ですので」
「いや、護衛も英気を養うべきだ。 それに、勇猛で精鋭たる兵が『歩哨』なのだ。 休める時に休む事。休息を取らねば、いざと云う時に動けなくなる。それは、本末転倒になる。 ……疲れているのは兵達皆同じなのだよ。君とて例外では無い。休んで欲しい」
「……それ程、御言葉を重ねられるのでしたら……」
「分かってくれて嬉しく思うよ。さて、黒茶も尽きた。私は大天幕の中でもう少し、部隊の安全に対し考察を進める」
「……御意」
含みのある返事をした彼女は、それでも私の言葉を受け入れ、食事を終えた飯盒とカップを返却した後、自身に宛がえられた天幕に入って行った。さて、続きをしよう。 かなりの部分は解読できた。後はどの程度を改変するかを考えるべき時間だ。 古代魔導術式とはいえ、魔導術式には変わりはない。前世で云う電子回路にも似ている…… いや、アプリのプログラムか? まぁ、ハード、ソフトが合一となっているとも云えるので、その辺りの認識は曖昧となるがな。
大天幕に戻り、その夜は解析の続きに没頭した。周辺の静寂は程良い集中力を私に提供してくれ、解析は思いの外早く進む。錬金塔での研鑽がこれ程の力を私に備えてくれたのだと嬉しく想い、その研鑽を助けてくれた『朋』に感謝してもしきれない。 解析の結果、幾つかの入力部分と出力部分に改変を加えた。 全自動的な開閉動作に途中中止を組込めた。 単純の話、繋がりを反復化して、完結しない様にしただけだ。
それと、もう一つ。 この開閉に伴い起動魔法陣に投入する魔力に関しての条件を緩和したのだ。直接入力を何らかの魔道具での入力を可能にした。魔力譲渡により空に成った『蓄魔池』に私の練った魔力を注ぎ込み、それを以て起動魔法陣を起動する方式に変更した。いわば『魔力的鍵』と云う訳だ。 準備した『蓄魔池』は、中に「伯爵級」の魔力が漲っている。万が一を考えねば、ならない問題でも有ったのだ。
扉の外で私が人事不省となり、隔壁が開かない場合や、速やかな私の回復が望めない場合、安地が用意できない。 私がその状態でも、『最終隔壁内』に還る事が出来れば、其処での治療や療養も可能である為、それ程の被害を受けた場合でも帰還の可能性は格段に上がる。これは、どうしてもして置かねばならない処置だったのだ。
夜も更け、歩哨の息遣いすら聞こえる静寂の中で、古代魔導術式の解析と変更は佳境を迎えた。変更した術式を上書きし、各所に適度な私の魔力を流し、問題が無いかを確認する。流れは滞ることなく平文の幾つもある単一の古代魔法術式は、考えた通りの反応を示した。 これでよい。 再度、各単一魔導術式を 暗号化して、さらに重層化する。
元の 重層暗号された古代魔導術式に外観は寸分たがわぬものとなり、隧道本体の魔導術式も欺けるだろう。 これで、準備は整った。 あとは、あの金属板様の物と同等の金属板を準備し、そこに符呪すれば、金属板を交換するだけで、隔壁扉を開ける準備は完了となる。
金属版は隧道の崩落部分に、似たものがあった。前回の探索行での採取で、幾つかの金属塊も入手していた。その金属塊は、隧道本体の構造体の一部であり、何かしらの古代魔導術式が刻まれていたのだろうとは予測できた。『砦』の高温溶鉱炉にて、それを溶解し、いくつかの金属板にしていたのは、これを想定していたからでもあり、想定通りに事が運んでいると思うと、思わずニヤリと笑ってしまう。 とその時、大天幕の中に猟兵長が滑り込んできて、少々の怒りと共に私に言葉を投げて来た。
「具申。 そろそろ、お休みください。 指揮官殿がお休みになられないと、指揮官の大切な方も眠ることは無いのですよ」
「ん? 休むようには云ったはずだが?」
「御命令とあれば、そのように振舞いましょう。が、いつでも飛び出せるように準備しております。護衛というのは、そういうものです」
「猟兵長。 ……分かった。 もう休む。 何とか形には成った。 野営明けには、準備も終わる。 ここは比較的安全と思われるので、護衛にも十分な休息を命じる」
「承知。 射手長は輪番から外しております。 では、お休みなさいませ。寝床は隣の天幕にご用意してあります」
「うむ、礼を言う。貴様も輪番ではあろうが、十分に休息してほしい。明日からは色々と大変なことになるからな」
「了解しました」
多少、猟兵長から怒気を感じるのは、私の行動によるものだろう。寝不足でフラフラの指揮官を頂く事など、彼らにとっては悪夢にも等しいのだ。 そこは分かっている。 分かっているからこそ、興味深い古代魔導術式を改編だけで済ませたのだ。
苦言に首肯した私は、早々に新たに用意した金属板に改編した 重層暗号を符呪してから、大天幕の明かりを落とし、言われた通りに隣の天幕に移った。
指揮官が体調不良とか寝不足とかで、指揮に影響するなど、許されるモノでは無いからな。
――― 私を案じてくれたと、そう取っておく。皆の心配りに感謝を覚えた。
さて、ここでお知らせです。
「このライトノベルがすごい2026」という、『騎士爵家 三男の本懐』も対象作品になっております。
もし、よければッ! 何卒、良しなに! (宣伝)
読者の皆様が楽しんで頂ければよいのです。中の人は、それだけで嬉しいのです。
『魔の森』中層領域の探索行は、これから佳境むかい、疾走を始めます。
どうぞ、良しなに!




