隧道へ至る、『魔の森』の小道
探索隊全員が拠点に収容され、この場所に備えられた講堂に皆が一堂に集合した。朋の開発した全身タイツの様な魔導下着は改良を重ね、着心地もとても良くなっている。 さらに言えば、希少な魔物由来の素材を使用せず作成することが出来るようになった為、秘匿技術という事ではあるが、この拠点に配属された者達皆の標準装具に設定する事に至った。皆の安全を考えるとこれは快挙というほかない。
元気な皆の顔を見回し、深い満足を覚えるのは、この拠点が配属された者たちの手により、運用に問題が見当たらないほどによく整備されていたからでもある。
「拠点は拡張され、十分な広さを備えるに至った。 施設長、この拠点の維持管理に感謝する」
「勿体なく。 これも職務で御座います」
「あの信号弾はやり過ぎでは有ったな…… が、嬉しく思う」
「ようやっとで御座いますので。 指揮官殿と射手長の御部屋は隣接の部屋と成しました。 一部、壁部分の変更で対応しております。指揮官殿の事ですから、その必要も無いと仰るかと思いましたが、他の者への示しも付きませんので、その様に」
「考えてくれたのだな。 有難う。 が、『拠点』に於いては、軍事行動中と云うことであるので、私的な部分は控えようと思っている」
「その様に。 副官補と云う事で、隣室に控える…… そう、思って頂ければ?」
「折り合いも必要と云う訳だな」
「折り合いは、大切なものです」
晴れやかに笑う施設長の姿が其処にあった。彼もまた、長いこと気を揉んでいた者のひとりなのだろう。優し気な視線が射手長へと向けられていた。施設長に促され、拠点の執務室兼作戦室に入る。 壁には、これまで踏破してきた中層域の地図が掲げられていた。様々な情報も追加で記載されており、騎士爵家が大きくその立ち位置を変えている間にも、出来る限りの情報収集、探索の予備的な準備は怠らなかった証左でもある。
特に目を引くのは、あの隧道までの詳細な地図だった。安全を保つ為に、色々と策を練ったようだ。隧道までの道は浅層域の小道程度には整備され、強行軍や重量物運搬にも耐えられる路盤を整備する事が出来たようだ。 また、周辺の安全を担保するために隧道までの中層域川筋に沿って、鳴子残響機が多数設置されていた。常時監視を実施しているということに他ならない。
施設長の努力に頭が自然と下がる。誇らしい笑顔が眩しく見える。そんな彼が詳細に状況を語り始めた。彼の口から綴られる現状を傾聴しつつ、頭の中でその情景を組み立てていく。
「中層の森への道は厳しいですが、あの下水管の出入り口までは、川筋の比較的空間魔力の薄い所に簡易林道を敷設いたしました。 魔の森の再生能力は驚異的なモノが御座いますから、不断の整備は必要と考えました。 あの隧道迄の道はこれからも使用します。 帝国軍が巨大魔物により開削した道故、一過性の道でしかありませんでしたので、恒常的に林道として運用が可能なように、鳴子残響機を設置し、浅層域における第五級道までには成しました。人が曳く荷車ならば、運用可能です」
「よくやった。……実は、あの隧道までの道程をどうしようかと思案していたのだ」
「お役に立てて、嬉しく思います」
「『探索隊』は、貴様等が支えてくれていると改めて認識できる。 施設長、有難う」
「勿体なく」
巨大な地図に描かれている一本の線。 隧道に至る道。 『地道な思考』と『不断の努力』がこれ程の事を成し遂げられるのだ。 一握りの異能力者が全てを変える……などと言う『世迷い事』は、この世界では通用しない。改めてこの世界の峻厳さと、それに立ち向かう多くの者達の意思の力を見せつけられた。 有難いと心底思う。
皆の努力と献身を土台として、私の『世界の真実に立ち向かう』という使命への準備が整ったのだ。
感謝申し上げる。 神では無く、努力を怠らない無名の者達全てに。 個々の持つ意志の強さに感銘を受けつつも、それを礎として私は成さねばならない『私の役割』を果たすのだと、心に定めた。 近くに立つ射手長も、ジッと壁に掛かる大地図を見詰めている。 既に、彼女は私の妻では無く、射手隊を率いる長の顔をしていた。
彼女の瞳には、隧道に至る道の脆弱な部分が映っている。 そう、鳴子残響機が網羅しきれない場所。その場所の背後に存在する『索敵を成さねばならない場所』を見つめているのだろう。 行軍と輜重隊の安全を図る上で、射手隊の長として、成さねばならない事を考えているのだと…… そう思う。
「意見具申」
「何だろうか、射手長」
「三か所、先行して観測手を向かわせたく。 指向性索敵を実施し、道程の安全を図るべきだと愚考します」
「具申は正当性を持つ。 具申採用する、観測手を三名先行させる」
『我が良き片翼』は、私の思考をよく読んでくれる。その上、意見具申に躊躇は無いのだ。探索隊の安全は即ち私の安全でも有るのだ。護衛としての役割を負う彼女ならば、常にその事を念頭に置いている。彼女が側にいて心強く思う。 そんな私達を見て、施設長の頬に柔らかな笑みが浮かぶのを、少々面はゆく思いながらも自慢したくなりもした。
時は満ちた。
いざ征かん、世界の真実を見る為の道程を辿ろうでは無いか。心強い『仲間達』と共に。
―――
中層の森への入り口である「拠点」を進発し、探索隊は重点監視区域を通り抜けつつ、隧道にたどり着いた。 運ぶべき物資は多いが、それもあの大地の割れ目を超えるために必要な物。 全てを持っていけるわけはないのだが、それでも、重要な鍵となるモノは運ばねばならない。
隧道に地表に流れる川の水を通したことにより、施設長たちが”作り上げた小道”の傍を流れる川の水量は以前よりも格段に増えていた。 淀む事もなく、滔々と流れていく川の水。 透き通り、清浄であるのが見て取れる。 濃密な空間魔力が満たされた、中層域を流れる川とは思えぬほど、溶け込んでいる魔力量は少ないと報告があった。
――― 理由は推測できる。
隧道内を通り抜ける間に隧道内の魔道具により、吸収されて蓄魔されているからなのだろう。聖水…とまではいかないが、魔力が漉し取られた流水は、隧道を抜けて外に流れ出て、周囲の魔力が再度溶け込んでいく。 つまりは、隧道から放流された水が、川筋の空間魔力を押し下げている事が観測できた。
これは、我ら探索隊の行動を模索するうえで、格段に安全度が増したと言える。 昨今の研究により、魔物の生息域は、その空間魔力濃度により半固定されていると判明した。 それによると、比較的薄い魔力濃度では、中層域の魔物魔獣は生息できない。 中層域で非捕食者である、中小型の草食系魔物魔獣の個体数が何らかの原因で減少した時に、喰らうものが払底して浅層域に降りてこざるを得ないらしいのだ。
空間魔力が薄い場所では、体内魔力を保てない事も有り、中層域から降りてきた肉食系統の魔物は、魔力欠乏により不全症となり、狂暴化する。 これが、魔嘯の引き金となるらしいのだ。
――― あの夢で見た事が、事実とそう違わない事に、驚きを隠せない。
食うに困った挙句、魔力欠乏に陥り狂う… それが、何よりも怖い現実ということなのだ。 では、なぜ、急に草食系の魔物魔獣が激減するのか。
” その原因を解明する事も又、我等「探索隊」に求められている ”
と、そう感じている。




