――― 安地の確保 ―――
人の手によるものは、人の手により変更を加える事が出来る。
自然が作り出したモノでは無いのだからな。 設計思想を知る事が出来れば、何が焦点かを容易に理解できる。 それに、気になった事も有るのだ。 輜重長が言うには、コレは都市排水管なのだ。 下水管とも云える。 ならば、水が流れていないと、設備の保全上何かしらの問題が起こる筈なのだ。
何処からともなく疫病や悪い虫が湧きかねない。
もう一つ。 流れる水は魔力をも流す。 周辺の空間魔力量を引き下げる事も可能なのだ。 つまり、強大な魔物魔獣が忌避する場所となる。 今後の探索行を鑑みるに、この隧道を利用するのは必然とも云える。 中層域深域に達する最短で最も安全な道とも云えるのだ。 その安全性をさらに高める事にも繋がるのだ。 遣るべきなのだ。
大休止中の輜重長に言葉を掛ける。
「輜重隊の面々には済まないが頼まれてくれるとありがたい」
「なんなりと」
「貴様の知識と知恵を動員し、これよりやって貰いたい事があるのだ」
「何でしょうか?」
「下水道として、この施設を復活させる。 なに、事は其処迄難しくは無い。 流れる水を、この管に導入するだけだ。 面倒な作業は私が引き受ける。 その手伝いをして欲しい。 輜重隊の面々は工作隊の作業も熟す筈だ。 面倒事だが、引き受けてくれないか?」
「……それは構いませんが、何を成さる御積りですか?」
「耳を貸せ、詳細を伝える…… 」
事は簡単な事だ。 下水道として整備されたこの施設に本来の役割を再度全うして貰う。 前回の探索行に於いて、今私達が居る場所を別の角度から見た。 その際に観察できたのは、崖から突き出す崩落した管。 それがココだ。 しかし、それ以外にも見えたモノがあった。 それがこちら側から渓谷に流れ落ちる幾つかの滝。 滝と言うよりも、川が崖によって途切れた場所となのだ。 あの河川の水をこちら側に流せば、流水が管の中に流れ、下水道として役割を再度齎せる事が出来ると考えた。
目的が簡易ならば、それに対する行動もそこまで難しくは無いのだ。
特に私達には『魔法』があるのだ。 前世では、このようなプロジェクトが企画される際に、実際に落とし込むのは至難の業といえる。 予算、工期、重機の問題も有る。 技術的な困難さを伴う地下構造物の建設には、膨大な予算と長い工期と必要不可欠の技術が大量に必要となるのだから。
だが、私が今生きている世界には『魔法』と言う技術体系が存在する。
自身の何倍もある重量物を持ち上げる能力を付与してくれるモノ、地下深くに穴を穿つ能力を与えてくれるモノ、材料の成分を変換し必要な性質に変化させるモノ。 そういったモノが、体内に備蓄された魔力によって発現出来る上、一晩眠ればほぼ使った魔力が回復するのだ。 まさに夢のような話ではないか!
それに、その能力を有する者は私一人では無い。 多くの仲間達がその能力を保持しているのだから、前世の感覚からすると『不可能な事』を実現可能をすることに問題を感じる事は無いのだ。 よって、計画立案から行動迄の時間はかくも短くなるのだ。 詳細を口にすると、輜重長は瞠目した。 機能を果たさせる事による、私達が受ける恩恵に思いが至ったのだ。 そうなのだ、下水隧道に水を通す事により、さらに隧道に入り込む魔物魔獣の脅威が減るのだからな。
彼等は喜んで協力を申し出てくれた。 多少、不安はあったが言葉を尽くし、考えを伝える事が重要なのだと再認識出来た事象でもある。 目的は本当に簡単な事。 地上の川に向かってまずは穴を穿つ。 斜め上の方向に向かって、長い斜経路を穿つ事から始める。
壁面の一部を剥がし、幾人かの土魔法の使い手たちに穴を穿って貰う。 直上に試掘した結果、地上まで50ヤルドの距離。 そして、約30度の角度で斜め上に穿つ穴。 つまり、100ヤルド程の距離を穿てばよいのだ。 距離も角度も判って居れば、土魔法を得意とする者達には容易い事。
井戸を掘る要領で斜め上に穴を穿つ。 厳密に言えば掘るのではなく、『穿ち、押し広げ、固める』のだ。 廃土の問題は此れで消滅する。 壁面が強固に固められるという利点すらある。 途中で補強材を入れる必要すらない。
幾許かの時間で地上に迄通ずる斜経路が穿たれる。 私は先頭に立ち、その穴を上がる。 良く固められた壁面は滑らかでは有るが、まだまだ手掛かりも足掛かりもある。 時を擁せず地上に出ると、行くべき場所を見出す。 そう、地上を流れる川だ。 少なくとも200ヤルドは有ると思っていたが、実際は150ヤルド程で川岸に到着した。 差し渡し5ヤルド程の小川。 水深は2ヤルド程、流れは速く、水量は十分にある。 ならばと、用水路を地面に穿つ。 幅1ヤルド、深さ3ヤルド程の溝だ。 それを、150ヤルドの距離に穿つ。 真っ直ぐに、高低差なく。 ただし、まだ水は入れない。
今、水を入れれば、休憩を取る者達が居る場所が水浸しになってしまう。 それは出来よう筈も無い。 水を流す為の入口の整備が未だなのだ。 直ぐに取って返し、元の場所へと戻る。 輜重長は私の構想を聴き、必要な作業をしてくれていた。 床面を抉り、穴を穿ち、斜めに開けた穴との繋ぎ部分を作ってくれていた。
「こんなモノでしょうか?」
「そうだな。 後は、下部の管の端を塞ぎ、水を通す。 資材は崩壊した場所の瓦礫を使用する。 床の穴には入れるか?」
「斜経路を穴の中にも設置済みです。 明かりも入れてあります。 崩落個所からの光だけではよく見えぬ場所も有りました故」
「有難う。 ならば、行動だ。 私が征く。 上に同道してくれた諸君には休息を。 かなり無理を強いた」
「御意に」
輜重長が作り出した穴に身を踊り込ませ、下部の本来水が通る場所へと身体を落とし込んだ。 巨大な円筒形の本管が目前に有った。崩落している部分は廃墟の様に見える。
さて、錬金術士たる資格を持つ私の遣るべき事がココには有るのだ。 床面に開けた穴になだらかな斜経路に沿わせて壁を生成する。 材料は崩落した瓦礫だ。 頭の中に構想が有れば、それを再現する能力を持つ者を錬金術士と呼ぶ。
技巧『工人』とあわせれば、構造物の構築すら可能だ。 『砦』を整備した時にも、大いに役に立った。
本管の構造が判れば後は簡単な事だ。 巨大な円筒形の口を塞ぐ。 この下に別の空間がある事も判明している。 本管の端を塞ぐのならば、其方も同様に塞ぐ必要がある。 上層の2空間に比べて、空間自体は小さく、円筒形をしている事を知って居れば、塞ぐ事も困難を感じることは無い。
正体不明の金属性骨材を変形させ壁を編む。 水圧と言うモノは存外大きなものだ。 ましてこれだけの巨大建築物なのだ、大げさとも思える程でちょうどいい。 足りなくなる材料は未だ崩落していない場所から捥ぎ取る。 両手を壁面に沿わせ、魔力を流し、形を変え据え付けるのだ。
頭の中で組上げた通りに骨材は組み上がり、巨大な管状の構造体に網目の様な壁芯が立ち上がる。 次に混凝土を流動化させ、骨材の隙間に流し込む。 上部空間と崩落寸前だった管の先端から次々と材料として捥ぎ取り、埋め固めていく。 厚みもそれまで通り抜けた壁の倍以上にした。 遣り過ぎが丁度いいのだ、こう云ったモノは。 計算すらしていないのだからな。
壁は立ち上がり、危険なまでに崩落していた場所は、新たな壁として再利用され消滅する。 そして、外界からの光が消え、輜重長が置いてくれた魔法灯火だけとなった時、この場所での全ての作業の終了となる。 斜経路を伝い床面へと出る。
「大掛かりな土魔法でしたな」
「なに、まだまだ余裕がある。 多少魔力過多気味だったので、だいぶスッキリとしたな」
「そうですか…… 規格外の方ですね、貴方は。 あぁ、ちょっと、此方も手を入れました」
「そう云えば、輜重隊の者達が居ないな」
「上へと続く隧道を広げ、新たに保守点検の為の隧道を掘りました。 試算の結果、アレでは不十分と判明いたしましたので。 既にある穴を広げるだけなので、そうは魔力の必要は無いですな。 指揮官殿を見習い、ここらあたりの瓦礫を隧道の内側に埋め込みました。 あの…… 申し訳ないのですが……」
「あぁ、皆迄云うな。 錬金術師は、私一人だ。 それを一体化させればよいのだな」
「御意に」
「早速始めようか」
広げられた斜め上へと向かう隧道の中に入り、隧道内壁に埋め込まれた瓦礫を流動化し一体化して行った。 左官業の者になった気分になった。 これはこれで、楽しいと思えるのは変なのか? 直径3ヤルドと『大きな構造体』となり、上へ上へと均して行く。
なに、使う資材は、本管と同じモノ。 形を変えただけで本質は何も変わらない。 自身の使う土魔法の素晴らしい所だと、自画自賛してしまう事を許して欲しい。
もし…… 騎士爵家に於いて、武人としての役割を担う事が無かったら……
きっと私は、このような事ばかりをしていたのだろうと思う。 民の生活をより良くする為、安寧を護れる事に特化した、そういった男に成っていたであろうと……
しみじみと思った。
思えば、遠くにまで来たモノだ。 人の命を預かるのは、本当に息が詰まる。 しかし、それが辺境に生まれた騎士爵家の男児たる者の『責務』であり、それを全うする事が『本懐』なのだと、そう…… 深く……
――― 認識した ―――




