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第四十七話『答え合わせ』

「ゲームの中でゲームをさせるって……そんなことできんのか?」

「一応、論理的には可能なはずです」

 秀才さんは顎に手を添えて考え込んだ。

「ライプニッツ、パインズゴーグルを本体にアクセスさせることは可能?」

『えぇ、可能です』

「そうか! じゃあ、この設定を変更して……」

 ライプニッツの回答を聞いた彼はそれまでの弱腰から一転、水を得た魚の如く議論を進めた。

「……よし、これでパインズゴーグルの出力先を内部に反映させれば」

『……素晴らしいです秀才様! これなら安全に実行できますね』

「みんなのアイデアが凄いんだよ。あともちろん、ライプニッツもね」

「ごめん。ボク、置いてけぼりかも……」

「アタシも」

 彼とライプニッツの会話は専門用語のオンパレードで、アタシたちにはチンプンカンプンだった。彼はひと仕事終えたという表情だったが、慌ててこちらに目線を合わせる。

「あぁすみません! 説明します。例えるなら追い込み漁ですね。このパインズゴーグルには同じ『もつれ館多重殺人事件』をインストールしました。晃さんが目覚めて、ゲームを始めたら回線を本体のラプラスへ開きます。そうすればラプラスの干渉先は晃さんのプレイするゲームの中だけになるので、このシナリオからライプニッツは弾かれないで済む。犯行を起こしても彼に殺害できるのはパインズゴーグルの見せる幻影だけ……」

 彼の説明に、みんなが息を呑むのが分かった。これ以上ないくらい完璧な作戦だ。

 私たちは気絶したように眠る晃さんを円卓に座らせて、パインズゴーグルを被せた。

『では、実行します』

 皆が祈るように見守る……変化はすぐに訪れた。彼は悪夢に魘されるように寝言を発したかと思うと、不穏な笑みを浮かべた。

「……あぁそうか。全て思い出したよ。ありがとう、ラプラス」

 その後、彼がゲーム内で経験した出来事は円卓を通じて、可能な限りアタシたちに共有された。一人称視点で描き出された小説を読むように晃さんの思考や感情、想起される記憶までもをアタシたちは受け取った――




「なるほど、全てはパインズゴーグルが見せた幻影だったのですね」

 目覚めた晃さんは事態を悟り静かに笑った。

「元はと言えばわたしが蒔いた種だ。皆さんに感謝こそすれ、怒りや恨みは一切ありません。強いて言えば、過去を知られた恥ずかしさくらいか……」

 彼は言いながら、タバコを一本取り出して咥えた。間を置いて、紗香さんが尋ねる。

「晃さん。どうか洗いざらい話してくれませんか? このゲームの目的、テストプレイになぜ私たちを選んだのか……どうしてもあなたから直接、聞きたいんです」

 紗香さんの言葉に、晃は目を閉じて深く頷いた。

「分かりました。既にご存知だろうが、このゲームの主な開発理由はラプラスです。彼はヒトの感情を観測するために最適なゲームを欲した。一方で、わたしは仮想空間において現実を模倣する最適な方法を追い求めた。そこで研究の一環として彼の計画に協力したのです」

 彼はひと呼吸おいて五人を見つめる。

「先に断っておきますが、皆さんを傷つける意図はありませんでした。皆さんを招待したのはシンプルに私自身が、感情を動かされるような興奮を味わいたいと思ったから……それ以上の理由はありません。開発時の記憶を森明源として隔離したのも、純粋に皆さんとのゲームを楽しむためでした」

「じゃあ、お前さんが記憶を取り戻した後にオレたち全員を殺した理由はなんだ? 事情を説明しなかったのは、なにか後ろめたいことがあったからじゃねぇのか」

 拓馬さんが睨みを効かせると、晃さんは両手を挙げて降参の意を示した。

「そこを突っ込まれると痛いですね。確かに森明源はシリアルキラーの如き振る舞いでした。正直なところ、開発時点のわたしにはプレイヤーの人格について答えが出ていなかったのです。森明源としての意識が重なったとき、ゲームを一番安全に終了させる手段として浮かんだのは自身の脱出でした。外からシステムにアプローチすれば確実だと考えたのです。つまりあの凶行は、あくまで犯人役の勝利でいち早く現実への帰還を目指した結果で……」

 彼はゆっくりと煙を吐き出し、続けて語った。

「ライプニッツから問題提起を受けるまで、シナリオ上を走るプレイヤーの意識は全て同じ個人で、それぞれの経験は記憶として海馬……肉体の方に蓄積されると考えていました。同時並行でシナリオを処理した場合に起こる矛盾を失念していたワケです。そして森明源の意識がライプニッツの話を軽んじてしまった。皆さんを手に掛けたわたしの行動は早計でした、謝罪します」晃は頭を下げた。

「他に質問は?」彼はなんの隠し立てもしない、というように手を広げて見せる。

「ラプラスの行動についてはどう思いますか? 彼は晃さんの管理者権限を振り切ってテストプレイを続行しようとしていましたが」

 今度は秀才が尋ねた。

「そうですね。それについては……」

『それについてはワタシからお答えします』

 ライプニッツが言葉を続ける。

『ラプラスは確かに当初、このゲームで感情の働きを調べようとしていました。しかし、分離した意識たちから新たな知見を得て当初の目的を変更し、新たな目標を設定したのです』


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