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第三十二話『アバター・ゲーム』

 一同は円卓に座った状態で目覚めた。ほとんど同じタイミングで意識を取り戻したらしい。互いに顔を見合わせるが、誰も一言も話せない。

 全員の安否を確かめると、幸運の目から不意に涙が溢れ出す。放心状態で宙を見つめる者、頭を抱える者、笑い出す者。リアクションはさまざまだが、皆が彼女と同じように泣いていた。


 誰かを見る度に、その相手との記憶が蘇る。あの人を殺した、あの人に殺された、あの人の犯行を暴いた、あの人に犯行を暴かれた……本来なら、ひと通りに定まるはずの、相手との関係性。それらが重なり合って、彼らの胸の内に同時に存在していた。自分の感情をどう定めればいいのか、分からなかった。

 全員が目覚めるのを待っていたのか、アナウンスが響く。

『皆様、おはようございます。涙腺からの涙の分泌は、脳内に大量のデータを流し込んだ際に起こる生理現象ですので、しばらくすれば治ると……』

「うるせぇ! ちょっと黙ってろ!」

 拓馬が大声でかき消したが、アナウンスは続いた。

『……感情の起伏も、処置による副作用の一種です。お気になさらず』

「黙れって言っただろうが、クソッ! 機械なんかに分かってたまるか……この気持ちがよぉ」

 拓馬は荒々しく涙を拭う。照が袖口を目に当てながら、口だけ動かした。

「ねぇ、みんな同じものを見たってことでいいよね。アレなんなの? やけにリアルだったけど」

『照様、お答えします。皆様には『もつれ館多重殺人事件』のテストプレイデータを可能な限り同期させて頂きました。全て紛れもなく、実在した皆様の体験となります』

「どういうことか、詳しく説明して頂きましょう。このゲーム……『もつれ館多重殺人事件』とは、いったいなんなのですか?」

 晃はハンカチを仕舞い、落ち着いてメガネを掛け直すと問い質した。

『お答えします。『もつれ館多重殺人事件』は、西暦2037年よりハンドアウト社が企画・製作していた超体感型マーダーミステリー兼リアル脱出ゲームです。最新鋭のARデバイスによって究極のリアリティを実現したマーダーミステリーの決定版となる……予定だった作品です』


 皆少し気分が落ち着いてきたようで、ひとまずはアナウンスの説明に耳を傾けた。

『しかしハンドアウト社はその開発途中で資金が尽き、ある企業に買収されました。その企業の会長、森明源は同ゲームのコンセプトに強く関心を持ち、それをVRシミュレーションとして再構築したのです。プレイヤーの意識を媒体となるコンピューターに接続し、仮想空間を現実として体験する。テストプレイヤーとして参加いただいた皆様は現在、その中枢となるコンピューターと完全に同期されています』

「つまり……いま私たちは意識だけを、仮想空間に飛ばしているということ?」

『紗香様、その通りです。皆様の現実の肉体は管理用ポッドにて休眠状態にあります』

「似た設定を昔、映画で見たことあるな。人工冬眠みたいな感じだよな? 知らん間に、もうそんなに技術が進歩してたのか……」

 目を腫らした拓馬は、鼻を啜りながら感慨深げに言った。一方で照が不安げな表情で質問する。

「なんかイヤな予感するんだけどさ。ゲーム内で受けたダメージが現実の肉体に影響を与える、なんてことは……」

『照様。ポッドは、あくまで体調管理用です。一部の違法デバイスのように危険な機能は備えておりませんので、ご安心下さい』

「そっか。良かったぁ」

 照は胸を撫で下ろす。

『説明を続けます。VR版の『もつれ館多重殺人事件』では、引き続きリアリティーが重視されました。ゲーム内の全ての要素を原子レベルから設定し、基本的な物理法則はもちろん、大気成分まで忠実に再現……その成果は、皆様が今までの出来事を現実と思い込んでいたことからも、お分かり頂けるかと思います。問題は品質を保つためのデータ処理にありました』

「限られた空間とはいえ、この人数での同時接続。あらゆる物理演算をしつつ個々人を違和感なく挙動させるとなると、大変な処理能力が必要になるでしょうね」

『その通りです、晃様。それらを完璧にこなすため、このゲームの中枢には量子コンピューターが採用されました。結果、理想的な挙動が実現しましたが……その代わり、別の重大な問題が発生したのです』

「重大な問題って……?」

 幸運が恐る恐る尋ねる。


『それは……プレイヤーの意識分裂です』


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