第二十九話『介入』
「どうかな? 西原照」
照は、ジッと幸運を見つめ返す。やがて引き攣った笑いと共に、早口で反論を始めた。
「やだなぁ。どうしてボクが疑われることになるの? 議論の流れと勢いは良かったよ。思わず手に汗握った……さすが探偵って感じ。けどまだ容疑者を絞るには早すぎるんじゃない?」
「残念ながら、アタシはもう確信してるよ」
「じゃあ根拠を教えてよ」
「根拠は、クロスボウ。犯人は停電の暗闇に紛れて、二階から調理室にクロスボウを運んだ。アタシたちの中でそれができたのは、照さんだけ」
「そっか。確かにボクは第一発見者だし、疑うのもムリはないと思う。でも拓馬さんが冷蔵庫を触るタイミングはどうしたって予測できないよね? 偶然、ボクがトイレに行ったときに停電が起きたから計画された行動に見えるけど、麻雀の最中にことが起こる可能性だって十分あった。それはどう説明するの?」
「逆だよ。拓馬さんが冷蔵庫に触れて感電するのはいつでも良かったんだ。偶々タイミングが合ったから、機転を効かせたアンタは事態をより複雑にするためにクロスボウの設置に踏み切った。違う?」
「それこそ、犯人に騙されてる。クロスボウはボクじゃない誰かが捜査パートで設置したんだ。停電の間にボクがやったと思わせるためにね……だってそうでしょ? ボクが犯人だとして、偶然タイミングが合ったからって、わざわざ危険を犯してまで実物を設置する必要はないよね」
「そうして反論するために、敢えて設置したんでしょ」
幸運は聞く耳を持たない。照は痺れを切らしたように声を荒げる。
「こんなの無意味だ! 確かに停電の間にクロスボウを設置できたのはボクだけだ。でも他の可能性も追求するべきで……それ以外に根拠がないなら、今はボクだけを疑うのは辞めてくれないかな」
「確かにこれまで話したことは全て時系列を問わないし、いつでも実行可能な内容だね。でも他にもう一つ、決定的な根拠がある。この事件の犯人は第一発見者以外にあり得ない……その動かぬ証拠がね」
そう言い切る彼女に、照はたじろぐ。
「……なら、教えてよ。その動かぬ証拠ってやつ」
「拓馬さんの遺体さ、濡れてたんだ。特に下半身……感電したときに失禁したんだと思う。でもおかしいんだよね。現場にアンモニア臭はしなかった」
「調理室の床は水で濡れてた、それをズボンが吸っただけでしょ」
「夕食のあと、拓馬さんは調理室にこもってた。トイレは自室にしかないし、そんな状態で気絶したら間違いなく失禁してたはずなんだよ」
「……なにが言いたいの?」
「犯人は気絶した拓馬さんを、ミュート状態で長時間放置する計画だった。けど誤算が起きた。拓馬さんのズボンは失禁で濡れていた……尿は時間が経つと悪臭を放つようになる。その臭いが捜査中に気づかれたら、計画は水の泡になる。だから犯人は慌ててそれを処理した。調理室の掃除用シャワーと洗剤を使って、拓馬さんのズボンと床に残った尿を洗い流したんだよ。アタシたちが現場に乗り込んだとき、調理室は清掃済みだった。それができたのは、一番最初に現場に乗り込んだ人物……つまり照さん以外、いないんだよ」
照はしばらく黙っていたが、やがてボソリと呟いた。
「……イジワルだなぁ。それを知ってたなら、最初から言えばいいのにさ」
「そうだね……なるべく言いたくなかったんだ。完全に追い詰める前に、自白して欲しかった」
「あはっ、変なとこで優しいんだね……降参だ。ボクが犯人だよ」
照は観念したように両手を広げて、あっさりと告白する。それまで黙ってやり取りを聴いていた三人のうち、晃が口を開いた。
「動機は、動機はなんなのですか」
「うーん。刺激が欲しかった……とか?」
「まさか、それだけの理由で人の命を奪ったんですか!」
思わず叫ぶ秀才に、照がビクッと体を揺らす。彼は慌てて訂正した。
「ごめんウソ! いや、やっぱりちょっとだけ本当かも……手の込んだ犯罪に挑戦してみたかった。犯人役も演じたかったし。けど、直接の理由は他にある」
照は謝罪すると、少し間を置いてから話し始める。
「実は、ボクの部屋に置き手紙があったんだ。通常のプレイでは収集できないリアルなデータが欲しいと書かれてて……本当の殺人事件を起こしてくれってね」
「なぜ、貴方はその指示に従ったんですか?」
晃の問い掛けに、照はしばらく口を閉じる。再度、晃が追及した。
「照さん。なぜですか?」
照は狼狽したように体を震わせる。やがて頭を抱えて、青ざめた顔で早口に言葉を繋げた。
「わ、分からない……なんでだ? どうしてボクは拓馬さんを殺した? そうだ、たしか交換条件があった。過去にボクを炎上させた奴らの情報を開示してくれるとか……でも今更そんなつまらないことで人殺しなんてしないいや違うボクは人を殺してみたかったんだ……きっとただその好奇心のために殺したんだパインズゴーグルの技術を使えば完全犯罪ができるんじゃないかって好奇心のために殺した、女性はちゃんづけで呼ぶし拓馬さんってなんかフェミニストっぽかったでしょボク声で女性って勘違いされること多いから騙されたって騒がれて炎上したことあってさ知らねえよマジでなんなのでウザいから殺したんだ金はどうでもいい殺さないと出られないデスゲームだって」
「照さん? 一旦落ち着いて……」
秀才が宥めようとすると、照はハッと気づいたように顔を上げ、ぼんやりと呟いた。
「あぁ……そうか。今回はボクがその役だったんだ」
「なにを言ってるんですか?」
「みんな聞いて、この『もつれ館』は」
照がなにか伝えようとした瞬間、鼓膜が破れんばかりの大きな衝撃音が響く。そしていきなり玄関から、大勢の警察官が突入してきた。
「警察です! 動かないで下さい!」
「容疑者、確保しました!」
突然の出来事に誰も身動きが取れなかった。あっという間に照は連行され、残った四人に警官が状況を説明する。
「皆さんご無事ですか。通報元のハンドアウト社から情報が共有されていまして、犯人が毒物を持った非常に危険な人物ということで突入命令が下されたのです。あちらに送迎用車両が用意されていますので、ご同行願います」
ラプラスは予め、通報時に犯行の一部始終を捉えた記録を警察に共有していたのだ。警察の迅速な対応によって、事件はあっけなく幕を下ろした。
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