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第二十三話『価値のある動機』


「仇って……いったい、どういうことですか」

 思いもよらない拓馬の言葉に、秀才はしどろもどろだ。拓馬は、ぽつりぽつりと話し始めた。

「昨晩、部屋に戻ったら書き置きが残されていたんだ。中身はいわゆる告発文で……そこには誰も知らないはずのオレの過去や、実家のことが書かれてた」


 そこまで言うと、彼は意を決したように一気に喋り始めた。

「オレの両親は、田舎で小さな食堂を営んでいたんだ。常連もいてある程度、繁盛してた。長男のオレと、あと弟妹がいて、五人家族が食うのに困らないくらいな。オレは子供の頃から食堂の雰囲気が好きだった。だから将来、立派な料理人になって店を継ぎたいと考えたんだ。それで高校生の頃、親に頼んで都内の料理学校に通わせてもらった。だが、それが大間違いだった……」


 彼はひと呼吸置いてから、話を続けた。

「料理人を目指すことを、両親はただ喜んでくれた。当時小学生の弟と妹も、応援してくれた。だが、その頃すでに、物価高騰で食堂は経営難に陥っていたんだ。両親は黙って借金をして、オレを進学させてくれた……そんな状況を知らずに、オレは呑気に夢を追いかけて……借金のことを知ったのは二年後だ。帰省して、特待生として海外実習に行くことをサプライズで伝えたときだった。弟が泣き出した。兄貴は良いよな。好きなことができて……どういう意味か聞くと、自分は高校に進学できるか怪しい、そう言われた。頭が真っ白になったよ。そのあと親父から全部聞いた。借金の債権をヤクザに買われたこと、それで返済計画がおじゃんになって自己破産するしかないってこと……オレに心配を掛けないよう黙っていたって……親父は涙ながらに謝ったんだ。『店を守れなくてすまん』ってな。母ちゃんも弟も妹も、みんな泣いてた。もちろんオレも、自分のバカさ加減に呆れて泣いたよ」


 誰もひと言も発さなかった。晃が静かにタバコに火をつけ、卓上を紫煙が舞う。


「実家は差し押さえられる、弟と妹はとりあえず祖父母に預けるから、お前は自分のことだけ考えて頑張れ。そう言われた。一家離散だ。もうオレがどうこうできる状態じゃなかった。だからオレは、がむしゃらに頑張って料理人として働き続けた。両親が死んだことを知ったのは、弟から葬式を終えたと連絡を受けてからだった。トラック運送の仕事中に、事故で一緒に逝ったらしい。葬式に呼ばれなかったのは当然だと思ってる。こうなったのは、オレのワガママが原因だからな。きっと弟もそう考えたんだろう」

 拓馬は大きく鼻を啜った。皆、彼が殺人犯だと分かっていながら、身の上話に胸を痛めた。

「すまん、長くなったな。とにかく書き置きには、あらゆる情報が書かれてた。債権を回収したのが東翔会(とうしょうかい)と呼ばれるヤクザだってこと。食堂のあった場所が開発予定の地区にあって、立ち退かせるために一連の流れが起こったこと。そして、東幸運がその東翔会の若頭、(あずま)翔運(しょううん)のひとり娘だということ……」

「その書き置きの内容をそのまま信じて、復讐のために幸運さんを殺したんですか」

 秀才が尋ねると、拓馬は大きく首を横に振った。

「違う。確かに読んだときは動揺して、一瞬そんな考えも浮かんださ。だが昔の話だ。それに彼女の父親の組織がやったことで、彼女に直接は関係無い。だから、この話は胸の内に仕舞っておこうと考えた」

「しかし、そうならなかった。何故です?」

 晃が携帯灰皿にタバコをねじ込みながら、厳しい口調で追及した。拓馬は喉をゴクリと鳴らし、ゆっくり話し始めた。

「……今朝、オレが調理室で朝食の準備をしていたときだ。幸運ちゃんがやってきて、挨拶してくれた。凄い早起きですね、ってな。オレは平静を装っておはようと返したが、内心、激しく揺さぶられたよ。書き置きのことを彼女に確かめるか悩んだ。彼女はそのままオレの横で、雑談を続けた。兄妹はいるかと尋ねられて、弟と妹がいると答えた。料理上手なお兄ちゃんがいて羨ましいと言って、彼女は勝手に身の上話を語り出したんだ。ひとりっ子で、父親があまり家にいなかったこと、ほとんど母親とふたり暮らしだったこと、母に似て料理が苦手だということ……『拓馬さんのお母さんはきっと、料理上手なんだろうな』そう言われた」


 拓馬は話しながら、拳を自分の太腿に叩きつける。


「気づいたら、オレは持っていた包丁で彼女を刺していた。彼女の語る話の全てが、あの書き置きと、過去のトラウマに紐づいちまったんだ。頭がカッと熱くなったのを憶えてる。それから一気に冷静になって、次は犯行を隠さなきゃという考えに囚われた。そのとき、どうしてそう思い込んだのか分からない。だがきっと本能的にマーダーミステリーのルールに則ったんだろう。議論で犯人とバレなきゃ助かる、ってな……」

 彼の頬を涙が伝う。独白するうちに、遅れてやってきた罪悪感に苛まされているようだった。

 ラプラスのアナウンスが響く。

『お疲れ様でした。皆様のおかげで、データの収集は無事に完了しました。まもなく我が社の送迎車両と警察が到着しますので、今しばらくお待ち下さい』

 皆がどう声を掛けるべきか悩む中、晃が大きく拍手した。

「素晴らしい犯行動機でした。話して下さってありがとうございます」 

 犯人の語った動機を褒める……その振る舞いは傍目には、極めて奇妙なものだ。どんな理由であれ、殺人という行為が正当化されるべきではない。

 とはいえ過去を明かし、罪を悔いる犯人を前にその場の誰も、同情も糾弾もできなかった。彼らにできたのは、あくまでゲームの経験に基づいた行動。犯行に対する、犯人の健闘を讃えることだけだった。

「……うん。突発的な犯行にしては、歯応えのあるトリックだったよ。意外にミステリー作家とか、向いてるんじゃない?」

 晃に続いて、照も称賛を贈る。拓馬は彼らの言葉に苦笑いした。

「よしてくれ。オレの身の丈には合わんよ……それにしても、現場に豚の骨を残して捕まるのはとんだお笑い種だな。焦ってたとはいえ調理用具の清掃も満足にできないなんて、料理人失格だ」

「あ、それなんだけどさ。現場の血痕にはなにも混ざってなかったよ。拓馬さんに自白してもらうためにウソついたんだ」

 照はけろりとした顔で言った。

「は? じゃあ、あの豚の骨は」

「あれは調理室を捜査したときにゴミ箱から拝借しといたんだ。いざとなったら使おうと思って……ごめんね?」

 あまりにも軽い照の謝罪に皆、拍子抜けした。やがて当の拓馬が大声で笑い始める。

「あっははは! こりゃあいっぱい食わされたな! あっはっはっ……」

 拓馬はいつまでも笑い続けた。張りついたような彼の笑顔を、次第に涙が濡らしていく。大広間を反響する笑い声に紛れて、やがて遠くからサイレンの音が聞こえた。

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