その97.君だけはきっと、ずっと味方なんだって……
そんな呆然としている僕を知ってか知らずか続ける。
「別に俺たちが馬鹿な事しなくていいじゃねーかよ? そんな怖い事お前がやる必要もあるわけねーぜ? なぁ止めようぜ 誰かがやってくれるって」
サクのいつもの満面の笑みじゃない。
妙にヘラヘラとしたような上っ面だけの表情。
「戦って勝てるわけねーじゃねーかよ」
その、言葉に、僕の頭は真っ白になる。
「ね、ねぇ、サクだよね? ねぇ何を言ってるの? 君は、君は……!」
ダメだ、泣きそうになる。
君は、君だけは僕の……味方だろう?
僕の、親友、だろ?
サクは、そんな事絶対に言わない。
人任せにするようなそんな奴じゃない! お前に何があったんだ!?
「どうしたんだよ! お、お前! まさかあの事気にしてるのかよ!? 君がやったなんて思ってる奴は殆どいねーよ! 僕だってソレを知ってる!」
ヘラヘラとしていた表情は寂しそうな表情へと変わった。
サクは俯くと、何も言わずに、呆れたかのように肩を竦ませる。
「違う、違うんだってへーじ……その事を言ってるんじゃねェよ。お前はもう何もしないほうがいいんだって事言ってんだよ。今の姿を見ろよ? ボロボロじゃねーかよ? 何でボロボロなんだお前? お前はいつからそんな武闘派になったんだ? テメーこそキャラじゃねーだろうが」
「……サ、サク?」
いつもとは違う饒舌な喋り方だ。
そして、いつもと違う冷たい瞳。
その瞳に気圧されて、何も、言えない……。
それでも僕はサクの目を見る。
強がっているように。
本当は蛇に睨まれたカエル状態なだけなのだが。
冷たい瞳が僕を睨む。
向けられた事は無い。
彼は、いつも僕に笑いかけてくるから……。
「もう何もすんじゃねぇって……次は何をする気だ? 次はそんなので済むかよテメーが相手にしてる奴はマジモンで狂ってる野郎だ」
サクを見る僕の目はいつも暖かった。
そんな暖かい色はそこにはない。
知らない。
僕はこんなサクは知らない。
縁に喧嘩している時も、ブチギレても、こんな目はしていなかった。
冷め切った瞳は、いつものキレたサクの燃えるような瞳よりも恐ろしく。
しかし、どこかその瞳はサクに合っている気もして、『それは僕の知らないサクの姿』
「お前よ、次は殺されるぜ?」
ゾッとする言葉。
その言葉に僕は固まる。
冗談で言っているわけではない。
そんな気迫を感じる。
それでも僕は思ったことを慌てて口にする。
「そ、そんな何言ってんだよ!僕たちは結局は高校生じゃないか! そんな事……そんな事あるはずがッ!」
小さなため息をこぼしてサクは僕の言葉を遮る。
「じゃあテメェは一介の高校生に腕折られたのかよ? 確かに俺らは只の高校生に過ぎねぇがアイツは普通じゃねーだろうがよ、完全にトんじまってる野郎だ、そんな野郎に……普通のお前がまだ挑むのかよ」
言葉に、僕は、また。
何も言えなくなる。
普通だと言った言葉を強く強調さてた言葉は胸に突き刺さる。
僕が……サクに言葉で圧されてる。
何も、言えない。
だけど、だけど……サクに抑えられてる場合じゃないだろう僕。
何か言うんだ!
コイツは。味方なんだから。
まだサクが否定したのを僕は理解出来ていなかったのか、縋るようにそう考えていた。
誰が敵になっても考える事をしないお前は、ずっと友達だろう?
ねぇ。そうだよね? いつもみたいに親友だって言ってみろよ……馬鹿サク……。
僕は吠える。
縋り付く。
這いずるように必死に。
「……それでもやらなきゃいけないんだよ! 僕は一介の高校生に過ぎないのは解ってる! だけど一介の高校生には一介の高校生なりの幸せがあった! 僕は昔の自分が嫌いだ。 だから今の生活を砕こうとする奴を許したくはない! 決して勝てない相手かもしれないけど、僕は、足掻きたい!! お願いだ、サク。君が僕を一介の高校生だと言うなら手伝ってくれ! 君や、皆と騒いでいる毎日を、取り返そうよ!!」
魂の叫び。
心の底から恥ずかしさを押し殺して。
こんな陰険で、クソ野郎の僕が、居れる唯一の部分を汚したくないから、必死に縋り付く。
サクは答えない。
少しの間、沈黙が続く、僕が言いたい事は言った。
ひたすらに、サクの言葉を待つ。
……信じて。
サクは無言のまま、ゆっくりと僕に向けて歩を進めた。
僕の目の前で止まるとジッと僕の瞳を見つめる。
僕もサクを見上げる。
やはりこいつとの身長差は結構あるんだな、なんて変なことを考えてしまう。
サクは、右手を僕に向けた。
手のひらを柔らかく開くような動作は、まるで握手を求めているように。
反射的に僕は手を取ろうとする。
同意の握手なのだと、そんな意味合いなんだと思い心が嬉しく跳ね上がったのが解った。
そうだ。サクは、僕の友だ……。
ち。
なんてそんな風に思っていた時に握手はスルーされた。
え? と思っている僕とは裏腹にサクの手は伸びる。
僕の胸ぐらを力任せに、握った。
痛みと共に僕の体は大きく浮く。
サクが僕の体を片手で持ち上げたのだ。
並ぶはずのない身長差の目線が、サクと並ぶ
相変わらず恐ろしい怪力をしている。
だがそんな事よりも、誰もが解るだろうこの体制は、男同士が怒りに任せて向ける行動だ。
サクが、僕に……?
見下げた先にいるサクの目は相変わらず冷たく、でも怒りが込められている事は解った。
その瞳は、真っ直ぐに僕を見ている。
心が、無意識に震えた。
親友のサクに対して、恐怖を感じた。
「テメェは……まだ何とか出来ると思ってるのかよ? それは誰の為だ? 志保ちゃんか? ミホか? 学校全員の為か? それとも……あの馬鹿か?」
サクの力は更に強く込められる。
「っぐ、ぅぅ……」
首が強く締まる。
そんな僕なんて気にせずにサクは続ける。
「てめぇはよぉ、スゲー力があるわけでも喧嘩が強いわけでもねぇ! 只少し頭が良いってぐらいだろうがよ!! テメェには何も出来ねェ! 只の平凡な貧弱な野郎なんだからよォォ!! 何もするんじゃねぇって言ってんだよ! 誰かに任せておけよ! お前が死ぬような思いなんてする必要はネーんだよォォォ!!」
苦しみながら、サクの方に目が行った。
冷たい氷の瞳は、怒りで溶けたかのように燃え上がる瞳へと変わった。
只一心に、必死に、切実に。
その目は僕を見る。
その瞳に映る僕は、情けない顔だ。
サク、君にもこんな僕が見えているのかな。
ああ、情けない。
それでも、僕は。
僕がやらなくちゃいけないんだ。
「……もういい」
乱暴に僕は突き放されるとヨロヨロと尻餅を付いた。
「帰れよ……」
顔は上げれない。
僕の表情があんなに情けないんだと解れば見せることは出来ない。
なんて……。
僕はゆっくりと立ち上がるとサクに背を向けた。
「それでも……それでも僕は……」
小さく零した言葉はきっと聞こえていない。
いや、聞こえなくていい……。
それ以上何も言わず、違うか……もう何も言えないんだろう。
僕はサクの家を後にした。
サクがいれば心強かったけど、彼がいなくても戦うさ。
僕は……もう昔の僕じゃないんだ。
きっと強いさ、一人でも。
そうさ一人でも……。




