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その53.馬鹿は超人

 頭から流れている血が垂れ流れ、妙にリアルに見える。

 そのボロボロな姿は確かに大きなダメージを与えている筈だ。

 それなのに、この男は立ち上がっていた。

 目を見開いている僕を不振そうに見ている縁は立ち上がったサクに気づいていない。

 血だらけのサクの視線がギョロっと目の前に居る縁を捉えた。

 ゾッと寒気が走った。

 寒気と共に、僕は瞬時に動き出す。

「縁!!」

 目の前の縁に思いっきり飛びついた。

 ブォン! と縁に飛びついたと同時に頭上で空を切る音が聞こえた。


 アイツ……! 後ろから殴りかかりやがった!


 縁と共に地面を数回ゴロゴロと転がってしまったが殴られるよりかはマシだろう。

 すぐに上体を起こすと縁が無事か確認する。


 押し倒しているような状態になっているがそんな事は今は気に掛ける暇は無い!

 硬い地面を転がったんだ、擦り傷があってもおかしくは無い。

 純粋に縁を心配していた。


「縁ちゃん! 大丈夫!?」


 ……縁の顔は何故か赤くなっていた。


 多少制服は汚れてしまい、外傷が無い事には安心した。

 だが、縁は何故か魚の様に口をパクパクとしている。

 意味不明な縁の状態に、固まっている縁と同じ様に一瞬硬直してしまっていた。

 すると、突然縁は甲高い声を挙げだした。


「ああああアタシにそんな趣味はぁぁぁ!? た、確かに百合果さんは美人だけど!! だけど!! ア、アタシには、こここここ心に決めた人がぁぁぁぁ!」


 ちょ! 何勘違いしてんの!?


「何わけわかんない事言ってんの!? ほら立って!! 逃げるよ!!」


「っへ?……逃げる?」


 ……まだ状況を理解していない様子だ。


 百聞は一見にしかず、取り合えず見て貰った方が早い!

 縁の手をとり無理矢理立ち上がらせると、サクの方を向かせた。


「……ッ!」

 表情が険しくなったということは状況は理解してくれたらしい。


「手応えは、確かにあったのに!」

 歯噛みした表情で縁は声を荒げる。

 縁が手加減したわけじゃないらしい。


 それで立ち上がったんだ、タフと言っても度が過ぎないか!?


 縁の攻撃を食らって流石に無傷とはいかないまでも、立ち上がった事は凄い。

 サクは血を流しながら、僕達に向けてニヤッと嫌な笑みを向けた。


「よー縁ィ? てめこの程度だったか? おい!」

 

 ……いや何強がってんのこの馬鹿は。

 確かに立ち上がったのは凄いが足ふらついてんぞ。


 強がりと安い挑発は僕には利かなくとも、同じ思考の人間には利くらしい。


「ッこっの!」

 それにイラついた表情を見せたのは縁。

 歯を食い縛り、サクに思いっきり敵意を向ける。

 サクのその笑みが、完全に縁のプライドを汚したようだ。

 更に追い討ちをかけようと縁がサクに向けて一歩足を踏み出した。


「縁ちゃん!」

 僕は慌てて縁の肩を掴む。


「離してください! アイツの息の根止めなきゃ気がすまないんですよ!!」

 妹にここまで言われたら泣けるなァ……なんて思いながらも、今にも走り出しそうな縁を必死に止める。

 この子は毎度毎度後先考えずに動くから困るわ!


「縁ちゃん! 落ち着いて! さっきの音で他の人達が来たら不味いから!! 今は逃げよう!! ね!?」


 僕の言葉の意味を理解してくれたのか、縁は歯噛みしながらも握り締めた拳を引っ込めてくれた。

 サクは口ではああ言っているが足はふらついている、追いかけてくることはないはずだ。


「クソ兄貴……命拾いしたわね!」


 憎憎しい言い方は本気でイラついているようだ。


「テメーもな! クソ妹!!」

 サクの言葉を背中越しに聴きながら僕達はその場を後にした。

 こんな馬鹿たちとやりあっている暇があるなら速くアリサを見つけないと!

 他の奴等に見つかる前に!






-----------------------------





  声が聞こえる。


私が今いるのは三階の理科室。


  声が聞こえる。


部屋の隅、出来るだけドアから離れるように私は座っていた。


  声が聞こえる。


耳を塞ぎ、必死で雑音を消そうとする。

しかしそれは無駄な努力でしかない。


  声が聞こえる。


耳ではなく、頭に響くその声は私の努力を無駄だと嘲笑うかのようにさえ思える。


「ぅぅ……ぅぇ……ひっく……」


もうどれだけ涙を流しただろうか。

どれだけ涙を流そうが頭に響く声が止まることは無い。

この力に慣れる事は無い。

 唯ひたすらに私を苦しめるの。


その時、響き渡る雑音の中。


一際大きな声が聞こえた。

どす黒い雑音をかき消すように聞こえた一筋の音色のような、美しい声。


『アリサ』


 私の名前を呼ぶ声。

 知っている。

 この人の声は知っている。

 始めて心を聴いていて良いと思えた人。

 心から本心の言葉を持ってくれる人。

 この人の周りの人もそう。

 だからきっとそう。

 一緒に居たら、私も本心から笑えるんじゃないかなって思えた。


 人の心なんて気にせず、心から笑え合える。

 そんな学生生活に憧れて。

 そんな期待を込めて。




 声は近づいてきた。

 より大きく大きくなっていく。


 ドアが音を立てて開いた。

 その綺麗な声と共に。

 暗い理科室に光が溢れる。

 私の心にも光が溢れるように。

 

 期待を込めて私はドアの方を向いた。

 あの人が迎えに来たのかもしれない。

 そう思って。


 ドアの前には人が立っていた。


 光を背に背負い、人の形が見えても誰なのかは良く見えなかった。


 おかしいな。

 綺麗な心の声なのに。

 あの人じゃないみたい。


「……アリサちゃん?」


 その高い声には覚えがあった。

 多分この学校で最も私と敵対している人。

 それなのに、あの人と同じ様な綺麗な心の持ち主な人。

 心の声に判別の色は無い。

 だから同じ様な心に、間違えたのかもしれない。


 それとも。


 いつものような私に向ける刺々しい心では無かったから解らなかったのかも知れない。

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